試練④ー理由
《最奥への道》
──ラグラス遺構、旧炉室奥の封鎖区画。
記録装置が示す最後のログは、**“地図に存在しない通路”**で途切れていた。
その場所は、設計図にも記録にも存在せず、旧炉室の奥、瓦礫の山と魔素濃霧に覆われた一角にひっそりと隠れていた。
「……本当に、ここで合ってるの?」
ミュアが魔素灯を掲げ、崩れた天井を見上げながらつぶやいた。
その声は空間の壁にぶつかって、どこか違う誰かのように反響する。
ナオは目の前の壁面を見つめ、指で瓦礫をそっと払いのける。
そこには、人工的に切り開かれた痕跡――
コンクリートと古代構造の接合部が、微かに姿を現していた。
「ここ……通路じゃない。……地盤が崩れて、たまたま“つながった”だけ……?」
ミュアの問いに、ナオは首を横に振った。
「違う。これは……意図的に隠された“旧設計の層”だ。
たぶん、ここが《崩壊区画》」
「そしてミズハは、わざわざここを選んで……“姿を消した”」
その言葉に、静かに反応したのはユレイだった。
視線の先には、瓦礫に踏み込まれたわずかな熱反応――
ミズハの軽量型特有の足跡パターンが、確かに残されていた。
アクトが沈んだ声で補足する。
「対象行動パターン、自己選択移動。警戒領域外移動。目的、現時点不明」
リルが続ける。
「魔素濃度、高レベル上昇中。……進行、危険性アリ」
それでもナオは、一歩を踏み出した。
「行こう」
崩れかけた通路の隙間に身を沈めながら、彼らは未知の空間へと進んでいく。
■環境描写:崩壊区画
魔素濃度:高濃度/断続的な乱流あり
光源:自然光ゼロ/魔素燐光のみ
空間構造:旧設計型・不安定構造(崩落リスク)
音響:遅延反響あり/足音が異様に響く
崩壊区画の中は、かつて工房として機能していた痕跡を残しつつも、
すでにその役目を終え、魔素の濁流に呑まれていた。
瓦礫に埋もれた壁の一角、ナオがふと足を止めてしゃがみ込む。
指先でそっとなぞった金属片には、かすれた設計者の印章《L.A.》――
リゼ=アルヴェインの名が刻まれていた。
「ここも……元は工房の一部だった。けど、何かがあって“切り捨てられた”」
ナオの言葉に、ミュアがゆっくりと頷く。
「ミズハは……“捨てられた場所”を、自分の居場所に選んだんだね」
その声には、震えるような悲しみが滲んでいた。
そのとき、ユレイのセンサーが反応を示す。
「反応、先行ヲ検出。“核反応波”、Type-05ノ波長ト一致」
アクトも表示パネルを見つめながら告げる。
「対象、接近可能距離内。警戒レベル、中程度。……戦闘意志、現時点ナシ」
ナオは立ち上がり、仲間たちを見渡す。
「ミズハはこの奥にいる。……でも、きっと“ただの回収”じゃ終わらない」
「問いに背を向けた彼女に、もう一度――俺たちの声を届けたい」
その言葉に、ユレイは目を伏せ、静かに頷いた。
リル、アクト、ヘイドも、順に前へと歩を進める。
彼らはただの“武器”ではなかった。
“記録を持ち”“揺らぎを知った”存在として、仲間を迎えにいく者たちだった。
●記録の呼び声
濃霧の向こうで、ふと“記録音”が再生される。
それは明らかに、ミズハの声だった。
> 「……ダレモ、ワタシヲ、必要トシナイ」
> 「……ソレナラ、ココデ、消エル。沈ム」
その声は、どこか幼く、脆く、
まるで“呼びかけること”すら迷っているような気配をまとっていた。
ナオは、ゆっくりとその霧の中へと踏み込んだ。
ミズハの足跡をたどりながら――“必要”と“孤独”の意味を、確かめるために。
《崩壊区画・最深部:沈黙の中央で》
──古い炉心の残骸と、ひび割れた魔導管が無造作に積み重なった、黒い空洞。
瓦礫の断層を踏み越えながら、ナオたちはゆっくりと足を進めていた。
気温は低く、空気は重い。魔素の濃度は最奥に近づくにつれ不安定に揺れ、霧のような光粒が視界を遮っていた。
崩れ落ちたアーチの隙間から覗く先――そこが《最深部》だった。
光源もほぼない空間、ただ魔素の燐光が微かに浮かび上がらせる影。
