激戦
──夜が深まるほどに、戦場の魔素は濃く、重くなっていた。
岩砕の荒野に、魔器たちの光と魔獣の咆哮が交錯する。
だが、その只中にあって、ナオの視線は、さらに“奥”を見据えていた。
「……この魔素の波、異常すぎる。まだ“いる”」
そう、群れの真の中枢——
“指揮官級”
通常のアクシレイとは異なる、格段の魔素密度。
複数の魔獣を束ね、操る統率の中核。戦場の動きを観察し、指令を出す存在。
その気配が、確かに――“潜んで”いた。
ユレイ:「地下層ヨリ、上昇反応アリ」
アクト:「大型構造体。複数ノ制御点アリ。通常個体ノ五倍」
ヘイド:「集団ノ挙動一致率、89%。指揮系統確定」
ミズハ:「……冷タイ……風。ナニカ、昇ッテクル……!」
リル:「ナオ、近イ。コワイ、ケド……ワカル……!」
その瞬間、大地が音もなく裂けた。
風のような振動、魔素の圧縮波が地表を這い、中央の岩塊を突き破って何かが**“現れた”**。
──それは、漆黒の甲殻に覆われた巨大な魔獣。
六脚、二対の尾を持ち、背中には樹状に伸びる魔素結晶。
まるで“思考する昆獣”のような構造。
巨大な複眼が、ナオを“真っ直ぐに”見据えていた。
「……あれが、“本命”か」
ナオは喉奥で息を呑みながら、魔素スキャンを走らせる。
【種別:アクシレイ・アーク(変異指揮種)】
【外殻魔素硬度:特級/魔法反射率:高】
【知能評価:B+/推定統率範囲:半径1.2km】
「こっちを……見てる。違う、“見抜いてる”」
ただの魔物ではない。
明らかに“情報を収集している”瞳だった。
そして、その身体に宿る魔素波の構造は、どこか――人為的だった。
ユレイ:「この個体、遺伝構造ニ異常アリ。“人為改変”ノ痕跡アリ」
アクト:「帝国式“魔獣兵計画”ノ残滓、カ……?」
ミズハ:「封印遺構ト、繋ガッテル……?」
ヘイド:「対応フロー、準備完了」
リル:「ナオ、隣ニ、イル!」
ナオは小さく頷き、息を吐く。
「よし……“一つ、試してみたいことがある”」
彼は腰の外殻ポーチから、金属製の刻印盤を取り出す。
封印装置。試作魔具《陽式展開・臨界開示式》。
本来は、未確定魔素の安定観測用に設計された結界展開具だ。
だが、ナオはこれを戦闘用に**“転用”**するつもりだった。
「この魔獣……内部の制御点がずれてる。そこに魔素を“過負荷”させれば……」
つまり、“自滅誘導”。
ナオは一歩、前に出る。
風が止み、世界が彼の足元に集中するかのようだった。
「ユレイ、展開開始。照射角60度、拡散モード。アクト、後衛狙撃支援」
「ミズハ、空間歪曲で突進封じ。リル、結界回廊展開――準備、いいな?」
全魔器:「応」
そして、ナオのスキルウィンドウが、淡く開く。
■発動――【戦術式:極限転送結界】【観測式:魔核臨界点測定】
■補助発動――【幻影歩】【風走・刻限】【雷糸術式・陽核標】
空気が軋む。
魔素が暴れ、雷と風が混ざり合い、結界式が地面に浮かび上がる。
その中心に、ナオが立った。
「来い……俺が“導火線”になる」
巨大なアクシレイ・アークが、まるでその言葉に応じたように、咆哮した。
次の瞬間、地面が爆ぜ、突進が始まる。
──突進が来る。
地を這うような魔素震動が先行し、次いで全身を叩くような咆哮。
巨躯が空気を裂きながら迫ってくるその様は、もはや“攻撃”ではなく“災害”だった。
「リル、光路っ!」
「ウ、ウンッ!」
ナオの合図と同時に、リルの結界術式が魔方陣を描き、淡い導光の道を開く。
その瞬間、ナオは空間を一歩“滑らせる”ように跳躍した。
――【幻影歩】【風走・刻限】発動。
軌道は読ませない。速度は予測させない。
全てを惑わせ、攪乱する。
(あと少し……あと三秒、引きつけて……)
咆哮とともに地面を砕く巨躯が、雷鳴のようにナオの背を追ってくる。
魔器たちがそれぞれの配置につき、術式を完成させつつあった。
アクト:「標的位置、固定完了。ノイズ抑制成功」
ヘイド:「正面突破不可。進路補正、必要ナシ」
ミズハ:「空間、閉ジル。道、限界マデ狭クスル」
ユレイ:「魔核座標、照準固定。臨界結界、展開可能」
「よし、今だ!」
ナオは直線軌道を滑り抜けながら、両腕を交差して刻印盤を構える。
【陽式展開・臨界開示式】の封印式が全開放モードで発動。
五重の魔方結界が、背後のアクシレイ・アークの魔核位置に正確に重なる。
術式座標、転送同期、魔素圧制御、全てが一致した瞬間。
「――封じろ、“限界点”!」
空間が反転した。
白熱の光と雷が走り、瞬間、アクシレイ・アークの進行軌道が“停止”した。
否、正確には――核を封じられ、内部エネルギーが“行き場”を失ったのだ。
巨体が悶え、腹部を地にこすりつけるように低く唸る。
背中の魔素結晶が狂ったように脈動し、赤から青へ、そして紫へと変色を繰り返す。
ユレイ:「臨界上昇、暴走予兆アリ!」
アクト:「暴発マデ、13秒!」
ミズハ:「離レテ、ナオ! 爆ゼル!」
リル:「魔素、溢レテル……! コワイ、コワイヨ……!」
ヘイド:「ナオ、退避ヲ……!」
だがナオは、一歩も退かなかった。
結界を維持する術式構成は、彼自身の意志と集中力に大きく依存していた。
魔器たちにしか届かないほどの小さな声で、ナオは言った。
「ここで……崩れたら、全部、無駄になる」
「俺たちがこの街にいる意味も、ここで支えてきたものも――」
「……壊されるのは、もうたくさんなんだよ」
その一言に、五体の魔器が、誰もが返答した。
ユレイ:「了解。“共鳴領域”ノ維持、加勢スル」
アクト:「臨界点ニ、圧力集中」
ミズハ:「空気ヲ、凍ラセル」
リル:「ナオ……一緒ニ……最後マデ!」
ヘイド:「“命令”受領。支援開始」
魔器たちの魔素圧が限界突破モードへ。
ナオの周囲で五芒星が輝き、魔核を囲む封印式が最終段階へ到達する。
「全域、魔素反転――起動!」
次の瞬間。
──爆音。
爆炎は起きなかった。
それは、爆発ではなく、“収束”だった。
暴走しかけた魔核エネルギーは、五重結界の“空間反転式”によって
逆流するように押し戻され、内部で自己崩壊を始めた。
アクシレイ・アークの全身が硬直する。
その巨大な複眼に浮かんだのは、「理解」だった。
(自分が負けたことを、こいつ……わかってる)
沈黙が戻る。
そして、魔核が砕ける音とともに、指揮官級魔獣の巨体が地に伏した。




