41 盗賊のお頭◆
――レンたちが盗賊討伐に向けて準備を始めた、ほぼ同時刻。
ナンショー海岸のすぐ近く。
海岸と荒野の丁度狭間くらいの場所に、波音が中にこだまするような洞窟がある。
しかしその洞窟の中を覗いてみると、そこにいるのはコウモリばかりではなかった。
そこには数多くの盗賊がおり、品のない食事をしたり、下卑た話題に大笑いしたりと、波のこだまなど遥か彼方に掻き消えるほどの喧騒が支配していた。
しかしそんな、どこか浮かれた空気感の中にとても合わないような、沈痛な面持ちの、盗賊の男がひとり。
その顔を見ると、先日レンたちと戦い大敗した盗賊たちの、数少ない生き残りであることがわかった。
「あ? どうしたんだよお前、神妙な面しやがって」
「お頭は今いるか!?」
通りすがりにからかってきた盗賊仲間に対し、しかし男は焦燥をもってそう言った。
盗賊仲間はあまりにも予想していた反応と違っていたために、思わずフリーズしてしまう。
「な、なんだよ……お頭なら、まだ奥の部屋で女と眠ってるはずだが――」
「ッ……クソ!」
「あ、おい!」
盗賊仲間の制止も聞かず、男は彼に聞いた通りに、奥の部屋へと進んでいく。
その間も男は、「クソ、クソ、クソ……」と苦虫を嚙み潰したようをしていた。
『お頭』が眠っているという奥の部屋の前にたどり着くと、男は乱雑に三回、ドアを叩いた。
とてもノックとは呼べない、力任せな殴打だった。
「お頭、お頭!」
叫ぶように、彼はお頭を呼ぶ。
そこから数秒ほど待つと、眠たげな唸り声が、部屋の中から聞こえてきた。
「んぅ……? なんだよ、うるさいなぁ」
その声は、この荒くれ共の巣窟の中ではまるで似合わないくらい、清廉であどけないものだった。
まるで子供か、でなければ若い女性か、というような、そんな声だ。
「まだキャラバンが走る時間じゃないだろぉ? まったく空気の読めない――」
「ローグが殺られた! それだけじゃねえ、昨日キャラバンに行ったやつは、俺以外全員だ!」
「……なんだって?」
男の言葉を聞いた途端、お頭は一転して、剣呑な声を発した。
「入れ」
ただならぬ事態だということを感じ取ったのか、お頭は男に入室の許可を与えた。
すかさず、男は勢いよくドアを開け、攻め込むように中に入る。
「お頭、聞いてくれ昨日――」
と、男はそこまで言葉を発した後、しかし黙った。
なぜか? その理由は単純である。
目の前に広がっているのが、部屋の内装などではなく、化け物の口の中だったからだ。
暴力的な牙と、ざらざらとした舌。思わず鼻をつまみたくなるような臭いのよだれが、男の視界いっぱいにあった。
「ヒッ……!?」
「やめなよガルム、そんなん食べたらお腹壊すよ?」
その口は、しかしお頭のそんな声を聞くと、男の顔から遠ざかった。
口の持ち主の姿が、ようやく男からも見えた。
それは、人の背よりも一回り程大きい、巨大な狼の見た目をしていた。
狼の名はガルム。
モンスターテイマーであるお頭が使役している魔物で、彼の番犬でもある。
「お、お頭……」
男はなんとかフリーズから解け、今日初めてお頭と目を合わせた。
彼の目の前には、とてもそんな風に呼ばれるとは想像もつかないような、綺麗な少年が、下着一枚の姿でベッドに座っていた。
明るい金色の長髪に、サファイアのような大きな瞳。透き通るような白肌に、垂れた目を添えた整った顔立ち。
一見すれば美少女にも見える彼は、しかしその細い身体の節々に、男性特有の身体的特徴が見え隠れしていた。
「やれやれ、せっかくいい女と寝ていたのに、寝覚めの悪いニュースだ」
そう言って、彼はベッドに手を伸ばす。
よく見ると、そこにはいまだ寝息をたてている女性がいて、お頭はその髪の毛を弄っていた。
「……お頭、本当に寝たんすか? 寝るってのは一緒のベッドですやすやするってだけじゃないっすよ?」
「え、は? ね、寝たけど? お、大人な意味で寝たけど? なに、いちゃもんつけんの?」
途端、お頭が焦ったように男の言葉を否定する。
それを見て男は、何かしらを察してそれ以上は言及しなかった。
お頭がそういう面で全くの初心だということは、盗賊団全員にとって公然の秘密であった。
たまに挑戦しては見るものの、結局お相手の女性に子ども扱いされるか、そうじゃなかったら日和って辞めるかのどちらかだ。
その可愛げのある醜態がばれてないと思っているのは、本人ばかりである。
「ごほん……そんなことより、ローグが死んだって?」
「あ、そ、そうです! なんだかわからねぇが、滅法強い奴らがきやがりまして」
「ふぅん、ローグたちを殺せるくらいってなると、結構だ」
男の話に、しかしお頭は興味がなさそうに答えていた。
それもそのはずで、お頭は、ローグという男に特別興味を持っていなかった。
というより、盗賊団の団員全員に、さしたる興味は持っていなかった。
元々は、彼のモンスターテイマーとしてのスキルで、甘い汁を啜ろうと集まってきたならず者たちだ。
お頭自身も、啜りたければ勝手に啜ってればいいと、群がってくる彼らを放置していただけに過ぎない。
盗賊家業をやるための人足なら――人ではないが――魔物で事足りている。
つまり、お頭が手下たちに情を向ける理由など、はなから無いわけだ。
「で、どんな奴だった?」
とはいえ、別勢力が襲撃してきたとなれば、聞かなければならない。だからお頭は聞いた。
理由はこれまた単純で、敵対勢力が現れたとなれば、そしてそれが強いのであれば、自身に害が及ぶかもしれないからだ。
「へ、へい……えぇと、どいつも強かったんですが、ローグを殺ったのは、妙なことをしてきた奴でした」
「妙なこと?」
「へい、魔法かスキルかはわかりませんが、ものすごいスピードで、小さい鉄くずみたいなのを飛ばしてきやがりまして」
「小さい、鉄くず……」
お頭はしばし考えるような動作をした後、ベッドから出て、机に置いてある紙切れを、一枚取った。
「ひょっとしてそいつって、こんな顔じゃなかった?」
「あ……こいつです! 間違いない!」
お頭に聞かれ、紙切れを見せられた男は、そう叫んだ。
それを聞いて、お頭は不敵に笑う。
「なるほどな、彼が……それはちょうどいい」
そう言いながら、お頭は紙切れをテーブルに置く。
「『勇者たらし』のレン……こいつを捕らえて勇者に渡せば、勇者と良いパイプを築けそうだ」
そう言って、お頭は手近にあったナイフで、その紙きれを思いっきり突いた。
ナイフが刺さったその紙きれは、ヨーキトー王国で未だ配られている、レン・ユーリンの人相書きであった。
「彼には餌になってもらおう、このミシェル・パープルヘイズが、より幸福な暮らしをするための、餌にね」
そう言いながら、お頭――ミシェルはその端正な顔に似合わない、悪役然とした笑顔をしてみせた。
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