交差する影
──ダンジョン49階・魔水の祭壇。
天井から滴る水滴が、絶え間ない音を立てて水面に落ちていた。その空間は、地下にあるとは思えぬほど広く、そして静謐だった。まるで古の儀式が行われていたかのような雰囲気が漂っている。壁には淡く青白い苔が張り付き、幽かな光を放つことで、祭壇周辺は柔らかな輝きに包まれていた。
空気は重く、湿気は皮膚にまとわりつく。吐く息が冷たく、踏み込む足元の石畳はぬかるみ、油断すればすぐに体温を奪われてしまうような冷たさを帯びている。
「……ここが、49階の“試練の間”か」
ナオは静かに周囲を見渡した。手には手裏剣、腰には短刀。目は鋭く、だがその瞳の奥には警戒以上の“意志”が宿っていた。
「うわぁ……すごい、広い……けど……変な気配……」
ミュアがナオの後ろから顔を覗かせ、耳をぴんと立てた。その尾はわずかに震えていたが、以前のような怯えはない。彼女の足取りには、覚悟と緊張が同居していた。
水面の奥から、不意にざわりと波紋が広がる。
「……来る!」
ミュアの声が響いた瞬間、水が爆ぜた。水柱と共に現れたのは──
──魔水竜種。
その姿はまるで巨大な水蛇。うねるような身体に、魚の鰭と尾を思わせる器官が備わっており、流体の中を泳ぐように、だが地上でも信じられぬ速度で滑る。
その口から吐き出される水刃は、鋼鉄すら穿つと言われ、群れで現れることによって包囲と奇襲を繰り返す。
目の前に現れたのは、三体。
「分かれよう。俺が囮になる。ミュア、君は後ろから“誘導”してくれ」
ナオの声は冷静だった。ミュアは一瞬不安げな表情を浮かべたが、すぐに頷く。
「……わかった。でも、絶対無茶しないで」
視線を交わした一瞬、二人の呼吸が重なり、次の瞬間には動き出していた。
◆フェーズ①:ナオの誘導・撹乱
「──閃移、零重歩!」
ナオの身体が風のように駆け出す。影と同化するような動きで、水面の上を音もなく渡り、姿を見失わせる。
一体のハイドロヴァイパーが水刃を放つ。だがその一撃は、ナオの袖をかすめるだけ。
(誘導する……焦るな。読み合いだ)
ナオは水場に設置された天然の段差や岩陰を利用しながら、敵の注意を引き付け、あらかじめミュアと打ち合わせた罠地帯へと誘導していく。
魔物の尾が地を叩き、空気を裂くような音が響く。しかしナオの動きは止まらない。闇の一部となるように、敵の視線を引き裂いては消える。
◆フェーズ②:ミュアの罠・迎撃
その背後で、ミュアが静かに動き出していた。
細身の身体をかがめ、岩陰に潜む。耳は寝かせ、尾を低くたたむ。
「……罠石、よし。水たまりの奥、反応……来た!」
ミュアは事前に仕掛けていた“影石地雷”のもとへと、敵を引き込むように小石を弾く。その音に反応し、ハイドロヴァイパーが顔を向けた。
「……今!」
指を鳴らす。地雷が起爆し、闇を切り裂くように黒煙が広がった。
(あとは、ナオ……!)
◆フィニッシュ:連携・影走手裏剣
煙のなかを駆ける影。それはナオだった。
視界を奪われた魔物に、彼は迷いなく手裏剣を放つ。
「狙いを絞れ……風と影に託す!」
回転する刃が空を裂き、正確に魔物の咽喉を撃ち抜く。
ごぼ、と水が泡立つ。だがその直後──もう一体が、ナオの背に向けて跳躍した!
「──にゃあああっ!!」
空からミュアの声が響いた。
跳躍し、ナオの背から飛び上がったミュアが、両手に握った双短剣で魔物の両眼を貫いた!
「──決めるっ!」
叫びとともに、双刃がねじ込まれ、魔物は悲鳴をあげる間もなく崩れ落ちた。
◆戦闘終了
水面に沈む三体の魔物。静けさが戻る。
二人は、呼吸を荒げながらも無言のまま互いの目を見た。
「……やったな」
ナオの言葉に、ミュアはふっと笑みを見せた。
「……うん。ナオと一緒だったから、怖くなかった」
その言葉に、ナオも笑った。
「いや、今の君は一人でも十分強いよ。……驚いた」
「えへへ……じゃあ、次はもっと驚かせる」
笑い合う二人の間に、戦場の緊張はもうなかった。ただ、確かな絆がそこにあった。
■連携戦闘の成果:
《連携スキル》開放:
▶「影走陣形 Lv1」:前衛が敵を誘導し、後衛が罠と奇襲で狩る戦術ボーナス発動
《絆ランク》上昇:
▶ ミュアとの信頼が強化 → 一部連携技が戦闘中に自動発動可能に
ナオは、水面を見つめながら呟いた。
「……最初に会ったとき、君が“怖い”って言ってたの、覚えてるよ」
「えっ……あ、うん……覚えてる……」
ミュアは気まずそうに笑ったが、その声に暗さはなかった。
「でも、今の君は違う。“共に戦える”って、はっきり思えた」
ナオがそう言うと、ミュアの目が少し見開かれ、それから伏せられる。
「……私も。ようやく、君の隣に立てた気がする」
水音が静かに響くなか、二人の影が寄り添うように揺れていた。
この日、ふたりは初めて“戦場で手を重ねた”。
互いの力を信じ、命を預け、そして共に生き延びた。
それは確かに、ただの戦闘ではなかった。
“影と影が交差する”、絆の始まりだった。