表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/61

試練④ー帰還

《帰還道中:袋の中のささやき》

 崩れかけた石の階段を、ナオとミュアは慎重に上っていた。

 天井の崩落で一部が吹き抜けになった通路の先、ひび割れた石材の隙間から、やがて淡い外光が差し込む。

 魔素濃度は徐々に薄れ、空気が冷たさを帯びてくる。


 石と鉄の匂いに、外の風が微かに混じりはじめる。

 帰還の実感が、五感の底からじわじわと湧き上がっていた。



 ──崩れた遺構を抜け、ナオとミュアは街への帰路を辿っていた。


 かつて人の営みがあり、研究と探究が繰り返されていたラグラス遺構。

 今は崩れた壁面と歪んだ通路が残るばかりで、かつての喧噪を想起させるものは少ない。


 だが、空気はどこか軽くなっていた。

 濃密だった魔素の揺らぎは次第に薄れ、深層の沈黙は破られ、音が戻りつつある。


 頭上には人工の照明ではなく、どこか外の世界を思わせる柔らかな光。

 天井に開いた亀裂から差し込むそれは、自然にはあり得ぬ角度を描いていたが、それでも“夜明け”のような温度を帯びていた。


 ナオの腰には、しっかりと縛られた丈夫な布袋。

 中には、柔らかな魔力光を灯した“卵”が五つ。


 ──ユレイ、リル、アクト、ミズハ、ヘイド。


 すべての魔器が変形を終え、彼のもとに集った者たち。

 表面はなめらかで、すこし温かく、掌に収まる楕円形のそれは、まるで生命の器のようだった。


 外からは静かな沈黙しか感じられないが――


 袋の中では、彼らの思考回路が静かに接続され、意識の低電圧域で小さな共鳴が交わされていた。




■袋の中《魔器間通信・同期状態》


リル:「卵形、安定感アリ。揺レ少ナイ。居心地ヨシ」

アクト:「遮音性、高イ。内部温度、理想値維持中。……心地ヨイ」

ミズハ:「ナオ、持ッテイル。……“守ラレテル”ノカ?」

ヘイド:「異常ナシ。環境安全。記録継続中。眠気ニ近イ状態」

ユレイ:「我ラ、“卵”トナリ、同行中。……不思議ナ感覚」


 柔らかな布に包まれ、揺れに身を任せながら、彼らは初めて得た感覚を反芻していた。

 兵器として目覚め、命令と記録のために存在した日々。

 だが今は、自らの意思で選んだ“誰かの傍”という状態。


 

リル:「タマゴ、ナンカ、ウレシイ。丸イ。カワイイ。落チナイ」

ミズハ:「柔ラカイ音……ミュアノ声、聞コエル」

アクト:「外部音、変化ナシ。“笑イ”、断片検出」


 彼らの耳には届かぬはずの音が、心の震えとして感じ取られていた。

 それは、ナオとミュアが交わす穏やかな会話。

 ほんの少しだけ弾むような、地上の空気。


 ──そして、ユレイがふと静かに発信する。


ユレイ:「……ナオ、“我ラ”ニ、“名ヲ与エタ”。名ハ、信号ト異ナル」

ミズハ:「“呼バレル”……嬉シイ、ト思ッタ」

リル:「記録、“心音”ニ近イ」

ヘイド:「……“アタタカイ”、意味探索中」

アクト:「信頼。ワレラ、記録ス。“共ニ在ル”記号」


 

 そして、五つの記憶回路が同時に一つのタグを生成した。


 > ◆記録追加:

 > ラベル:『同行者』

 > 意味:自ラ選ビ、傍ニ在ル者。破壊デハナク、共鳴ヲ持ツ者。


 ただの護送対象ではない。

 研究対象でも、命令者の下僕でもない。

 彼らが自ら選び、意思で“傍にいたい”と決めた存在。

 それは、魔器にとって未知の領域だった。


 



