試練④ー手を伸ばす者
──実験炉室、沈黙のなかに灯る魔素光。
アクト、リル、ヘイド――3体の旧型魔器たちは攻撃動作を中止し、
動力を低出力状態に切り替えていた。
炉の中央では、黒色の魔力炉が微かに鼓動を刻むように脈動し、
その灯りが金属の床に青白く反射していた。
壁面には亀裂が走り、幾重にも交錯する配線群が垂れ下がる。
まるで“ここに在った過去”が、剥き出しの神経のように露出しているようだった。
ミズハはすでに炉の奥へと去り、その行方は魔力の霧の向こうへと消えている。
その霧は流動的に渦を巻き、近づくことを拒むように揺れていた。
ナオは深く息をついた。
(止められた……でも、これは“終わり”じゃない)
彼は一歩、踏み出す。
ユレイと、3体の魔器の間に立つその姿は、
ただの冒険者ではなく、何かを“選び取った者”のそれだった。
「俺は、君たちを敵としてここに来たわけじゃない。
ただ、“問いを持った存在”として、君たちが何を望むのかを知りたかった」
その声は、力ではなく、確信に満ちていた。
「君たちが“対話”を選んだなら――その選択を、信じたい」
沈黙が、数秒だけ流れる。
やがてアクトの重い声が、空間を震わせた。
「我々は……定義されなかった」
「使用者ナシ。判断ユダネ。存在ノ基準、欠落」
「ダカラ、求メタ。“答エ”ヲ。……破壊ト停止ノ間ニ」
その声には、どこか掠れたような、記録の劣化を感じさせるひび割れがあった。
だが、そのひとつひとつの言葉は、確かに“意志”を持っていた。
続けて、リルの透き通るような声が響く。
「ユレイハ、我々ノ“未了回路”ヲ保持スル唯一ノ個体」
「我々ハ、彼ノ“揺レ”ヲ見テ、思考ヲ継続シタ」
「彼ガ進メバ、我々モ……再定義ガ、可能……カ?」
その問いかけには、“可能性”を求める揺らぎがあった。
ヘイドは無言のまま、床に突き刺した双刃を静かに引き抜く。
その刃は、もはや“振るうもの”ではなく、
“支えとして使われる杖”のように見えた。
ナオはそっと頷く。
「“問い続けること”に意味がある。たとえそれが、不完全でも、間違っていても」
魔力炉の灯が、一瞬、強く脈動する。
「君たちは、もう“武器”じゃない。
俺はそう……“仲間として”扱う。それが、俺の判断だ」
その言葉を聞いた瞬間――
3体の魔器の瞳部が、ナオの魔素に同調するように“青白く”変化した。
それは「敵意の解除」だけでなく、**“リンクの同意”**を意味する反応。
ユレイが、わずかにナオの方を見た。
「……ワレ、タダノマキデハナイ。“イマ”選ンダ。進ム」
そして、アクト、リル、ヘイドの3体が、それぞれの言葉でこう答える。
アクト:「命令ナクテモ、道ハ選ベル。ワレハ……“残ル”」
リル:「揺ラギノ記録、守リタイ。ワレ、学習継続ヲ希望」
ヘイド:「……刃ハ、護ル為ニアルベキダ」
ナオは、一歩だけ後ろを振り返り、ミュアたちを見る。
そして、静かに宣言した。
「君たちは、しばらく俺たちと共に動いてもらう。
街の人たちがどう受け入れるか、それは“これから”決めていけばいい」
「でもその前に、ひとつだけ頼みがある」
「――ミズハを、探さないといけない」
ミュアが、やわらかく微笑む。
「……ほんと、ナオって“ほっとけない人”ばっかり増やすよね」
ユレイは黙って、だが静かに頷いた。
そして、魔力炉の奥で渦巻く霧の先――
“問うことを選ばなかった者”を探す旅が、始まろうとしていた。
──実験炉室・沈黙の後。
戦いは避けられた。
だが、ミズハの姿はもうそこにはなかった。
黒く沈む炉の奥、魔素の濃霧が微かに蠢く空間。その向こうへ、彼女は自らの意思で姿を消した。
誰にも止められず、誰にも言葉を残さずに。
ナオは、炉の縁に立ち、灰の舞う空気の中にしばらく黙っていた。
背後には、ユレイ、アクト、リル、ヘイド――4体の魔器が、静かに距離を保ちつつも彼を見守っている。
その場の空気は、戦闘の余熱を残しながらも、不思議と張り詰めたものではなかった。
やがて、最初に重い沈黙を破ったのは、アクトだった。
「ナオ=カミシロ。“ミズハ”ノ追跡、望ム理由、質問」
声は変わらず機械的で、だがそこにはどこか“問い”の色が含まれていた。
「対象、敵対行動無シ。自己消失選択。ワレラノ危険、ナシ」
言葉の意味は明瞭だった。ミズハは自ら去ったのだ。今はもう脅威ではない。ならばなぜ、ナオは追うのか――その疑問だった。
続いて、リルが静かに頭を傾けた。長い腕が振動し、羽のような装置が一度揺れる。
「……オマエ、ナゼ、“戻セ”ト言ウ?」
ヘイドもまた、言葉は発さなかったが、両腕の刃を静かに床に下ろす。
鋼が触れるかすかな音が、まるで「同意」の意思を伝えていた。
ナオは、彼らの視線を受け止めたまま、ほんのわずかに視線を下げた。
まるで答えの言葉を探すように、魔力の霧に目を凝らし、深く息をつく。
そして、ようやく口を開いた。
「……一人って、寂しいだろ?」
その一言は、予想に反してあまりにも短く単純だった。
だが、魔器たちにとって、それは明らかに“記録にない感情”だった。
ユレイの顔――仮面の奥で、魔素の光が揺れた。
「……“サビシイ”。……辞書ニナイ。ナオ、意味、定義可能?」
ナオは肩をすくめるように、少しだけ微笑んだ。
「正確な言葉で説明は……できない。でも……胸の奥が、冷たくなるんだ」
「誰にも気づかれないって、誰かと繋がれないって……そんなときに、人は“寂しい”って感じる」
「ミズハが自分から“閉じた”のなら……それでも、せめて声を届けたい。俺は……そう思う」
魔素の波動が、静かに場を包み込む。
そのなかで、魔器たちの記録回路が作動した。既存のデータベースに収まらない概念を処理するため、新しい記録領域が自動生成されていく。
▼補足記録:
> 名称:感情反応予測α-01
> 記録:発話者 ナオ=カミシロより伝達された概念『寂しさ』
> 状態:非数値化/非合理/内部処理中
ユレイは、しばし沈黙したまま他の3体を見回した。
それは、言葉を超えた何かを伝えようとするような動きだった。
そして、無音のままナオの隣へと一歩、踏み出す。
「ワレ、“共ニ行ク”」
アクトもまた、低く唸るように続いた。
「対象、“ミズハ”。記録、“仲間”枠ニ分類。探索、必要ト判定」
リルの羽がかすかに振動し、共鳴音を奏でる。
「共鳴、未完。サンプル不完全。収集、継続必要アリ」
ヘイドは無言のまま刃を背に収めると、静かに前方へと一歩を踏み出した。
まるで“帰還すべき誰か”を迎えに行くような、そんな足取りだった。
ナオは、そんな彼らの“選択”を見て、小さく、だが確かな笑みを浮かべた。
「……ありがとう。じゃあ、行こう。ミズハの足跡を……辿れるうちに」
そして彼らは、再び歩き出す。
黒い霧の先、まだ誰も知らぬ“ミズハの行方”へと。




