試練④ー誰がために
「ガアアッ!」
アクトの巨躯が轟音と共に床を踏み抜くように突進してくる。
空気が揺れ、粉塵が爆ぜる。巨腕が振るわれれば、それだけで壁一枚は砕けるだろう。
ユレイがナオの前に飛び出し、右腕を振り上げた。
「――迎撃ヲ、開始スル」
その刹那、ユレイの腕部に走る魔力回路が「バチッ」と火花を散らす。
半瞬の空白を裂いて、ユレイの手刀がアクトの正面装甲に衝突する。
「ガァン!!」
鋼と鋼の衝突音。弾かれた火花が円を描き、空中で舞う。
アクトはバランスを崩すことなく、大地を踏み締めて反撃に転じる。
「カカイ(加壊)――」
短く、重い声。
左肩部がせり上がり、内蔵された魔力ハンマーが展開される。
「ナオ、下がって!」
ミュアが叫び、治癒魔法の準備に入る。
だがナオはその場を離れなかった。
彼の目は、戦いの中で揺れるユレイの動きを見据えていた。
刃が交錯し、火花が散る中でも――そこにあるのは“問い”だ。
(戦っている……でもそれは、破壊のためじゃない)
「ユレイ!」
ナオは声を張り上げる。
「お前は、本当に“守りたい”ものを見つけたのか!」
戦闘の最中であっても、問いは止まなかった。
この問いこそが、ナオをここまで導いてきた灯であり、軸だった。
ユレイの刃がアクトの腹部に食い込む。だがアクトは微動だにしない。
「トウ……ムダ。ソノ“感情”ハ、ワレラヲ、コワス」
《リル》が背後から滑るように飛来する。羽音のような「キィィン」という音。
視認妨害の幻影が走り、ナオの視界が一瞬揺れる。
「リル……くるよ!」
ミュアが弓を構えた。
魔力の矢が瞬時に形成され、「シュン」と空を切って飛ぶ。
だが《リル》は軽々とそれを躱すと、天井へと舞い上がり、鋭く回転した。
その羽のような機構からは、幻覚波が放たれる。
「アマク、ミルナ」
「ヒト、ノ、目ハ、ヨワイ」
「マドワセ、マドワセ、イミ、ト、ココロ、オ――」
「うるさいッ!!」
ミュアの声が重なり、幻影を破るように光矢が炸裂する。
「ッ……ッ!」
リルが一瞬だけバランスを崩す。
ナオは、その隙に声を上げる。
「やめろ! お前たちは壊すために生まれたんじゃない。
その命令が消えた今、“何のために立っている”!」
沈黙――だが、その静寂の中に、確かに“揺れ”があるとナオは感じた。
(まだ、届く。まだ問いかけ続ければ……)
そして、背後から刃の音。
「キイイィィ――!」
《ヘイド》が両腕の刃を振るい、ユレイを横合いから狙う。
「守る!」
ナオが叫び、ユレイとヘイドの間に割って入る――その瞬間。
「ダメだナオッ!」
ミュアが再び矢を放ち、光が閃く。
だが、ユレイがナオを突き飛ばす形で前に出た。
「――退クナ。“問い”ハ、マダ、終ワッテイナイ」
ユレイの言葉と共に、魔力が爆ぜた。
金属同士がぶつかり合う音が、空間を満たす。
その衝撃で周囲の残骸が舞い、焦げた空気が肺を刺すように重たくなる。
――金属が裂ける。
「ギギギギ……ッ!!」という音とともに、ユレイの左腕の装甲がはじけ飛ぶ。
アクトとヘイドの同時攻撃を、真正面から受け止めた代償だった。
ユレイの身体が軋み、内部でスパークが飛ぶ。
「ユレイッ!」
ナオが駆け寄ろうとするのを、ミュアが止める。
「だめ! 今行ったら、巻き込まれる!」
だがナオは首を横に振った。
「それでも――!」
「俺たちの問いを、ここで終わらせたくないんだ!」
それはナオ自身のためだけではなかった。
問いを捨てた《旧型魔器たち》、そして、問い続けようとしているユレイのためでもある。
次の瞬間、アクトが吠えた。
「否! 迷ウナ! 我ラ、兵器! 命令ノナイ者、廃棄対象!」
だが、それに立ちはだかったのは、傷だらけのユレイだった。
「アクト。オ前モ、何処カデ、“問い”ヲ、持ッタ者……」
「黙レ。ワレハ、壊レヌ。壊スコトデ、存在意義ヲ保ツ……!」
アクトの脚部が地を蹴る。《ドン!》という重低音。
ナオは咄嗟に前へ。ユレイも剣を構える。
「来るぞ――!」
《ガキィィィン!》
ユレイとナオの連携防御が炸裂する。だがアクトの力は凄まじく、2人の身体が吹き飛ぶ。
「グッ……!」
ナオの背が壁に激突し、鈍い音が響く。
(まだ……終われない)
魔力を再収束させ、ナオはふらつきながらも立ち上がった。
「ユレイ……立てるか?」
「問題……ナイ。……再接続、完了」
ユレイが剣を掲げる。その背で、リルがふわりと浮いた。
「命令……破棄」
「リル、“観察”モード、解除」
