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7 元仲間からの濡れ衣

 酒場にたどり着いた俺は、隅っこでライ麦酒(ウイスキー)を飲んだくれていた。ヤケ酒、というやつだ。

 もう何杯飲んだか思い出せないほど深酒をしてしまっているが、今日に限っては、一向に酔っぱらえる気配がなかった。


「……おかわり」


 何度目かわからないおかわりを店員にお願いしながら、ふと店の外を見る。

 一寸先も見えないほどに真っ暗闇で、僅かに照らされた石床に、激しい雨が打ち付けられている。

 松明で明るく照らされ、人が賑わっている酒場の中とは対照的だった。


 普通であれば、明るく、大勢の人間がいるこの場所に混じっている方が、良いに決まっている。

 なのになぜか、ここが自分にとって酷く場違いなような、そんな気がして落ち着かなかった。


 ここは、真っ当な人間がいるべき場所だ。お前のような無能がいていい場所じゃない。

 あの大雨の暗闇が、そう言って俺を手招きしているような、そんな気がしてしまうのだ。


 ……だめだ、全然酔えない。嫌なことを忘れるどころか、ネガティブになる一方だ。

 なんだか、全て無駄な気がしてきた。これを飲んだら、もう寝ちまおうか。


「暗い顔しちゃって、大丈夫?」


 突然、そんな声が聞こえて、思わず身を強張らせた。

 な、なんだ、どういうことだ? この酒場に、俺の知り合いはいないはずだけど……。

 

 そう思いながら、俺は声の方を振り返る。

 そこにはメルシーがいた。


「メルシー……」

「聞いたよ、なんかギルド追放されたんだって? アハハ、いくら何でも酷い冗談だよねー。あそこクビになるなんて、逆に難しいよ。そんな信じられないくらい無能な人なんて、いるわけないって」


 すると、メルシーは笑いながら、俺にそう聞いてきた。


「いや、本当だよ。『信じられないくらい無能』だからってことで」

「……そ、そうなんだ」


 俺が追放が真実だと伝えた途端、彼女は笑顔を引きつらせながら、辛うじてそれだけ言った。

 ドン引きしていることがありありとわかる、見事な引きつりっぷりだった。

 

「ま、まあ気にすることないよ。レンでもできる仕事がきっとあるって、うん!」


 ……レン『でも』か。

 わかっている。常連のよしみでもあるだろうが、彼女は善意で、俺を励ましてくれているのだ。

 言葉尻ひとつで人の厚意を蔑ろにするような真似は、さすがの俺でもしない。


 だが、メルシーのその気まずそうな言い方から、苦笑いの奥底にある呆れから、否が応でも感じ取ってしまった。

 『誰でも入れるギルドすら追放されるなら、居場所なんかないだろう』と、言外にそう言われているような気がしてしまったのだ。


「あぁ~……じ、じゃあ私友達と飲んでるから、またお店でね!」


 メルシーはいたたまれなくなったのか、それだけ言って、離れた場所にいる友達のところへと戻っていった。


「なになにメルシー、あの人ひょっとして恋人?」

「うわ、冗談辞めてよもう、ただの常連さんだって。てかあの人マジでギルド追放(クビ)になったらしいよ? そんなん彼氏にするの無理すぎでしょ……」

「えぇ~やっばぁ! あそこでダメならもうできる仕事なんかないじゃん、死んじゃったほうがいいんじゃなぁい?」

「あははは……やめたげなって、聞こえてたらどうすんのさぁ」


 聞こえてんだよなあ、バッチリ……。

 別にいいけど、そういう陰口は本人がいないところで言った方がいいんじゃないかと思うんだけど。


 まあ、別に聞こえたって、何かできるわけでもないけれど。

 なんたって、スキルも魔法もほとんど使えないようなやつなんて、その辺の子供にだって負けるだろうし。

 向こうも、もし逆切れでもでもしてきたら返り討ちにしてやろう、くらいに思っているのだろう。


「おかわり、来ないな」


 何かから逃避するように空になったコップに目を向けて、ふと、さっき自分が頼んだおかわりが来ないことに気づく。

 しょうがない、店員さんにもう一度言って……。


「……いいや、もう寝よう」


 少し考えて、もう飲むのはやめよう、と思った。

 さっきから、全く酔える気配がないし、すこしも気持ちよくならない。


 これ以上飲んでも、明日が辛くなるだけで、何かが好転することもないだろう。

 もういい、ヤケ酒なんかしていたって、良いことなんかひとつもない。


 今日はもうさっさと寝て、明日から真剣に職探しをしよう。

 そう思って、小銭を出し、勘定をしようとした。


 ――その時だった。


「レン・ユーリンッ!」


 突如、酒場の入り口から、そんな怒声が聞こえてきた。

 周りも、なんだなんだとざわついて、一様にその方向に顔を向ける。


 例にもれず俺もそちらのほうを見ると、そこには、出来ればもう会いたくなかった人物がいた。

 俺が元々所属していた、クラインのパーティーメンバーであり、昼に彼と一緒に絡んできた女の子のうちの一人。

 その子が、何やら数名の衛兵を連れて、鬼の形相でこちらを睨んでいたのだ。


「見つけたわよ、この泥棒ッ!」


 なんだって、泥棒?

