パーティから追放されたけど、愛されて幸せです!
7年ぶりに小説を書きました…リハビリです。
初めての異世界モノです。
「リア、お前をパーティから追放する」
アレクの固く冷たい声が響く。
先ほどの戦闘によるダメージで、もはや立ち上がれない私を見下ろす、オレンジの輝き。太陽の瞳。こんな時なのに、なんて綺麗なんだろうと思わず見惚れてしまった。
「もう我慢も限界なんだ。お前だって、わかるだろ?」
いつかこんな日が来るだろうことは覚悟していた。
なんの力もない私は、それでも精一杯パーティのサポートをしてきたつもりだったけど。もはや私がパーティのお荷物と化してしまっていることには、自覚があった。──だけど、一人になる覚悟が持てなくて。ずるずるとここまで来てしまった。
気力を振り絞って、体を起こそうとして、ズキンと足が痛んだ。多分、折れてる。
さっきも、レッドボアからの攻撃を受けて動けなくなってしまった私を助けてくれたのは、アレクだった。迫るレッドボアに竦むしかなかった私の前に颯爽と立ちはだかり、あっという間に討伐してしまった。
パーティレベルが上がり、討伐の対象がどんどん強くなってきて、近頃はこんなことばかりだったから、──いつかこんな日が来るだろうことは覚悟していたんだ。
「……だ、だけど、……」
何も言い返せないことが情けなかった。
アレクは、優しい。だからここまでずっと言い出せなかったんだろう。私がお荷物だって。もはや私と視線を合わせず、アレクの視線は他のパーティメンバーに移る。
「皆だって賛同してくれるだろう」
「あー……」
剣士のルーイが気まずそうに頬をかく。
「確かに、リアはもう俺たちのパーティでやってくのはなぁ」
「リアさん最近、怪我続きですしね……」
魔術師のエリスが憐れむように、小さな声で呟いた。
「そんなわけだから、……リア、ごめんな」
「ごめんなさい、リアさん」
ルーイとエリスの視線が痛い。
だけど、アレクからの視線が一番痛かった。その太陽の瞳はあの頃と何にも変わらないのに。
──どうしてこんなことになってしまったんだろう。ぼんやりとした頭に浮かぶのは、あの日、遠い昔のあの日のこと。
アレクと私は、同じ村の出身だ。
素朴な、貧しい、──小さな閉じた世界。
私たちはその村で、お互いを唯一の幼馴染として育った。若者はどんどん都会へ出てしまい、そこで家庭を持って帰ってこない。そうして残された、年寄りたちの村だった。
洗濯が私たち子供の仕事だったので、私たちは村唯一の井戸の横で過ごすことが多かった。重い井戸から水を汲んでくむのは重労働で、私とアレク、二人の力を合わせてやっとだった。
「俺は成人したらこの村を出るよ」
それはアレクの口癖だった。
アレクのお母さんはとても美人で、だけど都会で悪い男に騙されて、アレクを身ごもったらしい。一人で育てられないアレクを村において、また都会に消えてしまった。
「……お母さんのところに行くの?」
「ばぁか、そんなわけねぇだろ。冒険者になって旅をするんだ!」
冒険者。そのころの私には、途方もないような夢に感じた。何もないこの小さな村で、ささやかな畑を耕しながら、いつかシワシワになって干からびて死んでいく、それが未来だと思っていた。
「で、リアはどうすんの」
「私は……」
私は十五歳になったら、一回り以上年上の村長の息子に嫁ぐことが決まっていた。そいつはいつもいばり散らしてて、時々アレクをぶった。私はそいつが大嫌いだった。
「……私は、……」
だけど、私はそいつの嫁になるために行商から買われた子供だった。おじいちゃんとおばあちゃんは私とは血の繋がりはなくて、村長の家からわずかなお金をもらって、私の世話をしているに過ぎなかった。だけど、おじいちゃんもおばあちゃんも私を可愛がってくれている。私が逃げたら二人は、村の中で辛い立場に立たされるだろう。
「──アレクはなれると思う、絶対」
ほんとうに言いたかった言葉を飲み込んだ。
私は十五歳になっても、この村を出ることはないだろう。ここで望まぬ結婚をして、年老いて、シワシワになって死んでいくのだ。
