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外部からの干渉者:その正体

 五度目の波紋が、封印空間の縁を打った。

 けれどその振動には敵意も衝撃も含まれていなかった。ただ、静かに。まるで呼吸を合わせるように――扉の向こうから、内側の存在を“知っている”者の気配が漂ってくる。


 その場にいた全員が、言葉もなく反応を共有した。呼吸を止めたような沈黙の中、ミオリ=スレアの周囲に淡い光の輪が浮かび、彼女の眼差しが遠くを見つめる。


 > 「……解析完了。外部反応源、神代家の系譜に属する者。正確には――“幽影家”。第七系譜、神代家の分家筋です」


 ナオは息を呑んだ。「……そんな名前、聞いたこともない」


 > 「当然です。記録からも、意図的に“消された”家系ですから。かつての神代本家が分岐した時代、表の歴史から外された血族……それが幽影。彼らは外に流れ、遠い世代でその血を薄めた。それでも、“この封印”をわずかに認識するだけの感応を――保っていた」


 その場の魔素が、わずかに軋む。

 空間は外から叩かれ、しかし扉は開かない。封印の重なりは未だ強固であり、誰かが場所を察知しても、“開く”ための鍵を持っていない。


 > ミオリ:「この領域は、神代の血だけでは開きません。もう一つ、“言葉”が必要です。神代玄が遺した問いと答え――“記録を継ぐ意志”そのものが、封印の鍵なのです」


 ユレイが低く唸るように言う。


 > 「彼等、“血”ハ持ッテイテモ、“意志”ニ触レテイナイ」


 ナオは、無意識に自分の胸を押さえていた。彼が語った言葉。“継承者”という不確かな称号。“心で問うたこと”だけが、ここを開いた鍵だったのだ。


《ミオリの決意:ともに外へ》


 そのとき、ミオリの輪郭がわずかに揺れた。制御核としての“枠”を外れるように、微かな魔力の乱流が彼女を包む。何かが――変わりはじめていた。


 > 「私は……記録の管理者として、ここを守る存在でした。でも……それだけでは、もう足りない」


 彼女の言葉には、これまでにない“色”があった。機能としての返答ではない。判断でもない。“選択”――それに似た何か。


 > 「私自身が問いかけられ、答えを探し、そして揺れた。ならば今度は――“私の意志”で選びたい。あなたたちと……外に行きます」


 ナオが、息を呑む音がした。


 > 「この空間は、いずれ誰かに破られます。ならば、私たちがその前に出て、記録を“生きたまま”世界に運ぶべきだと、私は思います」


 彼女の右手がわずかに上がる。空間の一角に光が集まり、淡く、滑らかに――月影のような揺らぎが生まれる。空間の“裏口”が開き始めていた。


 > 「この通路は、本来、封印領域の外郭管理者が使うための転位路。維持限界は短いですが、一時だけ開通可能です。……こちらです」


 霧のような扉が、ナオたちの前に現れた。


《脱出:封印の裏から“世界”へ》


 「……行こう」ナオは仲間たちを見渡しながら、静かに言った。


 > 「ここがすべてじゃない。俺たちが出ることで、この記録は次の形になる。そうだろ?」


 ユレイ:「記録保存完了。封印機構ノ自動維持ハ可能。発信波停止中」

 アクト:「環境変異反応──抑制安定化済。転位路、安全範囲内」

 ミズハ:「……ミオリ……オソロシクナイ?」

 ミオリ:「はい。でも、“選ぶ”というのは、きっとそういうことなのでしょう」


 リル:「ミオリ、イコ。一緒、外。……ナオも、みんなも、オル」


 ミオリ=スレアは、一瞬だけ――ほんのわずか、唇の端を持ち上げた。

 幻影の中に浮かぶ“微笑”に似たその表情は、記録として刻まれるものではなかった。けれど確かに、それは“彼女自身”の選んだ感情だった。


 > 「私はもう、“封印”ではありません。“意志”として、外の世界を見ます」


 転位路をくぐるその瞬間、封印空間の光が一度だけ脈動した。

 それはまるで、永い眠りから目覚めた意識が、「いってらっしゃい」とでも言うかのように――淡く、静かに、ナオたちの背を押す。


 音が戻ってきた。

 匂いも、空気の流れも、遠くのざわめきも。


 ミオリ=スレアと共に、ナオたちは“閉じた記録”を超え、再び世界へと繋がる場所へ足を踏み出した。


 光の外に、未だ見ぬ“何か”が待っていた。


ー再出現:静かな出口ー

 転位通路を抜けた瞬間、空気の密度が変わった。


 ナオたち一行が出現したのは、ノワール=フィルの街の外縁に位置する、石造りの古びた通路の奥だった。荷車がすれ違うには狭すぎるが、人ひとりが通るには十分な幅。かつては資材搬入用に使われていたと思われるが、今では通行止めに近い状態で、草が生い茂り、壁の蔦が陽を受けて揺れている。


