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6 危険な仕事

 ファニから出た言葉は、今の俺にとっては喉から手が出るほど欲しかった、仕事の依頼だった。

 ……欲しかった、間違いなく欲しかった言葉だ。それは間違いない。

 だが、残念ながら、これを手放しで喜んで飛びつけるほど、俺は世間知らずでもなかった。


 俺がギルドから追放されたことを知ったうえで――つまり、冒険者のライセンスが剥奪されたことを知ったうえで、ファニは俺をパーティーに誘ったというこの状況は、喜ぶにはあまりにきな臭いのだ。


「……ちなみになんだけど、なんでまた、俺を?」

「レンのその魔法を借りたい。とあるダンジョンへの同行を頼みたいんだ。ある魔物(・・・・)を倒すために」

「それなら、それこそ冒険者ギルドに頼むべき案件だろう?」


 そう聞くと、ファニは押し黙った。

 やはり彼女自身、この依頼が何を意味するのか、わからずに言ってるわけではないらしい。

 俺は言葉を続けた。

 

「そもそも、わかってるはずだ。俺はギルドから追放処分を受けたから、ダンジョンに入るどころか、冒険者のパーティーに加わる資格も無い。その仕事は無理だ」

 

 そう、ダンジョンと呼ばれる魔物が生息している区域に入れるのは、ギルドが発行しているライセンスを持った冒険者、ひいてはライセンス保有者のみで構成されたパーティーに限られている。

 体面としては一般人を危険なダンジョンに入れないための措置だが、本当のところ、ダンジョンに眠る強力な武具を、ギルドが一元管理するのが真の目的だという噂もある。


 清濁問わずにそんな理由があるわけだから、ライセンス未所持のものはダンジョンに一歩でも入った途端に、重い罰則が科せられるようになっている。

 つまるところ、冒険者ギルドに入っていない人間の、ダンジョンの無許可侵入は、重大な犯罪行為ということだ。


「ダメなんだよ、それじゃ。私が頼みたい魔物は、ギルドの飼い犬どもには手に余るよ。何より連中の手柄にしたら、それこそなんの意味もない。私たちの手でやらなくちゃ」

「……どういう意味だ? アンタ、冒険者ライセンスを持ってないのか?」

 

 俺の問いに、ファニは何も応えない。ただ黙って、じっと俺を見つめた。

 だがそれは何よりも雄弁に、肯定の意を示していた。

 

 つまりファニは、盗賊よろしくダンジョンに無許可で侵入し、魔物を狩ってこようと言うのだ。

 

 どんな狙いがあって、彼女がこんな話を会ったばかりの俺に持ち出してきたのかは、皆目わからない。

 ただひとつだけ確かなのは、彼女は法を犯そうとしている、ということだけだ。


「ダンジョンの無許可侵入は重罪だ。下手すりゃ一生檻に入れられる程のな。わかってるはずだろ?」


 ダンジョンには、それこそどんな魔物や財宝が潜んでいるかわからない、魔境だ。

 過去にあった話では、ある盗賊が勝手にダンジョンに侵入し、下手に暴れまわったせいで、伝説の魔物『リヴァイアサン』を目覚めさせてしまったらしい。


 その結果、リヴァイアサンによって近隣の三つの国が滅ぶという、大惨事に見舞われたという。

 こういった背景もあるため、ダンジョンの犯罪に関しては、必要以上に重い罪が科せられているのだ。

 

 しかも冒険者ギルドは、ここヨーキトー王国が直々に運営、管理を行っている、いわば国営組織だ。

 そのギルドの決めた法を犯すということは、つまるところギルドのバックにいる王国に喧嘩を売るのと同じこと。

 

 それは言ってしまえば、高ランクの魔物を討伐するよりも、よほど恐ろしいことだ。

 強さがどうこう、という意味ではない。

 

 ギルドに対して喧嘩を売るということは、それはそのまま、この国に安住の地が無くなることを意味するのだ。


 当然と言えば当然だろう。罪人になってしまえば最後、職を探すどころか、宿屋に泊まることすらできない。

 いつも飲んでる酒場に行くことも、メルシーがいる雑貨屋で、魔草巻を買うこともできなくなる。

 常に追手の存在に怯え続け、ゆっくりと眠れる日が永劫来なくなることは、間違いないのだ。

 

「……そうだね、そうなると思う」


 ファニは、誤魔化すことなくそう答えた。

 彼女は真っすぐと俺を見つめて、続ける。


「でも、一生檻に入ることになったとしても、私にとってはやらなきゃいけないことなんだよ」


 そう宣うファニの顔は、とても思い付きで罪人になろうとしている者のそれではなかった。

 なにか、彼女にとってのっぴきならない事情があるのだ、ということが感じ取れる。

 そんな顔つきだった。

 

「レン、お願い。アナタのその魔法があれば、きっとできる。ダンジョンで見つけた財宝は、全部アナタの取り分でいい。報酬だって、言い値で用意する。だから――」


 だが、だとしても。


「……すまない、他のやつをあたってくれ」

 

 ファニには悪いが、そんなのは御免だった。

 

 俺は何もできない無能だ。誰でもできる魔法もスキルもほとんど使えない。

 すでに路頭に迷いかけていて、いつ飢え死にするかもわからない、そんな人間だ。

 

 でもそれでも、越えちゃいけない一線は弁えているつもりだ。

 なにより、メルシーのところで魔草巻が買えなくなるのは、嫌だった。

 だから、ダメだ。それだけは。


「悪いな、今の話は聞かなかったことにするよ。火、ありがとうな」

 

 これ以上話すのはきっと良くない。

 何か取り返しのつかないことになるような、そんな気がした。

 だから俺は、それだけ言い残して、俺は踵を返して、もと来た道を戻り歩いていった。

 

「レン!」


 すると、後ろからファニの呼ぶ声が聞こえた。


「今日の深夜、日が昇るころまで、西の門の前で待ってるから!」


 それは、なおも俺が来ることを期待した故のことだろうか。

 彼女は集合場所であろう時間と場所を、一方的に伝えてきた。


 俺はそれに、わかったということは決してできない。

 だからせめて、お別れの意を示して、振り向かずに手を振った。


 ……今日は何だか、いろいろあって、疲れたなあ。

 何が悲しいって、この一日で、忘れたいこと、忘れなきゃいけないことが、一気に増えた。


 どうせもう、寝れるような家などないのだ。私物なんてものも全くと言っていいほどない。

 置いてあったら捨てるぞなんて言われたが、ぜひぜひそうしてくれってなもんだ。

 

 もう、今日はいいや。いろんなことがありすぎた。

 今日だけは散財しよう。酒場で飲んだくれて、上の階の宿で寝てしまおう。

 

 どこかやけっぱちにそう思いながら、俺は酒場への道を進んでいった。


 ふと空を見てみると、夕方にしてはかなり暗い、灰色の空。

 気づけば、雨がぽつぽつと降り始めていた。

 

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