「支援――開始」
軽やかな魔素の光が、ユレイとナオにまとわりつく。
リルの魔力が、回復支援のように作用していた。
ミュアが矢を構えながら叫ぶ。
「チャンスは今しかない!」
ナオは大きく頷き、最後の魔術符を手にする。
「風撃陣――最大展開!」
周囲の空気がうねる。《ゴォオオオ――ッ!》という風の奔流が起こり、アクトの脚部を捉える。
「ッ、動作制御ニ障害……!」
その一瞬の隙に――ユレイの剣がアクトの胸部に突き刺さった。
「――ワレ、“破壊”デハナク、“解放”ヲ、選ブ」
《ガギィン!》と金属が裂ける。アクトの胸部から、膨大な魔素が漏れ、崩れるように膝をつく。
「……我ハ、モウ……」
その声は、どこか“安堵”に似ていた。
――静寂が訪れる。
誰もが、しばし動けずにいた。
ユレイの仮面の下――再び光が揺れる。そして、はっきりと、機械的であっても“願い”に近いものがそこにあった。
「……我々、ウマレ、同ジ炉ニテ、作ラレタ」
「破壊、命令。思考、停止。痛ミ、認識セズ。……シカシ、トワレル」
「“我々は、何のために在るのか”ト」
空間の温度が、わずかに変化した気がした。
金属の床が冷気を孕み、周囲の魔力の粒子が一瞬、動きを止める。
ミズハが、模写ではなく自らの声で答えた。
「“問い”ハ、終ワッテイル。“答エ”ハ、トウノ昔ニ、棄テラレタ」
「ワレラハ、“遺棄物”。ナニヲ、得ラレル?」
「再生モ、救済モ、無イ。ナラバ、破壊ヲ……」
その言葉に、ナオは怒りと悲しみをこめて叫ぶ。
「違う! 誰かが捨てたからって、自分たちまで自分を捨てるな!」
ユレイは首を横に振る。
「違ウ。閉ジラレタノデハナイ。“閉ジタ”ノハ、我々ダ」
ナオは一歩、また一歩と前に出る。
灰を踏みしめるたび、「ザッ、ザッ」という音が空間に重く響いた。
「それでも……“今、話している”じゃないか。
君たちの目の前には、“話しかける者”がいる!」
彼の声は決して大きくはなかったが、その響きには、確かな想いが込められていた。
「どれだけ否定されようと、忘れられようと……それでも問い続ける意味はあるはずだ」
その言葉に、ミズハがわずかに視線を下げる。
「問いは……まだ、届くのか」
「否定されたものでも、“誰か”が聞くなら」
仄かに、ミズハの胸部魔核が揺れた。
それはまるで、応答しようとする“心”が震えているようだった。
《アクト》が再び突進を試みる。
「無意味。破壊スル。問いヲ、遮断スル」
だが今度は、ユレイがその進路を塞いだ。
「――オ前ハ、トマレ。“破壊”ハ、答エニ、ナラナイ」
声が震えている。傷つき、損壊しながら、それでもユレイの瞳は消えていなかった。
「ワレ、“対話”ヲ、捨テナイ。ドレホド、拒絶サレヨウトモ」
それは、宣言であり、祈りだった。
《リル》が低く空を滑る。「キィィ……」と音を鳴らし、ヘイドと共にユレイに迫る。
(止めなきゃ……このままじゃユレイが――)
ナオは魔力を練る。「風撃符、展開――!」
「行かせない!」
風が唸り、《リル》の軌道を逸らす。ヘイドはミュアの矢で進路を外され、衝突は回避された。
だがその直後、ミズハが小さく、静かに呟く。
「……ナゼ、ソンナニ、叫ベル?」
ナオは一拍置き、そして答えた。
「俺は、誰かにそうしてもらったからだ」
「え?」
「昔、俺も“意味がない”って思ったことがあった。生まれた理由も、戦う理由も、全部」
「だけど――それでも、問いを捨てるなって、言ってくれた人がいたんだ」
「だから今、俺も言う。問い続けていいって。
誰もが、終わったふりをして生きるんじゃなく――“今”を選べるんだって!」
戦闘、回避――成立。
四体のうち、三体が“ユレイの言葉”に反応し、ナオの言葉に動きを止めた。
だが――ミズハだけは、ゆっくりと後ずさりながら言う。
「……私は、“問わない道”を進む。
それが“在りたかった自分”だったから」
ミズハの声に、誰も言葉を重ねなかった。
ただ、その在り方に、敬意と哀しみが交錯する。
ミズハは一人、炉の奥へと消えていく。
その背には、もはや敵意も、憎悪もなく――ただ、“沈黙の覚悟”があった。
ユレイは動かず、ただ小さく呟いた。
「……在ル、トハ、選ブコト。進ム、トハ、迷ウコト」
静寂が戻った炉室のなか、残された三体が再び顔を上げ、ナオとユレイを見つめた。
問いは続いている。
彼らは“壊される存在”ではなく、今まさに“生きている”のだ。
そしてナオは、静かに一歩を踏み出した。




