心をほどく場所
──宴のにぎわいが去ったあと。
ノワール=フィル《第50層都市》の夜は、静けさを取り戻していた。
かすかな風が路地を抜け、街灯の魔素灯が石畳に揺れる影を落としている。
「じゃあ、またな……ナオ!」
「お休みっ!」
「……あぁ、ありがとう」
ミュアとその家族に見送られながら、ナオは布袋を大事そうに抱えて、自分の住まいへと歩いていった。
宴の余韻が頬に残る。けれど、心は静かだった。
●ナオの部屋
住まいは小さな一間。木製の扉を閉め、内鍵をかけると、ナオは壁に取りつけられた魔素灯に触れた。
青白い光が、簡素な室内を照らし出す。石壁と木の床。寝台と小さな机。まるでこの世界にぽつんと浮かぶ、個人的な避難所のような場所。
ナオは袋を丁寧に床へ下ろし、ゆっくりと呟いた。
「……ただいま」
袋の口を開き、ひとつひとつ、卵の姿になった魔器たち――ユレイ、リル、アクト、ヘイド、ミズハを並べる。
「みんな、お疲れ様。……元の姿に戻るか?」
言葉に応じて、卵たちは淡い魔素の光に包まれ、柔らかに変形を始めた。
光が収まったとき、そこにいたのは――かつて遺構で目にした魔器たち。
ただし、その姿はあの時の半分ほどの大きさになっていた。
「……ん? ちっさくなってる?」
ユレイが一歩前へ出ると、電子的な響きを含む声で言った。
「この空間……床、構造脆弱。フルサイズ、重量オーバー。……“崩レル”」
「へぇ……重さまで調整できるんだ。すごいな」
ユレイたちは各々、部屋の隅や壁際に座り込むように身を落ち着ける。
居心地のよい場所を探しているようで、その様子がなんとも人間的に見えて、ナオは思わず笑みをこぼした。
ナオは床に腰を下ろし、背を壁にもたれかけると、改めて尋ねた。
「……で、どうだった? 初めての外の世界は」
●それぞれの応答
リル:「……ニンゲンノ笑イ声、耳ニ残ル。アレ、面白カッタ」
アクト:「火ノ匂イ、食事ノ音、空気振動。攻撃性ナシ。記録完了」
ヘイド:「……意外ト、静カ。……観測継続希望」
ミズハ:「……“温カイ”ノ、意味……少シ、ワカッタ」
ナオは少しだけ、微笑みながらユレイのほうを見た。
「ユレイ、お前は?」
ユレイはわずかに間を置いてから答える。
「“怖ガラレナカッタ”。……ソレガ、意外ダッタ」
「……我ラ、存在ヲ保ツ可能性、“在ル”ト判定」
かつて誰にも必要とされず、封印されていた存在が、そう口にする。
ナオの胸に、言葉にならない熱がこみ上げてきた。
彼は小さく息を吐き、続ける。
「……ここは、君たちにとってまだ“世界”のほんの一部かもしれないけど」
「一歩ずつ、広げていけたらいい。君たちの“世界”も、“記憶”も」
しん、と静まった空間。
だがその静寂の中で、五体の魔器たちの魔素が、ふわりと一斉に揺れた。
それはほんのわずかな光の波紋。
けれど、それは“肯定”の兆しだった。
名も、形もまだ曖昧で、記録にも記述されていない感情。
だが確かにナオには、それが“伝わっている”と感じられた。
夜は静かに更けてゆく。
そしてその夜、彼らは“ただ共に過ごす”という初めての感覚を抱いたまま、灯りの下に身を寄せていた。




