試練④・設計区画へ
《試練④・設計区画へ:敵を知る者》
──搬入口奥、錆びた壁に張り付いた鉄板のようなもの。
そこに、かすかに光る魔素痕で描かれた工房全体の簡易地図があった。
歪んだ文様の帯と、それを囲むように刻まれた古代魔語。ナオが手袋を外して触れると、魔力に反応して一部がぼんやりと浮かび上がった。
◆ラグラス工房構造図(簡易)
第1区画:搬入口(現在地)
第2区画:設計室(試作・構造図面保管)
第3区画:実験炉室(魔力炉・魔器起動試験場)
第4区画:保管庫(封印済み魔器の収容区画)
第5区画:主任居室(閉鎖された記録室)
「……さて、どこから行くかだな」
ナオがぼそりと呟くと、隣でミュアが地図を覗き込む。
「どこから行くの?」
ナオは少し考えた後、設計室を指差した。
「まずは、設計室だ。どんな魔器が造られてたのか、知っておきたい」
「……敵を知り、己を知れば百戦危うからず、ってな」
その言葉に、ミュアは少し驚いたように顔を向けた。
「それ……この世界の言葉じゃないよね?」
「……ああ、向こうで教えられた。誰にって……親、かな」
ナオの視線が、地図の奥――工房の心臓部へ向いた。
(この試練を通じて、俺は自分がなぜここに来たのか、知ることになる気がする)
(たぶんそれは、“戦うため”だけじゃない。何かを“見極めるため”だ)
だからこそ、相手がどう造られ、何を目的に存在したのかを、まず知らなければならなかった。
◆設計室前
歪んだ通路を抜け、厚い二重扉の前に立つ。
《設計区画》と刻まれた錆びた銘板が、半ば崩れて読み取れない。
ナオが鍵を解除し、慎重に扉を開く。
《第2区画:設計室》
部屋の内部は、魔力制御に使われた青磁の板材が床を覆い、
中央には破損した図面保管棚、周囲には大型の設計投影盤が設置されていた。
天井からは崩落した梁が斜めに突き出し、そこに絡むように焼け焦げた設計図の切れ端がひらついている。
魔素はほとんど安定していたが、所々に**黒ずんだ“焼き痕”**があり、室内には微かに焦げたような匂いが残っていた。
「……ここで、造ってたんだね」
ミュアが棚のひとつを覗きこみ、焦げついた金属製のパーツを手に取る。
「これ、脚部装甲? ……でも、なにこれ、内側に“神経接続”みたいな……」
ナオは奥の設計投影盤に手をかざし、魔力を注ぐ。
すると、薄い魔素光で未完成の設計図が浮かび上がった。
◆浮かび上がった設計図(抜粋)
名称:対複合魔族迎撃型魔器《ゼラト=クライン(仮)》
性能:
・“使用者”なしで魔力を自動吸収・変換
・学習機能による行動最適化
・自律判断による“対象認識”能力あり
投影盤に映る線は精緻で、かつ異常に複雑だった。
多重構造で構築された魔力演算機関と、疑似神経線。外装よりも“中身”に重点が置かれている。
「……これ、兵器っていうより、“意思”を植えようとしてる」
ナオは設計図を見つめながら呟いた。
「意思を持たないものを、戦わせる。感情を与えず、判断させる……」
ミュアが背筋を凍らせたように言う。
「それ、まるで……“人形を人にしようとしてる”みたい」
ナオは少し黙ってから、口を開いた。
「……でも、“人”じゃないから命令に逆らわない。
“人”じゃないから、壊れても悔やまなくて済む」
「その結果が、これか」
焼き痕の周囲には、かすかな“引きずり跡”が残っていた。
何かが、自らの意志で“奥へ進んだ”かのように。
ふたりは無言で目を合わせた。
この工房で生まれたものが、今なお動いているとすれば——
それは、完全に“止められた”わけではない。
設計室から続く通路を進むナオとミュア。
やがて二手に分かれる分岐路が現れた。
一方は《第3区画:実験炉室》。
もう一方は、《第4区画:保管庫》――魔器の封印区画。
ミュアが立ち止まり、戸惑った表情で尋ねる。
「……ナオ、実験炉には行かないの? 今、設計図で名前が出てたのって、
たぶん“起動試験”されたやつでしょ? だったら――」
ナオは振り返り、小さく頷いた。
「そうだな。でも、もしあれが“まだ動いている”としたら――」
「ここに残されてる魔器が、それに“呼応”する可能性がある。
どれだけ残っていて、どういう性質のものか。まず、それを把握したい」
ナオは保管庫側を見据え、静かに言った。
「……いずれ戦うことになるかもしれない。
そのとき“敵”を知っていなかったら、無意味に壊すことになる」
「俺は、造られた理由を知ってから選びたい。敵か、そうでないかを」
その言葉に、ミュアは少しだけ目を見開き――
やがて、肩の力を抜いた。
「……うん。ついていく」
《第4区画:魔器保管庫》
厚い封印扉は、設計室の魔力信号で解錠された。
開かれた空間には、凍りつくような静けさが支配していた。
長方形の広い部屋。床は滑らかな黒石。
天井からは魔力抑制の結晶体が静かに光を落とし、無機質な冷たさを漂わせる。
壁際には**6基の“魔器保存カプセル”**が並んでいた。
そのうち4基は内部が空、残る2基は冷却状態で稼働中だった。
室内の空気はわずかに震えていた。
それは“音”ではなく、“気配”だった。
「……4つ、失われてる?」
ミュアが不安そうに目を走らせる。
「でも、残ってるのも……“眠ってる”って感じじゃない。
なんか、見られてる気がする」
ナオがゆっくりと近づく。
カプセルのひとつの中――そこには**“人型”の魔器**が静かに横たわっていた。
だが、完全な人の形ではない。
腕は細く伸び、指先は刃のよう。顔は仮面で覆われ、瞳は“彫られていない”。
胴体の一部には、薄く“名を持たぬ刻印”が刻まれ、封印魔力の痕跡が複雑に絡んでいた。
銘板には、こう刻まれていた。
魔器番号:Type-06《ユレイ》
指令構造:追尾・処理特化型/自己判断未確立
状態:冷却停止中/魔力封鎖中
備考:対象の“気配”に共鳴反応あり/未調整
「……これは」
ナオは目を細めた。
魔素が、ごく微かに、自分の体内魔力に反応して揺れていた。
その瞬間――カプセルの中の“仮面の魔器”が、ほんの僅かに首を動かした。
ミュアが息を呑む。
「動いた……!」
だが、起動はしなかった。
ナオは冷却魔力の封鎖状況を確認し、補強魔符をその場に貼る。
「“完全停止”してるわけじゃない。……起動信号があれば、目を覚ます。そしてそれは、他の“失われた4体”にも言える」
ミュアが不安そうに尋ねる。
「……じゃあ、もし、動いたら?」
ナオは静かに答えた。
「戦うよ。けど、“理由”を聞いた上で、だ」
(敵になるなら……俺はそれを“選ぶ”)
その瞳に宿ったのは、恐れではなく、選び取る者の意志だ。
この試練が、自分自身を知る旅であるなら――
何を敵と見なすか、その判断こそが“己”を示すのだと、ナオは理解していた。




