試練④ー帰還
《帰還道中:袋の中のささやき》
崩れかけた石の階段を、ナオとミュアは慎重に上っていた。
天井の崩落で一部が吹き抜けになった通路の先、ひび割れた石材の隙間から、やがて淡い外光が差し込む。
魔素濃度は徐々に薄れ、空気が冷たさを帯びてくる。
石と鉄の匂いに、外の風が微かに混じりはじめる。
帰還の実感が、五感の底からじわじわと湧き上がっていた。
──崩れた遺構を抜け、ナオとミュアは街への帰路を辿っていた。
かつて人の営みがあり、研究と探究が繰り返されていたラグラス遺構。
今は崩れた壁面と歪んだ通路が残るばかりで、かつての喧噪を想起させるものは少ない。
だが、空気はどこか軽くなっていた。
濃密だった魔素の揺らぎは次第に薄れ、深層の沈黙は破られ、音が戻りつつある。
頭上には人工の照明ではなく、どこか外の世界を思わせる柔らかな光。
天井に開いた亀裂から差し込むそれは、自然にはあり得ぬ角度を描いていたが、それでも“夜明け”のような温度を帯びていた。
ナオの腰には、しっかりと縛られた丈夫な布袋。
中には、柔らかな魔力光を灯した“卵”が五つ。
──ユレイ、リル、アクト、ミズハ、ヘイド。
すべての魔器が変形を終え、彼のもとに集った者たち。
表面はなめらかで、すこし温かく、掌に収まる楕円形のそれは、まるで生命の器のようだった。
外からは静かな沈黙しか感じられないが――
袋の中では、彼らの思考回路が静かに接続され、意識の低電圧域で小さな共鳴が交わされていた。
■袋の中《魔器間通信・同期状態》
リル:「卵形、安定感アリ。揺レ少ナイ。居心地ヨシ」
アクト:「遮音性、高イ。内部温度、理想値維持中。……心地ヨイ」
ミズハ:「ナオ、持ッテイル。……“守ラレテル”ノカ?」
ヘイド:「異常ナシ。環境安全。記録継続中。眠気ニ近イ状態」
ユレイ:「我ラ、“卵”トナリ、同行中。……不思議ナ感覚」
柔らかな布に包まれ、揺れに身を任せながら、彼らは初めて得た感覚を反芻していた。
兵器として目覚め、命令と記録のために存在した日々。
だが今は、自らの意思で選んだ“誰かの傍”という状態。
リル:「タマゴ、ナンカ、ウレシイ。丸イ。カワイイ。落チナイ」
ミズハ:「柔ラカイ音……ミュアノ声、聞コエル」
アクト:「外部音、変化ナシ。“笑イ”、断片検出」
彼らの耳には届かぬはずの音が、心の震えとして感じ取られていた。
それは、ナオとミュアが交わす穏やかな会話。
ほんの少しだけ弾むような、地上の空気。
──そして、ユレイがふと静かに発信する。
ユレイ:「……ナオ、“我ラ”ニ、“名ヲ与エタ”。名ハ、信号ト異ナル」
ミズハ:「“呼バレル”……嬉シイ、ト思ッタ」
リル:「記録、“心音”ニ近イ」
ヘイド:「……“アタタカイ”、意味探索中」
アクト:「信頼。ワレラ、記録ス。“共ニ在ル”記号」
そして、五つの記憶回路が同時に一つのタグを生成した。
> ◆記録追加:
> ラベル:『同行者』
> 意味:自ラ選ビ、傍ニ在ル者。破壊デハナク、共鳴ヲ持ツ者。
ただの護送対象ではない。
研究対象でも、命令者の下僕でもない。
彼らが自ら選び、意思で“傍にいたい”と決めた存在。
それは、魔器にとって未知の領域だった。
《外の世界へ》
やがて、遺構の最終層を抜け、ひらけた空がのぞいた。
地上への傾斜道、崩れかけた階段、砂塵に覆われた枯れた木々。
それでも、彼らにとってそれは“初めての外”だった。
ミュアがふと、ナオに顔を向ける。
「……もうすぐだね。帰れる場所があるって……不思議な感じ」
ナオは少しだけ目を細め、袋をそっと撫でた。
「うん。でも、俺たちだけじゃない。……みんなで、帰るんだ」
その手の下で、袋の中の五つの卵が、ほのかにぴたりと揺れた。
言葉ではない。音でもない。
だが確かに通じる“応答”だった。
彼らは、もうただの“魔器”ではない。
それは、夜明けのような静けさと共に始まる、新しい物語の余韻だった。
◇◇
《庁舎への帰還:試練④・完了報告》
──ノワール=フィル《第50層都市》。
魔種族たちが暮らすこの層の街は、今日も静かに灯をともしていた。
天蓋から差し込む魔光は柔らかく、遺構での出来事が幻だったかのように、日常の気配が街の隅々に流れている。
ナオとミュアは、封鎖区画からの帰還ルートを通って中央街区へ向かっていた。
