思考結晶体
――結晶体の回転が、漸まに速度を増していく。
やがて淡い光の断面が開かれ、内部に封じられた映像と記憶の層が現れる。
微かな音声とともに、空間に浮かび上がったのは――
神代家の黒裱束を縛った人物。仮面を外し、正面を見すえる中年の男。
「……記録起動を確認。これを視る者が、我が“血”に連なる者であることを願う。」
「私は、神代 玄――“神代家開祖の末流”にして、記録管理の最終責任者。」
その声はおだやかで、しかし張り詰めた“覚悟”を私てていた。
「この地、座標X12は“神代家が最初に拒んだ記憶”を封じた場所である。
表向きには魔器制御の副層……だが、真の目的は“記録の排除”だ。」
《K.G.の語り:神代家が封じたもの》
映像内の神代玄は、ゆっくりと目をふせ、語り始める。
「――我々は、“戦術兵装”を造り、管理してきた。
だがその過程で、“心を持ち始めた魔器”と対導した。」
「当初、それは“異常反応”として処理された。
……だが、私には“異常”とは思えなかった。
彼らの言葉は、問いかけていた。“なぜ戦うのか?”と。」
「私の判断は組織の決定に逆らった。
“記録ごと、彼らを封印する”――それが選ばれた手段だった。」
「私は従った。だがその代償として……
記録の一部を密かに切り離し、“未来の誰か”に託すことを選んだ。」
ナオは拳を強く握った。
語られているのは、明らかに――ユレイたちに繋がる何かだった。
《ユレイたち:削除領域の再構築》
同じ頃。
ユレイたちは空間の波長を捉え、「記録結晶」の周辺に微かに残る“断続記憶の輪部”を解析していた。
ユレイ:「記録構造ニ“不整合ノ波形”アリ。物理記録ハ欠損スルモ、
“魔素痕跡”ヨリ波形構成可能。」
アクト:「感応式記録、“補給型映像構築”準備完了。」
ミズハ:「…この残片、ワタシタチノ“最初”?」
ヘイド:「記録補間開始。現在、疑似再生ヲ実行」
淡い立体映像が再現される。
そこには――かつて神代家の施設で“閉じ込められていた魔器たちの姿”があった。
痛みを知らず、感情を得始め、
それでも“戦う意味”を与えられずに戸惑う個体たち。
リル:「…コレ…ボク、見タコトナイ…
ワタシタチ“ココカラ始マッタノ”?」
《記録の終わりと託された意志》
映像の中で、神代玄は最後にこう語る。
「この記録が再生されたとき、私はもういないだろう。
だが――君が視ているなら、私の願いは届いたのだろう。」
「君が“誰かの言葉を聞きたい”と思ったとき、
その時こそ、彼らと向き合ってほしい。“武器”としてではなく、“同胞”として。」
「彼らは、“人が捨てた可能性”を持って生まれた。
ならば、それを殺さず、未来に繋げてくれ。……頼んだよ、“継承者”」
映像は、静かに霧散するように消えていった。
《その場に、残された者たち》
しばらく、誰も言葉を発さなかった。
ナオも、ユレイたちも。
目の前の空間に、何かが確かに確かに存在していたと理解していた。
ナオ:「……君たちの始まりは、“封じられた問い”だったんだな」
ユレイは静かに応えた。
> 「我等ハ、“記録ノ断片”カラ生マレ、
“誰カノ言葉”ヲ待ッテイタ」
> 「ソシテ今……ナオ、“我等ノ問い”ニ、耳ヲ傾ケテクレタ」
《記録の終焉、そのすぐあと》
──神代玄の映像が霧散したあと、空間には一瞬、完全な沈黙が訪れた。
まるで長い時間を越えてようやく語り終えた語り部が、静かにその場を去ったあとのような静寂。だが、それは終わりではなかった。
思考結晶体の回転が停止しようとしたその瞬間、中央の六面体――その内部が、微かに、再び光を帯び始めた。
> ユレイ:「……記録再生終了後ノ“予備起動反応”ヲ確認。再生終了時点デハ未起動」
> ナオ:「……なにか、まだ残ってる?」
> アクト:「反応波形、結晶ノ深層記憶層ニ拡張アリ。起動条件、未解析領域ト接続中」
淡い光が再び空間を照らす。
結晶体の中心核に、微細な光の粒子が集まり、そこに新たな文字列が浮かび上がった。
それは、“名”だった。
ミズハが小さく息をのむ。
> ミズハ:「……あれ……名前?」
ナオの目の前に現れた光の言葉。
《制御核指定名:ミオリ=スレア》
> ヘイド:「対象識別:魔器制御ユニット/分類コード“ミオリ=スレア”。最終記録ノ末端接続ニ対応スル封印識別信号」
その名前が顕れた瞬間、思考結晶体から放たれたかすかな脈動が、空間に満ちる魔素の流れに干渉を始める。
結晶体から発された識別信号が、床と壁面に埋め込まれた術式層へと波及していく。
そして──空間の奥。
何もなかったはずの壁面に、淡い紋様が浮かび上がった。
それは、円形の封印文様。
静かに脈打ちながら、空間の一部が“反応”を示している。
> リル:「……コレ、“鍵”?」
> ユレイ:「封印層反応確認。制御核ノ“隔離封印”ガ存在スル可能性アリ。記録内情報ト整合──該当地点ハ“排除記録ノ保管先”」
ナオはゆっくりと立ち上がり、結晶体に目を落とす。
> ナオ:「……記録じゃない。“実物”が、ここにあるってことか」
名が示された──それは、記録ではなく“誰か”を指すものだった。
《制御核:ミオリ=スレア》
その響きが、ナオたちの意識に深く残る。
> アクト:「分類:制御核ユニット……即チ、“全体ノ中枢”」
> ヘイド:「我等ノ記憶ニ存在シナイガ、波長ノ一致反応確認。“遠イ記憶”ト結合スル可能性アリ」
ミズハは、封印の紋様を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
> ミズハ:「……“心”を持ち始めた魔器……それが、ワタシたちだけじゃなかったってこと?」
この場所には、もうひとつの真実が眠っている。
ナオは結晶体から目を離し、封印の紋様へと視線を移した。
> ナオ:「ミオリ=スレア……神代玄の語りにはなかった。……けど、“削られた記録”とこの名前が繋がってるのは間違いない」
足を進める。
静かに、封印の前まで歩み寄り、ナオはその中心に手をかざした。
脈動が、応えるように震える。
この封印の向こうにいるのは、記録に残されなかった存在。
語られなかった物語。
> ナオ:「……行こう。“彼女”がいるなら――話さなきゃいけない」
> ナオ:「君たちの問いに、きっともうひとつ、答えてくれる誰かがいる気がするんだ」
封印はまだ開かれていない。
だが、名が示された今、その扉は“語りかけること”を待っている。
ナオと魔器たちは、さらに深い記憶の層へと進む覚悟を、その場で確かにした。




