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共鳴

《神代式術式による共鳴試行》


──夜。深い静けさが支配する部屋に、わずかな灯火だけが揺れていた。


その中心、木机の上に置かれた記録端末が、まるで眠るように沈黙している。


ナオは椅子に腰を下ろし、その前に静かに両手を置いた。彼の周囲には、ユレイを筆頭に魔器たちが見守るように佇んでいる。


「……試してみる。俺の中に、まだ残ってるかもしれない。神代家の術式――使えるなら、あいつに届くはずだ」


ユレイは即座に頷き、分析支援を開始する。


「共鳴反応、観測可能。接触構文、開始推奨」


ナオは小さな布包みから、黒墨と薄紙、それに封筆を取り出した。


墨を磨る音が、静かな室内に響く。その動作はどこか儀式のようで、ナオ自身も無意識に息を整えていた。


紙に描かれるのは、神代家に伝わる“結び符”。


それはかつて、彼の祖父が「心を届けたいときに使え」と教えてくれた術式だった。


左手に符を貼り、右手で記録端末の表面に触れる。ナオの声は静かで、しかし確かな意志を帯びていた。


「……声の結びよ。想いの記録に、届いてくれ」


ナオの掌から、淡い白藍の光がにじみ出る。


記録端末はかすかに震え、表面の紋様が一度“裏返る”ように反転し、複雑な回転構造を描き始めた。


「……反応アリ」ユレイの声が響く。


アクト:「共鳴ト解錠ノ重合現象。第二段階ニ遷移カ」


ミズハ:「……記録、来ル……!」


ヘイドの低い声が続く。「構文ノ遮断層、崩壊確認」


そして――リルが叫んだ。


「光ッテ、ル!!」


《封印段階2:映像の再生》


記録端末の中央部が開き、そこから立ち上がるようにして淡い光が空間に拡散した。


その光は半球状に広がり、やがて空間に“映像の窓”を形成する。


粒子状のノイズが舞い、映像が再生され始める。


映し出されたのは、木造の和風建築と魔術的な装飾が融合した室内。そこに立っていたのは、一人の男――黒衣をまとい、髪を後ろで束ねた、初老の人物だった。


その背筋はまっすぐで、声には揺らぎがなかった。


「この記録は、“あの子”が目覚める時に託すものだ」


「我らが守るべきは、“存在を知られぬもの”。

我らが遺すべきは、“言葉でなく、想いである”」


男の手にあるのは、まさに今ナオの目の前にあるものと同じ端末。


「この術式は、感情と共鳴する者でなければ解けぬ。

 記録を命じるのではなく、語るためのもの……」


そして、男はふっと表情を和らげて言った。


「もしこの記録が開かれたのなら――

 お前は、もう“ここにはいない”のだろう。……ナオ」


「ならば、誇れ。

 お前がどこにいても、“カミシロ”の名は決して折れぬ。

 “記録は語るためにある”。……我が子よ」


映像は、そこまでだった。


淡い光が静かに消え、空間には再び夜の静寂が戻る。


ナオは、しばらく言葉を失っていた。


そして、呼吸を一つ整えると、呟いた。


「……やっぱり、父さん……」


彼の目は、遠い過去と、今、目の前にある使命を見つめていた。


「知ってたんだな。俺がここに来ることも、記録を開くことも」


「……命令じゃない。“記録は語るためにある”。その意味も」


ユレイが静かに言った。

「ナオ、“記録ノ意志”……受信完了」


ナオは、そっと端末を撫でた。


「……ありがとう。必ず、この想いを繋げるよ」




《再起動:記録端末の継続反応》

 ──映像が終わった直後。


 静寂が戻るかと思われたその瞬間――

 記録端末の側面に浮かんでいた構文ラインが再びゆっくりと回転を始めた。


 その動きは先ほどよりも滑らかで、まるで呼吸を取り戻したかのようだった。

 周囲の魔器たちは即座にそれに気づき、視線を端末へと集中させる。


 ユレイがすぐに解析信号を読み取り、ナオに報告した。


 > 「映像記録、終了直後ニ次段階ノ自動指示反応開始」

 > アクト:「端末内部ニ存在スル“封印座標データ”、外部出力ノ準備段階」

 > ミズハ:「……次、“示スノ?”」

 > ヘイド:「ナオ、覚悟……在ルカ?」


 ナオはゆっくりと息を吸い、まっすぐに頷いた。


 「――構わない。俺は、知るべきだ」


 まるでその言葉を合図にしたかのように、記録端末の中央部が淡く発光し、空中へ光の文字列を浮かび上がらせた。

 音声は人工的な処理ではなく、どこか人間味のある、囁くような声で流れ始める。


 > 【封印対象記録 第七式:ノワール=フィル 地下区画β】

 > 【構造下位:第50階中層層間“断絶領域”】

 > 【座標指定:F50-B03Y/Δ-回路核 No.72-B】

 > 【封印対象名称:ミオリ=スレア・ユニット群(推定7体)】

 > 【制御状態:不安定】

 > 【再覚醒条件:外部魔素干渉 × 時限経過(300年を超過)】

 > 【備考:“内部人格残留”の兆候アリ】


 光の文字はひとつずつ慎重に投影され、まるで情報そのものが意志を持って語りかけてくるかのようだった。


 ナオは、表示された語句のひとつひとつを逃すまいと目を凝らし、聞き取った。


 「ミオリ=スレア……ユニット群?」


 ユレイはすぐに情報照合に入った。


 > 「“ミオリ=スレア”ハ、旧世界文献ニ登場スル

   “自主判断型収束兵装”ノ名称。魔術/術式/意思反応ヲ統合シタ半機構体」


 アクト:「同名ユニット、300年前ヲ最後ニ記録消失。再覚醒条件ニ一致」

 ミズハ:「……“今”ノ時代、再起動シテモ不思議ジャナイ」

 リル:「……怖イ、ノ?」


 ナオは一瞬目を伏せ、指先に力を込めた。


 「……わからない。でも、ひとつ言えるのは――これは“ただの兵器”じゃない。

  “人格が残っている”って……そう言ってた」


 その目は静かに、だが揺るがず前を見据える。


 「きっと……“会わなきゃいけない”んだ。今の俺たちで」


 周囲の魔器たちは、無言のままナオの背を支えるように位置を整えた。

 彼らもまた、“次の選択”に向き合おうとしていた。


 そして、記録端末は最後に、静かな余韻を残しながら光を収めた。

 その刹那――まるで別れを惜しむように、もう一度だけその声が響いた。


 > 【“目をそらすな。継ぐ者よ”】


 その言葉は、ナオの胸の奥深くへと刻まれた。


 過去からの贈り物は、今を生きる者に試練と意志を残す。

 そして彼は、受け取った。


 “継ぐ者”として。


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