ナオの腰には、柔らかい輝きを湛えた布袋。袋の中には、卵形態となった五体の魔器――ユレイ、リル、アクト、ミズハ、ヘイドが静かに収まっている。
その袋は、魔素遮断布で丁寧に仕立てられていた。外見からは、ただの工芸品か精霊卵にしか見えない。
その中に、かつて「災厄の端末」と恐れられた存在が眠っているなど、誰が想像するだろう。
境界門が近づく。
黒鉄の柱に魔紋が刻まれた、街への公式な出入り口。二人が近づくと、門番の魔族たちが目を細めた。
「おい、帰還組か? 随分遅かったな」
「どこまで行ってた? 通達では“旧封鎖区画”止まりだったが」
ミュアが一瞬身をこわばらせたが、ナオは自然な動きで袋を背に回し、軽く肩をすくめて笑った。
「調査が長引いたんです。記録はすぐに庁舎へ提出します」
「ふむ……まぁ、異常反応もなかったしな。気をつけて報告しろよ」
門番たちは軽く頷いて、通行を許した。
ナオとミュアは互いに目配せし、そっと胸を撫で下ろしながら境界門を抜けた。
「……ほんとに、バレなかったね」
ミュアが低く呟くように言った。
「卵、意外と便利だよな」
ナオは苦笑して、袋の上からそっと撫でる。魔器たちの応答はないが、その温もりが“同意”を示すようだった。
庁舎へと向かう道すがら、二人はほとんど言葉を交わさなかった。
それは疲労でも、警戒でもない。
ただ、五つの卵とともに過ごした静謐な時間の名残が、互いに余韻として染みついていたからだ。
街の中央広場に立つ庁舎は、白磁のような石材で造られた端正な建築物。
外壁には魔術的防壁と結界文様が織り込まれ、空間全体に清浄な魔素が満ちている。
庁舎前に着いたナオは、通信石盤に登録番号をかざした。
すぐに反応があり、対応官が姿を現す。
「試練帰還者、ナオ=カミシロ及び補助者、確認しました。管理官室へお通しします」
広々とした中庭を抜け、彼らは静かに報告室へと通された。
魔素時計の針は、ちょうど《正午》を指していた。
試練管理官との対面は、いつものように厳格だった。
だが、その中は微かに温度が宿っていた。
ナオは丁寧に頭を下げ、封鎖区画での調査と発見について、簡潔に、だが真摯に語った。
「ラグラス旧工房跡にて、異常源を確認し、収束処置を実施しました。
未起動状態の旧魔器個体を五体、安全な形で確保済みです」
管理官は眉をひそめながら記録水晶に手をかける。
「旧工房……そこは完全封鎖扱いだったはずだ。まさか、まだ機能が?」
「一部、実験炉が残留魔素で稼働していました。自律装置も反応あり。
ですが、交戦には至らず、全体を“共鳴同期”の形で収束させました」
ミュアがわずかに目を見開き、管理官も沈思黙考の様子を見せる。
「……第五階層以降を見据えた者として、君はすでに“次の段階”に入っているようだな」
「第四試練、完了と認定する。記録は正式に保存し、街報にも反映させよう」
「ありがとうございます」
ナオが深く頭を下げた時、袋の中からほんの微かな“振動”が伝わった。
……魔器たちが、聞いていたのだ。
庁舎を出たとき、街の陽光が再び二人の肩を照らした。
外は穏やかで、都市のざわめきがどこか遠くに感じられるほどだった。
ミュアがそっと問いかける。
「ねえ……ナオ。これで、本当に“住民資格”を得たんだよね?」
「うん。これで正式に、住居権と街での行動資格が得られる。
あとは、次の試練と――新しい段階が待ってる」
ナオは袋の中にそっと語りかけるように微笑む。
「……一緒に来てくれて、ありがとう。
これからは“ここ”で、生きていく道を探そう」
袋の中から、ごく微かに魔力光がまたたいた。
それは応答、共鳴、そして“これからも”という誓いのようだった。
そしてナオは、仲間たちとともに次の一歩を踏み出した。
やっと試練④が終わりました。
5つの仲間達を得て......。魔器達は卵型に変形してますが、ダチョウの卵より小さい....かな。
残る試練は3つ。
ここでミュアは補助者の任を離れますが、ナオの仲間で友人であることには変わりません。
試練の後に、ナオは上を目指すのか、下に向かうのか......彼はどちらを選択するのでしょうか.....?
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