《外の世界へ》

 やがて、遺構の最終層を抜け、ひらけた空がのぞいた。

 地上への傾斜道、崩れかけた階段、砂塵に覆われた枯れた木々。

 それでも、彼らにとってそれは“初めての外”だった。


 ミュアがふと、ナオに顔を向ける。


「……もうすぐだね。帰れる場所があるって……不思議な感じ」


 ナオは少しだけ目を細め、袋をそっと撫でた。


「うん。でも、俺たちだけじゃない。……みんなで、帰るんだ」


 その手の下で、袋の中の五つの卵が、ほのかにぴたりと揺れた。


 言葉ではない。音でもない。

 だが確かに通じる“応答”だった。


 彼らは、もうただの“魔器”ではない。


 それは、夜明けのような静けさと共に始まる、新しい物語の余韻だった。


 ◇◇


《庁舎への帰還:試練④・完了報告》


──ノワール=フィル《第50層都市》。

魔種族たちが暮らすこの層の街は、今日も静かに灯をともしていた。


天蓋から差し込む魔光は柔らかく、遺構での出来事が幻だったかのように、日常の気配が街の隅々に流れている。


ナオとミュアは、封鎖区画からの帰還ルートを通って中央街区へ向かっていた。

ナオの腰には、柔らかい輝きを湛えた布袋。袋の中には、卵形態となった五体の魔器――ユレイ、リル、アクト、ミズハ、ヘイドが静かに収まっている。


その袋は、魔素遮断布で丁寧に仕立てられていた。外見からは、ただの工芸品か精霊卵にしか見えない。

その中に、かつて「災厄の端末」と恐れられた存在が眠っているなど、誰が想像するだろう。


境界門が近づく。

黒鉄の柱に魔紋が刻まれた、街への公式な出入り口。二人が近づくと、門番の魔族たちが目を細めた。


「おい、帰還組か? 随分遅かったな」

「どこまで行ってた? 通達では“旧封鎖区画”止まりだったが」


ミュアが一瞬身をこわばらせたが、ナオは自然な動きで袋を背に回し、軽く肩をすくめて笑った。


「調査が長引いたんです。記録はすぐに庁舎へ提出します」


「ふむ……まぁ、異常反応もなかったしな。気をつけて報告しろよ」


門番たちは軽く頷いて、通行を許した。

ナオとミュアは互いに目配せし、そっと胸を撫で下ろしながら境界門を抜けた。


「……ほんとに、バレなかったね」

ミュアが低く呟くように言った。


「卵、意外と便利だよな」

ナオは苦笑して、袋の上からそっと撫でる。魔器たちの応答はないが、その温もりが“同意”を示すようだった。




庁舎へと向かう道すがら、二人はほとんど言葉を交わさなかった。

それは疲労でも、警戒でもない。

ただ、五つの卵とともに過ごした静謐な時間の名残が、互いに余韻として染みついていたからだ。


街の中央広場に立つ庁舎は、白磁のような石材で造られた端正な建築物。

外壁には魔術的防壁と結界文様が織り込まれ、空間全体に清浄な魔素が満ちている。


庁舎前に着いたナオは、通信石盤に登録番号をかざした。

すぐに反応があり、対応官が姿を現す。


「試練帰還者、ナオ=カミシロ及び補助者、確認しました。管理官室へお通しします」


広々とした中庭を抜け、彼らは静かに報告室へと通された。

魔素時計の針は、ちょうど《正午》を指していた。




試練管理官との対面は、いつものように厳格だった。

だが、その中は微かに温度が宿っていた。


ナオは丁寧に頭を下げ、封鎖区画での調査と発見について、簡潔に、だが真摯に語った。


「ラグラス旧工房跡にて、異常源を確認し、収束処置を実施しました。

未起動状態の旧魔器個体を五体、安全な形で確保済みです」


管理官は眉をひそめながら記録水晶に手をかける。


「旧工房……そこは完全封鎖扱いだったはずだ。まさか、まだ機能が?」


「一部、実験炉が残留魔素で稼働していました。自律装置も反応あり。

ですが、交戦には至らず、全体を“共鳴同期”の形で収束させました」


ミュアがわずかに目を見開き、管理官も沈思黙考の様子を見せる。


「……第五階層以降を見据えた者として、君はすでに“次の段階”に入っているようだな」

「第四試練、完了と認定する。記録は正式に保存し、街報にも反映させよう」


「ありがとうございます」


ナオが深く頭を下げた時、袋の中からほんの微かな“振動”が伝わった。

……魔器たちが、聞いていたのだ。




庁舎を出たとき、街の陽光が再び二人の肩を照らした。

外は穏やかで、都市のざわめきがどこか遠くに感じられるほどだった。


ミュアがそっと問いかける。


「ねえ……ナオ。これで、本当に“住民資格”を得たんだよね?」


「うん。これで正式に、住居権と街での行動資格が得られる。

あとは、次の試練と――新しい段階が待ってる」


ナオは袋の中にそっと語りかけるように微笑む。


「……一緒に来てくれて、ありがとう。

これからは“ここ”で、生きていく道を探そう」


袋の中から、ごく微かに魔力光がまたたいた。

それは応答、共鳴、そして“これからも”という誓いのようだった。


そしてナオは、仲間たちとともに次の一歩を踏み出した。


やっと試練④が終わりました。

5つの仲間達を得て......。魔器達は卵型に変形してますが、ダチョウの卵より小さい....かな。

残る試練は3つ。

ここでミュアは補助者の任を離れますが、ナオの仲間で友人であることには変わりません。

試練の後に、ナオは上を目指すのか、下に向かうのか......彼はどちらを選択するのでしょうか.....?

お読みいただきありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