44 ストラトキャスター・シーサイド②
「来た……!」
キャラバンが起こす土煙が少し大きく見え始めたくらいに、ファニはそう声を上げた。
目を凝らしてよく見ると、なるほど確かに、小さい影がキャラバンを囲むように点在していた。
この距離ではあまり見えないが、それでも馬に乗った人間であることは、辛うじてわかる。
ということは恐らく、件の盗賊たちだろう。
「魔物は?」
「見えない。魔物も一緒くたに来るものだと思ってたけど……」
ファニは、まるで当てが外れたとでも言うように眉をひそめた。
言われてみれば確かに、彼女の言う通り魔物の姿が見当たらない。
他の場所から合流するのだろうか? いや、そんなことをしても、何のメリットもないはずだ。
キャラバンを挟み撃ちにするにしたって――盗賊の頭目が完全に魔物をコントロールできるのであれば――盗賊と魔物で分ける意味がない。
「どういうことだ? 今回のキャラバンの襲撃、盗賊の頭は出てきてないってことか?」
「……確かに、ここ最近じゃ襲撃は常態化してるから、御者も全く抵抗せずに一部の荷物を明け渡して、通してもらってるらしいっていうのは聞いたけど」
「『襲撃』じゃなくて『徴収』になりつつあるってことか……なら、奴さんが出てこない可能性もあるわけだ」
「それはそう、だけど……」
俺にそんな返事をしながら、ファニはどこか腑に落ちていないような表情をしていた。
なにか、違和感を感じているのかもしれない。
「だとしたら、捕虜にした盗賊の話と、辻褄が合わない」
ファニのその言葉を聞いて、俺はようやく思い出した。
そうか、確かに。頭目が来ないのであれば、昨日の捕虜の話はなんだったんだ、という話になる。
俺が直接聞いたわけじゃないが、少なくともファニとロロンが聞いた限りでは、盗賊の頭目が何百という魔物を操ってここに来るというのは、間違いないはずなのだ。
捕虜が嘘をついている可能性も当然あるだろうが、だとしても、もっと俺たちに打撃を与えられるような嘘を吐くはずだ。
わからない、一体何が――
「お、オゾブさんたちが出ました!」
すると、ロロンがキャラバンとは別の方向を指さす。
そこには別場所で待機していた、オゾブさんたち強襲部隊が、猛スピードでキャラバンへと迫っていた。
「あ、姐さんどうします? こ、このまま続行でよろしいですか?」
少し困惑した様子で、ロロンはファニにそう聞いた。
オゾブさんたちがこのタイミングで突入すること自体は予定通りだが、肝心の頭目の気配がない以上、俺たちが動くことはできない。
どうするべきかと思いながら、俺はファニの判断を待った。
「ッ……続行しよう」
悩んだ表情をしながらも、彼女はそう決断した。
「わ、わかりました!」
そう言って、ロロンは袋から鏡を取り出して、それを空にかざす。
太陽の反射を使って、オゾブさんたちにファニの指示を伝えるための行動だ。
連続で二回光らせたら続行。三回なら撤退。
今回は二回、続行だ。
「いいのか?」
「ここまで隠れる場所のない荒野で攻めあぐねていたら、逆に危ない。ここはむしろ相手を突いて、出方を見た方がいいと思う」
「狙撃の心配は? 遠距離魔法とかのさ」
「まず考えられない。レンじゃないんだからさ。万が一あったとしても、なおさら敵軍に紛れた方がいいはず」
考えられない理由がいまいちわからなかったが、そこは一旦スルーすることにした。
とはいえ確かに、キャラバンが走っている場所は、隠れる場所はおろか、日陰のひとつもない平たんな地形だ。
不意打ちを考えるのであれば、下手に身を隠す場所を探すより、いっそのこと盗賊団に紛れ込んじまったほうがいい、というのは理に適っている。
仮に狙撃する奴がいたとしても、誤射を恐れて撃たないのであればよし。誤射を考えないろくでなしであっても、盗賊団を盾に使えばいい。
どうにしろ、ここまで来たらもう、敵に突っ込むしかない。
「賽は投げられたんだ、進んでもらうしかない」
ファニはそう言いながらも、やはりどこか、違和感をぬぐえない顔をしていた。
やはり何か、嫌な予感がしているのだろうか。
しかし、考えられる罠なんかないはずだ。
待ち伏せできるような場所もないし。狙撃する奴も見当たらない。
であれば、他に何があるだろうか?
こんな場所で、不意打ちできるような、隠れられる場所があるとすれば。
それは――
「……待って、これは」
ファニがそう声を発した。
すると、同時になにか、地鳴りのような音が響く。
僅かな振動が、俺たちを襲った。
「な、なんだ、地震か?」
「ひ、ひえぇ……こんなときに――」
「これは、まさか――」
間が一秒。
次の瞬間、ファニは大声を上げた。
「しまった! ロロン! 撤退を――」
ファニが言いかけた、その瞬間。
けたたましい轟音と、急転直下の振動が来た。
何事かと思った、次の瞬間。
俺たちの周りの地面から、突如巨大なミミズが、何匹も姿を現していた。
「……へ?」
ロロンのそんな、状況を理解できていない声は、今の俺たちの心情を表しているように思えた。
時が止まったように、数秒の間が流れる。
次の瞬間、甲高い咆哮が、巨大なミミズたちから発せられた。
耳をつんざくような、甲高い不愉快な鳴き声。
「う、うわあぁぁ!?」
我に返ったロロンが、そんな風に叫んだ。
声にこそ出さなかったが――出せなかったが、俺も叫びたい気持ちでいっぱいだった。
こいつは、一体……?
「……サンドワーム。そうか、この手が」
ファニほうを見てみると、彼女は巨大なミミズを見ながら、忌々しそうに、その名を口にしていた。