 何のことだ、と疑問に思う間もなく、クラインの連れは衛兵と共に、ずかずかとこちらへ近づいてきた。


 パチン。


 と、そんな音が突然、脳を揺らした。

 それが彼女に頬をぶたれた故だと気づくまで、数秒かかった。


「……え?」

「このクズ野郎、今までの仕返しのつもり!? 絶対許さないからね!」

「ち……ちょっと待ってくださいよ、一体何の話――」

「はぁ!? ここにきてしらばっくれるわけ!?」


 訳が分からず聞いても、クラインの連れは怒りが頂点に達しているのか、全く聞く耳を持ってくれない。

 何なんだ、一体? 何が起こっているのか、さっぱりわからない。


「レン・ユーリン。貴様には窃盗の嫌疑がかけられている」


 すると、クラインの連れの代弁をするように、そばにいる衛兵のうちの一人が、そう言ってきた。


「今日の昼頃、貴様がギルドから追放された後、こちらにいるレイナ氏の部屋から宝石がいくつか盗まれていた。ギルドは貴様を第一容疑者とし、捕縛命令を下したのだ」

「な……!?」

 

 高圧的に言う兵士の言葉に、俺は言葉を失った。

 もちろん、俺は窃盗なんてしていない。昼はメルシーのところで魔草巻を買って、その後はファニと一緒にいたのだから。


「そんな、濡れ衣ですよ。俺はずっと外にいたんだ。彼女の部屋に入るどころか、建物に近づいてさえいません!」

「証拠は? 部屋に入っていない証拠がないのであれば、窃盗に加えて虚偽報告として捕縛する」

「そ、そんな……」


 無茶苦茶だ……やっていないことの証拠なんて、あるはずがないだろう。事象そのものが存在しないのに、どうやって証拠ができるっていうんだ。


「……そ、そうだ。そこにメルシーって子がいます! 彼女の店で俺は魔草巻を買ったんです! 彼女が証言してくれるはずです!」


 何とか必死にアリバイを証明しようと、俺はメルシーに助けを求めた。

 彼女ならしっかりと俺が店にいたことを知ってるはずだ。


「……君、本当かね?」

「うぇ!? え、ええっと……」

「もし虚偽の報告(・・・・・)をしたら、君も彼と一緒に捕縛対象となる。言ってる意味がわかるかね?」


 だが、メルシーは衛兵の威圧感に気圧されているのか、言葉が詰まっているようだった。


「チ……まどろっこしいわね」


 すると、今度はクレインの連れが苦虫を嚙み潰したような顔をして、メルシーに近づく。


「アンタさぁ、空気読める人間よね?」

「え、えぇっと、その……」

「あの無能が泥棒だって、本当のことを一言言えばいいのよ。あんなクズ、庇ってやる価値なんてないでしょう?」


 待て、待て待て待て。

 どういうことだ、おかしいぞ。まるで、最初っから俺が捕まることが、決まってるみたいな言い草じゃないか。


「彼女の言う通りだ。本当のことを言えば、捜査協力として謝礼を払う。わかるね?」


 と、衛兵がメルシーに対して、そんな追撃を放つ。

 それが、決め手となったのだろうか。



「……そう、ですね。あの人今日、うち来てないと思います」



 メルシーは目を伏せながら、確かにそう言った。


「よし、レン・ユーリン。貴様は虚偽の報告をした。捕縛する」

「全く見苦しいわね。せいぜい檻の中で野垂れ死になさい」


 衛兵とクラインの連れはそんなことを言って、俺を取り囲んできた。


 ……なんだ、この状況?

 窃盗? 俺が?


 今までずっと、能力がないなりに必死に生きてきた。

 なるべく社会に迷惑かけないように、どんなに理不尽な目にあっても、法を守って、我慢し続けてきた。

 その結果が、これか。こんな結末か。


「……わかった」


 俺はもはや、諦めたように、そんなことを口走ってしまった。 

 いいんだ、もう。どうせ、ここで逃げたって、ろくな未来なんか待ってないんだ。

 

 どうせ罪人になったら、それこそどこにも仕事の口なんかない。

 野垂れ死ぬのが、路傍の隅っこか檻の中かで変わるだけだ。


 どうせ生きてたって、俺がやるべきことなんか、ひとつもないんだ。

 俺が、やるべきことなんて……。




 ――今日の深夜、日が昇るころまで、西の門の前で待ってるから!――




 なんだ? なんで俺、今になってこんなこと、思い出して……。


「何を突っ立っている。さっさと来い!」


 衛兵がそう言って、俺の腕を掴もうとする。

 だが俺は、それを無意識に払いのけた。


「……ほう、抵抗するか」


 その言葉を皮切りに、衛兵たちは剣を抜く。

 なぜだろうか、不思議と恐怖はなかった。


「抵抗した場合、切り殺してもいいことになっている。覚悟はしてるんだろうな?」

「やっちゃってよ、衛兵さん。こいつもう面倒くさい」


 衛兵のそんな声も、クラインの連れのそんな言葉も、何も耳に入ってこない。

 本当に、無意識に、俺は動いていた。


 考えることもなく、俺は懐にある銅貨を六枚、右手に込めた(・・・・・・)

 衛兵は、全部で六人。


「罪人を排除する! 死ね!」


 そんな言葉と共に、衛兵たちが一斉にかかってくる。

 俺はただ、衛兵たちに向けて――。


 五回、魔法を撃った。

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