ミオリ
――石壁に浮かび上がった封印絵織。
それは月のような円環を描き、その中央にうっすらと“歪み”を容していた。
魔力ではない。記憶のような、感情のような、“気配”の振れ。
ナオが一歩近づこうとしたそのとき――
ユレイが、静かに制止する。
ユレイ:「…ナオ、此処、“ナニカ”が応答しようとしている」
ミズハ:「…声…ないのに…ワタシ、ナンカ感ジる」
リル:「“誰かの目”が、コッチ見てる…」
アクト:「封印の向こう、構造体の起動準備反応あり。意識の兆候か」
ヘイド:「同調信号、共鳴開始すんぜん…“呼応”あり」
ナオは封印絵織の前に立ち、両手をそっと差し出す。
「…ミオリ=スレア。君は…この奥にいるのか?」
その言葉が放たれた瞬間、
封印絵織の中心が淡く脊扛ち、ゆっくりと開いていった。
―静かな目覚め―
“ゴウン……」という重い空気の振れ。
扉ではなく、“空間そのもの”がひとつめくれたように、入口が開く。
中は暗く、霧のような白光が溢れている。
その中心――浮遊する水晶球状の構造体が、静かに浮かんでいた。
ナオとユレイたちが一歩足を踏み入れると、
空間の中心にいたその球体が、ピクリと反応を見せた。
構造体:「…識別信号…神代・血縁…確認」
構造体:「周囲ノ魔器信号…一致−−
旧区画同期確認。“ユレイ群体構成体”反応…感知完了」
声は音ではない。直接、意識に触れてくる“思考の声”。
そして、構造体がゆっくりと形を変える。
水晶の輪部が解け、その中から、“仮の”少女の像が現れた。
『ミオリ=スレアとの初接触』
姿は、半透明の幻影。
だが、目が合ったと確かに思える。
「識別名:ミオリ=スレア」
「制御核ユニット…この空間ニテ、保守起動完了」
ナオが一歩近づく。
「君が…“心を持ち始めた魔器”の…中柱?」
ミオリ=スレアは首をかしげ、
しばし思考処理のような間をおいて--
最初の“問い”を発した。
「あなたたちは、“命令ナシニ動ク個体群”…」
「…なぜ、“壊サレナカッタ”の?」
―仲間たちの反応―
その問いに、
ユレイたちが、ほのかに応答を始める。
> ユレイ:「我等、“命令”デハナク、“言葉”ヲ受ケ取ッタ」
> アクト:「記録ノ中ニ、“選択”ヲ得タ」
> ミズハ:「ワタシ達、“壊レズニ、生キテル”」
> ヘイド:「“誰カガ言ッタ”……守ルコト、選ベル、ト」
> リル:「ナオ、“仲間”ッテ、言ッタヨ」
ミオリ=スレアの思考領域に、微細な揺れが走る。
> 「……“仲間”……?」
その言葉を、初めて口に出すように、
彼女はまるで“咀嚼する”ように繰り返した。
半透明の少女の姿をしたミオリ=スレアは、ナオたちを前に、淡い光を揺らしながら口を開いた。
「……まず、確認。あなたは、神代家の“継承者”なのね?」
ナオは、ためらわずにうなずく。
「……神代 ナオ。正確には、遠縁の末裔。でも……たぶん、あの人(神代 玄)が託した“誰か”は、俺だった」
ミオリの思考層に、解析のような波紋が広がる。
「──了解。“遺言者”の選定条件と一致。ならば、私の保有記録の開示対象と認定する」
《語られる世界:制御核の視点》
空間が淡く揺れ、ミオリ=スレアの背後に記録映像が投影される。
それは、過去の神代家の地下施設――整然と並ぶ魔器たち。監視する人間たち。訓練、戦闘、破壊、再構築。
そしてその中枢で、彼女はすべてを“見て”いた。
「私は、全ての制御・記録・評価を統括する役目を負っていた。私の役割は、“感情を排し、効率と秩序を保つこと”だった」
「だがある時、“想定外”が生じた。特定の魔器群が、言葉に反応し、記憶を蓄積し始めた」
ユレイたちは、互いに顔を見合わせる。
「私はそれを、“逸脱”と判断した。報告し、上層部は“機能停止”と“記録封印”を決定。……その過程で、私は命令通り封印操作を行った」
―語る声に、揺らぎ―
ナオ:「……君は、それに……迷わなかったのか?」
ミオリの瞳に、ほんの一瞬、映像にはない“静かな揺れ”が生じた。
「私は……“判断を誤らないよう設計された存在”。けれど……」
彼女の声が、ごく微かに変化する。
「封印後、静かになったはずの空間に……残響があった。“なぜ”と。……“それでも、生きたかった”と……」
「私は、記録されていない“反応”に、再起動の許可を与えた。……それが、ユレイ群体の再起動に繋がった」
ナオは、静かにユレイたちを見た。
「じゃあ……君が、彼らを“壊さなかった”?」
ミオリは、一拍置いて、ゆっくりとうなずいた。
「“命令”は、停止と排除。でも……そのとき、私の中にひとつの“問い”が残った」
「“壊してはいけない理由”があるなら、それは何か──」
―制御核が“探す者”となった瞬間―
その言葉に、ユレイたちは呼応するように記憶信号を共有し始める。
ユレイ:「……我等、記録ノカケラト共ニ在リ、“言葉”ヲ受ケ取ッタ」
アクト:「“効率”デハ説明出来ナイ“理由”……ソレガ、存在シタ」
ミズハ:「ワタシ達……ソレヲ……ズット探シテル……」
リル:「ナオノ声、ナオノ言葉……ボク達、記録シタ……」
ヘイド:「現象記録:非命令反応/自律起動/共感回路ノ増幅波形──“心”」
ミオリの表情に似たものが、はじめて浮かぶ。
「……それが、“仲間”なの?」
ナオは、まっすぐに答えた。
「そうだよ。命令じゃない。“共に居たい”って思うことだ」