だけどアレクは違う。
夢を語ってキラキラと光る、オレンジ色の太陽の瞳が好きだった。この瞳は、十五歳になったら、村を飛び出すだろう。そして遠いどこかの街で、ドラゴンを倒したり、お姫様を助けたりするのだ。
「その時はリアも一緒だからな!」
アレクは私の手を握って、屈託なく笑う。私は答えられなくて、なんだか泣きたくなって、だけど涙はふさわしくない気がして、ただ笑った。
あぁ、この温もりを覚えていよう。いつか、いつか、彼が遠くに消えてしまうまで。
──転機が訪れたのは、それから数年がたってからだった。
二人でやっと組み上げることができた井戸の水は、いつの間にか一人でも汲み上げられるようになっていた。
アレクは弓を練習して、猪くらいなら狩れるようになっていたし、私も村の薬師に弟子入りして薬草採取の勉強をした。いつか旅に出るアレクに、せめて私の代わりとして持って行ってもらうために、たくさんの知識を書き留めた。紙は貴重品だったから、村人にバレないようにこっそり作った小物を行商に売って手に入れた。
もうすぐアレクは旅立つだろう、そう思っていた頃──
ドラゴンが来た。
それはあまりにも突然で、誰にもどうすることもできなかった。
ドラゴンは通り過ぎただけだったけど、それでも村の半分を吹き飛ばし、幾人もの死者を出した。私を擁護していた老夫婦も死んでしまった。畑もほとんどが燃えてしまった。村は再建できないほどの被害を出した。
生き残った老人たちは細々と相談して、ほうぼうへ散って行った。老人たちの力で村を再建することは不可能だったから。
立ち竦む私の手を引いてくれたのは、アレクだった。
今となったら、あのドラゴンに感謝すらしている。私はあのままだったら、旅立つアレクの背中を見送り、村長の息子に囲われ、そして村で死んでいったことだろう。
最初の街でルーイとエリスに出会った。
初心者用のギルドからの依頼を合同で受けたのがきっかけだった。同じドラゴン被害がきっかけで村を飛び出してきた二人と意気投合して、パーティを組むことになった。
薬草の知識しか誇れるところのない私は、いつも、なんとなく息苦しかった。
みんなに守ってもらいながら討伐に参加して、できることと言ったら道中の料理を担当したり、薬草を加工して作った毒薬を投げつけてモンスターを弱らせたり。それくらい。そもそも体力だって一番無くて、旅についていくのも必死だった。
アレクはいつも気遣ってくれたけど、申し訳なかった。
私がいなかったら、もっと自由に旅ができたのに。
ごめんなさい。
「──追放を、受け入れます」
その言葉を口にすることは、身を切るように辛かった。
私たちはあの村でたった二人の子供で、特別だった。私にはアレクしかいないし、アレクにも私しかいない気がしてた。──でもそんなのは錯覚だ。どうしようもないってことを、もう私は理解している。受け入れるしかないってこと。
アレクがほっと胸をなでおろしたのが伝わってきた。
「……と、いうことで、悪いけど」
ルーイとエリスに向きなおり、ニッと歯を見せて笑う。私の大好きな、太陽の瞳。
「俺もこのパーティ抜けるわ」
「……え?」
思わず漏れた間抜けな声は、私の声だ。
「ど、どういうこと……」
「アレクさんは、リアさんが心配だったんですよ」
エリスが私のそばにしゃがみこみ、骨折している足にヒールをかけてくれる。暖かい温度の光に包まれて、痛みが薄れていく。
「最近リアには笑顔がなかったからなー」
ウンウンとうなづきながら、ルークはバシッとアレクの背中を叩いた。
「ほれアレク、なんかもっということあるんじゃないのか?」
「あー……」
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにしながらもアレクは私に近づいてくる。
「……こうでも言わないと、お前、いつまでも旅を辞めれないだろ」
その一言で理解した。
それくらいには、私たちは同じ時間を過ごしていた。
アレクは私のために、冒険者の夢を終わらせようとしている!