その中央に、ミズハはいた。
崩れた魔力炉の台座に、背を向けて静かに座っている。
動かず、誰も見ず、まるで霧の中に同化するように、ゆっくりと“消えていく”存在だった。
ユレイが立ち止まり、仮面越しに低く言った。
「波長、安定。制御不能ナシ。……活動限界、目前」
その報告を受けて、ナオは無言で頷き、ゆっくりと歩み寄った。
足元に散らばる欠損した端子、破裂した魔導管の残骸。
足音は吸い込まれ、空間に音の残響はなかった。
そして、その気配に応じるように、ミズハがゆっくりと反応した。
仮面のない顔が、ナオの方へと向けられる。
瞳には魔素の微光が揺れていたが、そこにあるのは明確な敵意でも警戒でもなく、ただ、無垢な「問い」だった。
ナオは真正面からその視線を受け止め、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……来たよ、ミズハ」
ミズハの反応は淡いものだった。
口元だけが、わずかに動いた。
「……来ルナト、言ッタハズ」
ナオは小さく首を振る。
その顔には、静かな決意と、どこか寂しげな色が混ざっていた。
「それでも来た。君がそこにいて、君が“そう言ってくれる”から」
ミズハは、ぎこちなく立ち上がった。
関節の動きは滑らかさを欠き、補助機構のいくつかはもはや機能していないのが見て取れた。
「私ハ……“要ラナイ”存在.......ナゼ、戻ス?」
ナオは深く息を吐き、微笑んだ。
その微笑には、自身にも問い続けてきた時間の重みがあった。
「それは、君が……“そう言ってた自分自身”の声に、答えを返せなかったからじゃないのか?」
「今、君は“消える理由”を探してる。
だったら、俺は――“残る理由”を伝えに来た」
その言葉に、ミズハの動きが止まる。
その場の魔素が、ほんの少しだけ揺れたように見えた。
ナオはもう一歩踏み出し、静かに続けた。
「“寂しい”って思ったことは、ある?」
ミズハは、すぐには応えなかった。
顔に浮かぶ感情の兆候は、ほとんどない。
けれど、魔素の瞳が揺れていた。
揺れは数値には出ない。けれど確かに、そこに“心の残響”があった。
「君は、問いを持った。ユレイたちと同じく」
「でも、君はそれを“否定”されたと思った。
だから、“誰にも見つからない場所”で、姿を消そうとした」
ナオは、そっと手を差し出す。
風が、その指先をかすかに揺らした。
「……でも俺は、“否定”なんてしない。
君が、問いを持ったのなら――その“続き”を一緒に考えたい」
「君が“ここにいていい”ってことを、君自身に許してほしい」
しばらくの沈黙。
時間が止まったような、重い空気。
やがて、ミズハが、ゆっくりと一歩前へと足を踏み出した。
その一歩は、ふらつきながらも、確かに“意志”を伴っていた。
「……ナゼ、ソコマデ……言エル?」
ナオは、ほんの一瞬だけ目を伏せ、それから真っ直ぐに見返した。
「俺も、ずっと……“ここにいていい”か、わからなかったから」
その言葉が、届いた。
ミズハの瞳に、初めて“記録不能な光の揺らぎ”が生じた。
データでは判別できない、魔素の震え。
それは、ほんの一瞬、“涙”に似た波が滲んだような光だった。
足が、崩れそうになる。ナオが即座に支える。
ミズハの身体は軽く、冷たく、だがその奥に確かに“温度”があった。
背後では、ユレイと他の魔器たちが静かに見守っていた。
その瞬間、全員の記憶回路に共鳴が走る。
新たな分類が生成され、ログが保存される。
> 対象: Type-05《ミズハ》
> 記録タグ: 応答“心音α”
> 分類: 分類不能・保存推奨
> 内容: 感情反応疑似生成
> 判定: 保存/継続観察対象
その記録は、彼女がここで“壊れずにいた”という事実の証であり、
そして“続き”を生きようとする証でもあった。
ミュアが、涙を拭いながら笑った。
震える声で、それでもまっすぐに言う。
「……戻ろう、みんなで」