 「……人の気配は、ないな」


 ナオは静かに周囲を見渡し、風の流れと足元の音を確かめるように一歩踏み出す。頭上からは木漏れ日がこぼれ、空には晴天の兆しが見える。騒がしさも、監視の気配もない――まるで、誰かが意図的に“安全な着地点”を選んでくれたかのようだった。


 「……運がいい、だけじゃないな。もしかして、“意図的に”……?」


 つぶやきながら隣を見る。だが、そこにいたはずのミオリ=スレアの姿は、影も形もなかった。


 「……ミオリ?」


 その代わりに、ナオの足元、彼の背から降ろした荷の脇に――淡く光る、半透明の卵がひとつ。まるで呼吸をしているかのように、微かな光が脈打っている。


《変化の理由とユレイの説明》


 > ユレイ:「ミオリ、現在“低姿態型情報収集モード”ニ移行中」

 > 「外界情報ノ濃度、高レベル。精神核ノ負荷軽減ヲ目的トシ、幼形態ニテ“観察”ヲ優先ス」


 ナオはその言葉に一瞬驚いたが、すぐに表情を和らげ、しゃがみ込んで卵をそっと拾い上げた。


 「……なるほど。身体も心も、今は整理が追いつかないってことか。そういうときは、無理しなくていい」


 胸ポケットから折り畳んであった白いハンカチを取り出し、丁寧に卵を包む。その布に触れる指先はどこか慎重で、祈るような静けさを帯びていた。ハンカチの端を結び、小さな布袋の中にそっと入れる。


 「……ようこそ、こちら側へ。まだ“歩けない”なら、俺が連れていくよ」


 布袋を肩に掛け、軽く叩く。だがその軽さは、同時に“責任の重み”を象徴しているようにも感じられた。


 ミズハが少し顔を寄せて、卵の表面にそっと指先をあてる。


 「……ふわ……やさしい」

 > ユレイ:「ミオリ、覚醒情報断続送信中。安定シテイル」

 > アクト:「……収束波形良好。問題ナシ」


 ナオは小さく頷き、背筋を正した。


《街へ戻る意志》


 「さて……行こうか」


 ナオの言葉に、仲間たちが振り向く。通路の奥には、ノワール=フィルの街へと続く坂道が広がっていた。街の輪郭はまだ遠くに霞んで見えるが、それでも風の向こうには確かに“日常”がある。


 「まずは庁舎に行く。……俺以外にも、“封印”に反応して動いた奴がいるかもしれない。それを確かめないと」


 > アクト:「外部反応源、依然不明。警戒レベル保持推奨」

 > ヘイド:「街ノ防衛線マデノ経路、三通リ。現時点デ最短ルート選択ヲ推奨」

 > ミズハ:「……イヤナ予感、スル。誰カ、“来テイル”」

 > リル:「ナオ……庁舎ニ、誰カ待ッテル、カモ」

 > ユレイ:「防御反応ヲ優先セズ。“情報接触”ヲ第一トスル、ト理解」


 ナオはしっかりと歩を踏み出しながら、袋の中の卵にそっと語りかけた。


 「ミオリ。まだ自分の足で歩けなくても、君はもう、閉じた記録じゃない。“ここにいる”ってことが、もう変化なんだ」


 そしてもう一歩進む。


 「世界は、何も知らないままじゃ済まない。俺たちが“中”を見た分、ちゃんと“外”にも目を向けていかないと」


 その背に、仲間たちが一歩ずつ続いた。


 ナオの中には確かな不安があった。街が無事か、他に封印に気づいた存在がいるのか、神代の分家筋と名乗った存在が本当にそれだけか――けれどそのすべてを受け止める覚悟もあった。


 > ユレイ:「安心ヲ。“共ニ在ル”」


 短く送信された通信が、ナオの心に静かに届く。

 こうして彼らは、記録の空間から現実の世界へと、静かに、しかし確かに踏み出した。


 封印の裏側から抜けた“意志”と“選択”が、今、新たな日常と向き合おうとしていた。

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