「そんなのダメ!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
「ダメじゃない。もうずっと考えてたことだ。二人でどこかに落ち着いて暮らそう。それくらいの貯金もある」
「ダメだよ、絶対にダメ! それなら私だけでいい、アレクは旅を続けていい! 私だけパーティを抜ければそれで、」
じわりと目頭が熱くなる。
確かに一人で生きていくのは怖い。アレクのいない人生なんて。
だけど、アレクを犠牲になんて、もっとできない!
それくらいなら、いい。私はひとりで生きていけばいい。アレクを諦める。
「私、本当はあの村で覚悟してた。アレクと離れて生きていくこと。旅に出るなんて私にはできないって!」
だけど、欲が出た。
思いがけず始まった旅は、楽しくて。足手まといになっていることはわかってたけど、あと少し、あと少しと、離れがたくて。
それが、アレクにこんなことを言わせてしまった。
「俺は最初から、リアを離す気は無かったよ」
いやいやと首を振る私に、まるで幼子に言い聞かせるかのような優しい声でアレクは言う。
「別に冒険者じゃなくったってなんでもよかった。あの村からリアと一緒に出ることができれば。ドラゴンが来なくったって、十五歳になったら俺はリアを掻っ攫って村を出る気でいたよ」
アレクの指が、そっと私の指に触れる。まるで大切な宝物を触るみたいに、優しく、優しく。
「俺と結婚してくれ」
思いもよらない言葉に、一瞬理解が追いつかなかった。
結婚。
それって私が、村長の息子とするはずだったもの?
考えたこともなかった。その言葉には嫌な印象しか持っていなかったから。
だけどアレクとなら、それはとても幸せなことではないだろうか。
「俺、リアには愛されてると思ってたんだけど。勘違いだったかな?」
「……勘違いなんかじゃない」
愛なんて言葉では片付けられないくらい、私はアレクが大切。
もはや自分にもわからない、この感情がなんなのか。恋なのか、情なのか、執着なのか。そんなものは通り越して、ただただなくてはならない存在だった。
結婚、すれば。
……アレクと離れなくて済む?
「私は、アレクと一緒にいたい」
あの日、幼い日。飲み込んだ言葉が、ぽろりとこぼれた。
同時に感情が溢れて、私の両の瞳からどんどん涙が溢れた。喉の奥から嗚咽が漏れて、そんな私をアレクはぎゅっと抱きしめてくれた。しばらくそのままでアレクの体温を感じて、やっと落ち着いてきた頃──
──パチパチと拍手の音が聞こえた。
ハッと我に返ると、ルークとエリスはニコニコと私たちを見つめていた。
「事前にな、アレクから相談は受けてたんだよ」
「お二人がパーティから抜けること、わたしたちも了承していました。でも、てっきり宿に帰ってからお伝えするのかと……」
「な! 今かよって思ったもんな!」
「リアさんが怪我をして、動揺したんだとは思いますけど」
「……なぁエリス、俺たちもそろそろ結婚しねぇ?」
「何言ってるんですか、そんな行き当たりばったりな求婚は認めませんよ! もっとロマンチックにしてくれないと。──さ、リアさんも落ち着いたようですし。そろそろ街に戻りましょう」
それから。
その足で教会に行き、私たちは夫婦になった。
あまりにも急展開すぎて戸惑う私に、「これ以上はもう待てない」とアレクが押し切る形になった。
アレクは結局、冒険者を続けている。
だけど今まで通りではなくて、街を拠点として近くのダンジョンや森のみで討伐や素材採取を行うことにして、夜には私のところに帰ってくる。時々泊まり込みが必要になる依頼もあるけど、それでも長くて数日だ。永遠にお別れすることを考えたら、そんなの全然耐えられる。
ルークとエリスは、別の街へ旅立っていった。だけど時々私たちのいる街に寄って、冒険譚を聞かせてくれる。
私はというと、薬草の店を出すことにした。ありがたくも私の丸薬やポーションはよく効くと評判で、経営も軌道に乗っている。
私は幸せだ。
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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