自分の意志を持つ個体
《翌朝:住居にて――目覚める気配》
──朝。
薄明るい光が、ナオの部屋の窓から差し込み、床を淡く照らしていた。
昨日、試練を終えた夜に比べて、どこか静かで、安らぎのある空気。
ナオは布団から半身を起こし、軽く欠伸をしながら天井を見上げた。
「……ふあ……おはよう、みんな」
●目覚めた“存在たち”
ナオの声に応えるように、部屋のあちこちで小さな魔素の揺らぎが起きる。
壁際に並んだユレイ・リル・アクト・ヘイド・ミズハは、
依然として縮小サイズのまま、それぞれ“自分の場所”を選んで夜を過ごしていたらしい。
誰も「眠る」ことはない。だが、“静止している時間”はあった。
■魔器たちの“ささやかな習慣”
ユレイは、夜のうちにナオの机の書類を丁寧に並べ直していた。
リルは窓辺で、朝光の波長変化をひたすら記録していた。
アクトは玄関の扉前に配置され、“防衛モード(低出力)”で夜を過ごしていた。
ヘイドは何もせず、部屋の角で静かに“思考整理”を繰り返していた。
ミズハはナオの寝ている方をずっと向いて、“音と息”のデータを記録していた。
それぞれが、「記録」としてでなく、“自分の意志”で選んだ行動だった。
ナオは立ち上がり、窓を少しだけ開ける。
「……風が気持ちいいな」
リルがぴょんと、窓辺から跳ねて降りてくる。
「アサノ風、柔ラカイ。音、小サイ。……キレイ」
「そうだね。うちの近くは、まだ街の音が少ないから……君たちも落ち着けるかな」
アクト:「警戒範囲、低。ナオ、ヨク眠ッタ」
ナオは苦笑する。
「寝顔まで記録されてそうだな……ちょっと恥ずかしい」
■ミズハのささやき
「……ネテイル時ノ音……嫌イジャナイ。落チ着ク」
ナオは驚いた顔でミズハを見る。
「え、それって……感情の記録?」
ミズハはしばらく黙ってから、そっと答えた。
「……未確定。ダケド、“知リタイ”ノハ、本当」
ナオはそっと笑って、コトリと湯沸かし器を火にかける。
五体の魔器たちが、同じようにナオの動作を目で追っていた。
ただ見ているだけ。だが、その視線には「知ろうとする意志」が確かにあった。
《機能確認・個別同行テスト:初の外出》
──朝食後。
ナオは小さなメモ帳を手に、魔器たちを前に整列させた。
「今日は、みんなの能力をちゃんと“把握”したいと思ってる」
「もしも誰か一人とだけ出かけるなら、どう連絡が取れるか、距離はどこまで大丈夫か――
あと、街中でどう見えるかも含めて、確認しておきたい」
五体はそれぞれ、短く反応を返す。
ユレイ:「通信範囲、理論上約半径1.2km。環境干渉アリ」
アクト:「防衛機構ハ作動制限カカリ、都市内部デハ使用不可」
ミズハ:「隠蔽形態ノママ、会話可能。感情記録ハ外部刺激影響アリ」
リル:「街ノ光、気持チイイ。飛ンデモイイ?」
ヘイド:「……外出、初。記録ヨリ、実体験ヲ優先スル」
ナオは笑って頷いた。
「じゃあまず、ユレイから行こう」
《実地:ユレイとの外出》
ユレイは人型縮小サイズのまま、ナオの肩に立つ形で同行する。
装甲は収縮し、魔導服のように見える外装で擬態。
遠目には、ナオの使い魔か装飾的な魔導具に見える。
ナオは市場の方へ向かいながら、通信を開始。
「ユレイ、聞こえる?」
> ユレイ(思考帯通信):「感度、良好。ノイズナシ。環境干渉、極小」
通りを歩きながら、ナオは時折立ち止まり、距離を測る。
100m……300m……600m。
通信は安定していた。
900mを過ぎたあたりから、通信帯域にノイズが混じり始めた。
1.2km地点で完全に途切れる。
帰路の途中で再接続が自動復帰し、距離と干渉に関するおおまかな指標が得られた。
《帰宅後:全体検証と共有》
ナオは帰宅後、五体を順に1体ずつ連れ出し、同様にテストを行った。
■アクト
徒歩移動にて、ナオの1m後方を自動追従。
街中では「護衛人形」のように見える外観。
威圧的な雰囲気が周囲に緊張を与えるため、外出時は外装変更推奨。
■リル
軽量浮遊型。羽根のような装飾で空中滑空可能。
子供たちに「キラキラしてる!」と興味を持たれる。
低出力通信は約1.6kmまで届くが、浮遊時は風干渉で不安定。
■ミズハ
他者の音声模写能力を用いて、軽い対話を可能とする。
外観は魔法楽器のように擬態。
街角で歌声を真似してしまい、「誰の声!?」と混乱を招きかける(ナオが制止)。
■ヘイド
無言でナオの横に立つ姿が“警護者”そのもの。
商人に「魔装具か?売ってくれ」と交渉される。
外観変化の自由度が低く、無言での存在感が逆に注目を集めやすい。
《最終共有:全員で状況確認》
夕方、テストを終えたナオは部屋に魔器たちを集めて言った。
「……それぞれ、長所も課題もあった。でも、どれも“悪い結果”じゃなかった」
「これから、必要なときに少しずつ……“一緒に外へ出る機会”を増やしていこう」
ユレイ:「承認。外部環境適応率、良好。ナオ、信頼ヲ前提トスル」
リル:「外ノ光、マタ見タイ!」
ミズハ:「……人ノ声、面白イ」
アクト:「警戒ハ必須。……ダガ、“悪意”ノ反応ハ感知セズ」
ヘイド:「……共存、継続ヲ提案スル」
ナオは、ゆっくりと彼らを見回し、こう言った。
「ありがとう。……“誰かと共にいる”って、こんなに静かで安心できることだったんだな」
その言葉に、五つの魔素が淡く共鳴し、
部屋の空気が、そっと――“心地よさ”で満たされた。




