#1
駅前のコンビニで、おにぎりを一つ買った。
ここのおにぎりが好きだと言っていたから。
私には、やたら明太子を勧めてきていた。
駅を過ぎ、歩いて路地裏の駄菓子屋へ入った。
ここの小さくてやたら甘ったるい飴を気に入っていた。
一口貰ったが、甘さの後の刺激が妙に不快だった。
小さな紙袋に、おにぎり一つと飴玉一つ、君の好きそうな蛙の人形、それと好きだと言っていた小さい瓶。
微笑みながら好きだと見せてきた瓶。
中には、澄んだ香りがする香水を入れた。
水仙の香りが好きだと言っていたから、きっと気に入るだろう。
白い手袋を扉に近づけると、ノックするよりも先に扉が開いた。
ああ、こんな時にも笑顔で出迎えてくれる君が好きだ。
でも残念ながら、もう一緒には遊べないんだ。
紙袋だけ手渡し、感想はメールで、とだけ言い残してその場を去った。
家に帰りつく前には、既に大量のメールが来ていた。
「この人形、すっごく可愛い!」「スノードロップ、だっけ?聞いてた以上にいい香りだね!最高!」
はは、やっぱり君は可愛いな。私には相応しくない。
その日、「香水、使ってみるね!」とだけ一言、メールを送ってきたっきり、彼女は連絡を寄越さなくなった。
彼女のことだ、きっとまた何かしくじったのだろうと、仕方なく彼女の家に向かうことにした。
黒ずんだ左手の皮膚はまだじくじくと疼いていた。
家は静まり返り、彼女の気配はどこにもなかった。
玄関の靴は散乱していたが、彼女がいつも履く靴だけはなかった。
彼女の好きな小瓶は割れたまま、床に香水が滲んでいた。
乱雑に裂かれた蛙の人形は、中の綿が飛び散っていた。
周囲には、粉々に破壊された小さなカメラが転がっていた。私の努力は、どうやら水の泡になったようだ。
…だとしても、もう手遅れなのに。まだ、そこにいるんだ?