42 レンの評判◆
一方その頃、ヨーキトー王国。
「へっくしゅッ!」
勇者リエスタとそのパーティーの拠点となっている宿屋にて、リエスタは仲間たちと談話している中、盛大なくしゃみをしていた。
「だ、大丈夫ですかリエスタ様!?」
「こりゃいかん、風邪ですかな?」
仲間の女戦士と老僧侶にそんな心配の声を掛けられながら、リエスタは鼻をすする。
「失礼……いえ、体調には問題ないはずなのですが」
「誰かが噂でもしてたんじゃない? リエスタは有名人だしさ」
と、疑問に思っているリエスタに対し、女魔法使いはそんなことを言っていた。
他二人の勇者パーティーメンバーに比べ、幾分フランクな接し方をしている彼女は、リエスタの幼馴染であった。
「噂話、ですか?」
「そうそう、最近ただでさえ、この一件で話題になってるからねえ」
そう言いながら、女魔法使いはある紙切れを手に取った。
そこには、先に盗賊のお頭ミシェルが見ていたものと同じ、レン・ユーリンの人相書きであった。
ヨーキトー王国では、未だにレンの話題が上がっているとともに、最近はレンを欲したリエスタに対しても、ある噂が広まりつつあった。
曰く、『勇者は、このレンという男に誑し込まれたのではないか』と。
万年最低ランクの元冒険者で、そのあまりの能力の低さに、ギルドを実質的に追放された最弱の男。
そんな、伝聞の限りでは何の価値もない男が、なぜか勇者パーティーへの加入を勇者本人からお願いされている。
ここまでの要素がそろった以上、その推測が王国中に伝播するまでに、さしたる時間がかからなかった。
それどころか、現在では王国を越え、近隣諸国にまでこの噂が流れ始めているという。
それは、人類の希望の象徴とされている勇者から見れば、あまり歓迎できないイメージのはずであった。
「……ねえリエスタ、本当にこいつをパーティーに入れたいの?」
女魔法使いはため息を吐いて、テーブルに置いたレンの人相書きを、指で叩いた。
主に顔部分をビシビシとつつくそれは、ともすれば忌々しいものを攻撃しているようにも見える。
「無論ですよ、マキナ。イライザにも言ったことですが、彼は街で噂されているような、弱い人物では決してありません。これ以上野放しにしないためにも、私たちで首輪を付ける必要があるのです」
「ふぅん?」
リエスタのその言葉に、女魔法使い――マキナは懐疑的な声を漏らした。
「な、なんですかその顔は?」
「いやぁ……このレン? てやつが強いのはわかるよ。リエスタを追っ払ったって言うんだから、ただものじゃないだろうさ」
「わかってくれるのですね! さすがマキナです!」
「ただ――」
同意してもらえたと思って喜ぶリエスタに、マキナはそう被せた。
マキナはまるで探偵のような口ぶりで、続けた。
「どうにも私には、街の噂が全部嘘とは思えないんだよね」
「んな、なにを――」
「何を言うのですか、マキナ様!」
マキナの声にリエスタが反論しようとした寸前。
より大きな声で異を唱えたのは、女戦士――イライザであった。
「勇者様は清廉にして純潔なお方です! 何者にも染まらず、決して穢されることのない純白の意思をお方! それは幼馴染であるアナタが一番よく分かっておられるはずでしょう!」
「うるさいしキモイよイライザ」
「き、キモッ……!?」
「アナタに賛同はしますが、今のは私もキモイと思いました」
「キモッ……!? うぐぅ……」
マキナとリエスタ、両方にそう指摘されたイライザは、しょんぼりとした顔で椅子に深く座り直した。
それを放っておいて、マキナは話を続けた。
「まぁ、イライザの言葉を借りるけど、清廉純潔だからこそ、こじれてる部分もあるというか。自分で勝手に染まって穢れることもあるというか……」
「何が言いたいのですか、さっきから……」
「……『女勇者の奉仕』」
リエスタにだけ聞こえるように、マキナは彼女の耳元で囁いた。
するとリエスタは、顔を青ざめさせて頬を紅潮させ目を見開くという、なんとも忙しい表情をしてみせた。
「ッ……!?」
「なんかさぁ、このレンってやつ、あの本に出てくる『お相手役』に似てない? リエスタの好みドンピシャっていうか――」
「あぁ! あぁ! ごほん! それで、今日はなんで集まったんでしたっけ!?」
リエスタは顔を真っ赤にして、あからさまに誤魔化した。
マキナはもはやそれに関して何も言わず、ただため息を吐くばかりであった。
「お、おぉ、そうでしたな」
そんな中、今まで静観していた――というより巻き込まれたくなくて黙っていた――老僧侶が口を開く。
というのも、今勇者たちが宿の談話室に集まっているのは、老僧侶が呼びかけたからであった。
「で、マルギットさん、私たちにお伝えしたいこととは?」
「いえね、正直こんなふうに集まっていただくほどのことかはわからないのですが、一応と思いまして」
「構いませんよ、こうした情報共有こそが、生死を分ける時だってあるのですから」
「ありがとうございます。まあといっても、我々にはあまり関係がないかもしれませんが――」
老僧侶――マルギットはそう言いながら、レンの人相書きに指をさした。
「ちょうどお話に合ったこの男を、ヨーキトーの外で見た、というものがおりましてな」
「……なんですって?」
その言葉を聞いた瞬間、リエスタは目を見開いて、そう聞き返した。
淡々としたその口調とは裏腹に、異様に圧がある雰囲気で、マルギットは思わず息をのんだ。
「い、いえ、ですから、この男を見たと情報が――」
「ど、どこに!? どこにいたんですか!?」
そう言って、リエスタはマルギットの肩を掴んでがくがくと揺らした。
「ちょ、アンタお年寄りに!」
「うごごご! ば、馬車に乗ってたみたいで、ナワガカ荒野の方に進んで行ってたと――」
マキナの言葉も聞かず肩を揺らし続けていたリエスタは、しかしマルギットがそう言った途端、彼を放した。
かと思いきや、席を立ち、談話室の出口へと大慌てで進んだ。
「ちょ、リエスタどこいくのさ!?」
「ナワガカ荒野に行ってきます! まだいるかもしれません!」
「はぁ!? ちょ……もう!」
リエスタの返事を聞いたマキナもまた、彼女に続いて部屋を出た。
「わ、私たちは……」
「行かんわけにもいかんでしょう」
イライザは戸惑いながら、そしてマルギットはため息を吐きながらも、それぞれリエスタの後を追った。
こうして、勇者一行は急遽、ナワガカ荒野へと出発することになったのだった。




