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試練⑤ー帰還判断

──未知階層、探索終了。


深い沈黙に包まれたその空間で、ナオたちはこれ以上の調査を断念せざるを得なかった。

視界の先に伸びる通路は、すでに魔素密度の不安定領域へと突入しており、踏み出せば転移障害の危険もある。


ユレイ:「空間圧、安定臨界近接。長期滞在ハ不可」

アクト:「安全ノ為、退路確保ヲ推奨」

ヘイド:「外部空間ヘノ再転移、可」


ナオは周囲の様子を一巡確認し、ふぅと小さく息を吐いた。


「……了解。今日はここまでにしておこう」


手の中には、先ほど通路奥で見つけた記録端末。

封じられたまま何も語らないそれを、ナオは布で丁寧に包み込んでいた。


リルが心配そうに端末を覗き込む。


リル:「ナオ、それ……持チ帰レル?」


ナオ:「ああ、転移に支障はない。壊れないよう注意するけど、念のため全員で警戒態勢を保とう」


魔器たちは一斉に小型モードへ移行し、転移準備に入った。

ナオも周囲に気を配りながら、《歪み》へと足を向ける。


《転移途中:反応》


再び、空間がねじれる感覚。

魔素のうねりの中、意識が少しだけ引き延ばされるような感覚に包まれた、その瞬間だった。


ナオの腕の中、布に包まれていた記録端末の一端が、ほのかに淡く光り始めた。


「……え?」


ユレイ:「魔素反応検出。端末カラノ自発的起動反応」

ミズハ:「光ッタ……何カ来ル」


その直後、端末の先端部からふわりと立ち上がるようにして――

半透明の映像が空間に浮かび上がった。


《映像発動:15秒の記録》


それはわずか15秒。

だが、その記録は確かに“封印を解く鍵”の一端を示していた。


◇ 暗い施設内のような構造。

◇ フードを被った複数の人影。

◇ 彼らは、床に並ぶ基盤の前で何かの“封印構文”を組んでいる。

◇ その場の構造は、今ナオたちがいた通路奥の空間と酷似していた。


視認できたのは、円形の台座。その中心に、“三重式構文”の回転図。


そしてその図形――それは、まさに記録端末の底面に彫られていた幾何学文様と完全に一致していた。


ナオ:「……これは……」


――ブツッ。


映像は音もなく、唐突に途切れた。


《沈黙ののち》


ナオは沈黙したまま、手の中の端末を見つめ続ける。


「……今の、封印を“施した瞬間”の記録だ……」


「つまり、この端末は“封印される直前”に作られたんじゃない。

 **“封印そのものが自らを記録した”**んだ」


ユレイ:「記録構造、自己暗号化型。従来手法デハ解析不能。……ダカラ、起動条件モ“特殊”ナ可能性」


アクト:「三重構文、回転式連動封印。映像ハ解除ノ順序ヲ含ム可能性アリ。解析、優先度高」


ナオはゆっくりと頷いた。


「……なら、あの回転構文が“開け方”の鍵だってことだな。戻ったらすぐに、図形構成と端末底面の刻印を照合してみよう」


「この端末の声……ちゃんと聞いてやらなきゃ」





《帰還:ダンジョン第50階・北東石室》


再転移が完了した。

ナオたちは石室の中心部――探索前と同じ場所へ戻ってきた。


外の空間は静かで、空気が妙に温かく感じる。

転移の記録もユレイによって安定保存されている。


ナオは記録端末を丁寧に収納し直し、改めて仲間たちを見渡した。


「さあ――これを、地上に持ち帰って伝えよう」


「俺たちが、“ここで何を見たのか”。それを残さなきゃ意味がない」


ヘイドが静かに頷き、アクトとミズハが補助魔素を起動。

リルが小さく笑い、ナオの袖を掴む。


リル:「……ナオ、記録。守ロウ」


ナオ:「ああ、守るよ。未来のために」


沈黙の記録が、再び語り出す日を信じて――。

ナオたちは地上への帰還を開始した。



 ──50階・北東区から出てきたとき、ダンジョン内の街はすでに“夜”に染まっていた。

 魔素灯のほの明かりがぽつりぽつりと揺れ、静かな通路には人の気配もない。


 ナオは振り返り、肩の袋を支えながら呟く。


 「……夜だな。今日は、長い日だった」


 ユレイたちが低く応える。


 > ユレイ:「解析、可能性アリ。今スグニ着手ヲ」

 > アクト:「端末ノ解析、“加熱型封印”ノ可能性モ考慮」

 > ミズハ:「……知リタイ。中ニ、ナニガ眠ッテルノカ」

 > リル:「今ノ、夜、静カダカラ……聞コエルカモ」

 > ヘイド:「帰還後ノ即解析、推奨」


 ナオは一度微笑し、小さく頷いた。


 「わかった。帰ってからやろう。……今夜のうちに」


《自室:夜の灯の中で》

 扉を閉め、灯りをともす。

 その明かりは、石室の無音と無彩の世界とはまったく違う、“人が生きる空間”の灯だった。


 ナオは荷物をほどき、記録端末をそっと取り出す。


 ユレイたちはすぐに、魔素分析モードに入り、

 各自が自律的に端末の外殻、符文、回路網を走査していく。


 しかし──


 > ユレイ:「解析進捗5%。遮断領域多数」

 > アクト:「三重構文、連動式/回転符/消去対称型。全接触面ニ封鎖反応アリ」

 > ミズハ:「……反応、薄イ。“眠ッテル”ノカ?」

 > ヘイド:「情報ノ発信、“外部トノ連動”条件カ?」


 進展は、わずかだった。




 ナオは寝支度を終え、布団を整えたあと、

 端末を手に取って机の上に「コトリ」と静かに置いた。


 その動作は、まるで友人にそっと手紙を託すような優しさだった。


 そして――声をかける。


 「なぁ、お前は……何を守り、何を伝えたいんだ?」


 誰に語るでもなく。

 だが確かに、“そこにいる”と信じて語りかける声。


 その瞬間――


 記録端末の側面、小さな“ドット”のような四角い印がふわりと淡く、ピンク色に光った。




 誰も、すぐには言葉を返さなかった。

 魔器たちも一瞬、処理を止め、光を注ぐように端末を見つめていた。


 リルがそっと囁く。

 > 「……今ノ、“応エ”カナ?」


 ユレイが答える。

 > 「……可能性、高シ。“対話開始ノ鍵”、外部感情ト同期スル……兆候」


 ナオは、ふっと力を抜くように微笑んだ。


 「……だったらさ、これからも話しかけてみるよ。

  お前が……“応えたい”って思うまで」




 その言葉に呼応するように、

 ピンクの光が、ほんの少しだけ強くなった。

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