40 新しい装備
――出発は今日の昼。全員それまでに準備するように。
ファニのそんな言葉を最後にブリーフィングが終わると、それぞれが闘いの準備をするために、野営地を奔走しだした。
薬草やアイテムをありったけポーチに詰め込む人。愛用の剣を研ぎ直す人。魔法の攻撃力を増すため、杖を握って精神統一をしている人。
兎にも角にも、野営地は一気に賑わいだした。
「俺が、盗賊の頭を……」
そんな中で俺は、一人心臓をバクバクと大きく鳴らしながら、確かめるように呟いた。
ファニに大物喰らいを任された俺は、高揚と緊張がないまぜになっていた。
任された。盗賊の頭の討伐。俺はそれを、どうやって達成するのかを考える必要があったのだ。
何十という盗賊と、何百という魔物を操る、荒野の帝王と言っていい人物。
そんな奴が、剣戟入り乱れる戦場のど真ん中に現れるはずはない。
いるとしてもはるか後方。ファニの言う通り、多数の人と魔物に守られて、鎮座しているはずだ。
けれど、俺に大物喰らいを任命した後、ファニは言った。
曰く、どこに隠れて居ようと、絶対にキャラバンの全容を見れるような、高所に潜んでいるはずだ、と。
モンスターテイマーの特徴らしい。どんな上級クラスだろうと、戦わせるような複雑な操作は、魔物を見ながらでないと無理なんだとか。
同じ上級テイマーのロロンもそう言っていたので、恐らくこれに間違いはないだろう。
つまり、こちらからも絶対に見つかる場所にいるということだ。
それを見つけ、狙い、撃って、討つ。
それが俺に任された、唯一の仕事だった。
正直なところ、成功するかどうかはわからない。
今までにやったことのないタイプの仕事だ。
ただ確かなのは、成功させなければ、俺もファニたちも死ぬかもしれない、てことだ。
「……準備しなきゃな」
自分にかかった緊張を振り払うように、俺はそんなことを言った。
と言っても、今更できることなんてほとんどない。
荒野に出発する前と同じように、鉄くずで弾を作って、ウォーミングアップがてらに何度か試射するだけだ。
それだけで済むことだが、逆に言うとそれ以上にできることはないのだ。
他に何かあるとするなら、なんだろうか。わからないが――
「レン!」
と、不意に名前を呼ばれた。
その方向に目を向けると、メルシーが何やら袋をもって、こちらに向かって走ってきているのが見えた。
「おはよう」
「あ、あぁ、メルシー、おはよう」
彼女の挨拶に、俺はなんとかそう絞り出せた。
うーむ、昨日のことがあるからか、どうにも気まずい気持ちになってしまう。
「聞いたよ、昼頃にまた、戦いに出るんだよね?」
「まぁ、ね。今はその準備中ってところ」
まあ、準備とは言っても、弾を何個か作るくらいだけど。
なんてことを思っていると、メルシーはどこか、緊張を伴った笑顔を俺に見せた。
「あ、あのね。よかったら……よかったらなんだけど、見て欲しいものがあって……」
「え? あぁ、そりゃ全然いいけど……」
俺が言うと、メルシーはパッと喜んだ顔になって、意気揚々と袋の中に手を突っ込んだ。
何だろうと思っていると、彼女は袋からそれを取り出して、俺に見せた。
「これは……ベルトか?」
そう、メルシーが見せてきたのは、革で造られた、幅の広い薄茶色のベルトだった。
しかし見たところ、ただのベルトではない。
小さい円柱状の金属――恐らく鉄か銅のどちらかだろう――が、ベルトの帯全体に差し込まれていて、ゴツイ印象を受ける。
更に言うと、まるでナイフの鞘のような長方形の革袋がつけられていて、それが特に目を引いた。
「そこについてるホルスター、開けてみて」
「ホルスター?」
「ベルトの横に付いてる、革の袋みたいなやつのこと」
メルシーが嬉しそうに、鞘のような袋を指さした。
なるほど、これはホルスターと言うらしい。
彼女に言われるままホルスターの金具を外し、中を見てみる。
「これは……金属?」
するとそこには、俺がはじく魔法で弾として使うような金属が、たくさん入っていた。
それだけじゃない。弾のひとつひとつも、俺が自前で作ったのとは比べ物にならないくらい、精巧な円柱型をしていた。
改めてみると、ベルトの帯についているこの金属も、ホルスターに入っている者と全く同じ形をしている。
ということは、こちらも装飾ではないってことだろうか?
「これは一体……?」
「ほら、昨日レンが魔法を使ってた時、発射するものをポケットから出してたでしょ? これなら、もっと出しやすくなるんじゃないかなって思って」
「出しやすく……てことは、これ全部、はじく魔法の弾用の?」
「ふふん、大正解。私、中級の『裁縫』スキルと低級の『金属加工』スキル持ってるからさ、昨日夜なべして、ベルトと一緒に作ってみたの」
そうやって笑うメルシーの目には、僅かに隈ができていた。
なんでそこまでして、このベルトを……。
「ねえレン、よければ、それ貰ってよ」
「え、いいのか?」
「だって、そのために作ったんだから」
……正直、かなり驚いていた。
メルシーが――誰かが俺のために、こんなすごいものを作ってくれるなんて。
今までの生活では想像もできないことだったから、俺は言葉が詰まってしまった。
「……どうしたの、レン? ひょっとして、迷惑だった?」
「あ、あぁごめん、こんなふうに人から物を貰うの、慣れてなかったから」
不安そうに俺の顔を覗くメルシーに、俺はとっさにそう言った。
「少し、つけてみていいか?」
「う、うん! つけてみて!」
メルシーに許可をもらい、俺はベルトを自分の腰に巻く。
「……すごい」
つけた瞬間に、そのベルトの性能の良さを実感した。
素晴らしい着け心地だった。
重心を調整しているのか、重いベルトにもかかわらず、身体の一部のように違和感がない。
くわえて、ホルスターや差し込まれた弾も、身体の動きを阻害しないように、綿密に配置されている。
極めつけは、このホルスターだ。
余計な動作を一切必要とせず、まるで吸いつくかのように、一瞬で弾を右手に込められる。
そして――
「メルシー、ちょっと撃ってみていいか?」
「うん、うん! いいよ、試して!」
メルシーに言われてから、人が誰もいない方向に振り向き、遠くを見た。
百メートルほど先に、まさに的にはうってつけの、枯れた細木が見える。
「よし」
意を決して、俺は気の方向に、身体を向けた。
一瞬の静寂。
動作。
弾を取る。
右手に込める。
狙う。
魔法をかける。
破裂音。残響。
そして、やまびこのような反響。
その直後、遠くで、か弱い木の破砕音が聞こえた。
同時に見えたのは、狙った細木が、真っ二つに折れた様子だった。
当たった。
「……す、すごいねレン、あんな遠くのを」
メルシーがそんなことを言った。
でも俺は、正直今、そんな言葉はほとんど耳に入らなかった。
なんたって、これは凄い、本当に。
「メルシー、このベルトと弾は凄いぜ! 撃つまでの時間が半分以下だ! 精度も格段に上がってる! すげえ発明だこれは!」
俺は思わず、大はしゃぎでメルシーの手を取った。
だって、メルシーの作ったこのベルトと弾は、本当に素晴らしいものなのだ。
ずっと、実はずっと、考えていた。
もっと早く狙えないか。もっと高い精度で撃てないか。そんなことをずっと。
でも、自分の作る不格好な鉄くずじゃ限界があったし、ポケットにそれを入れるぐらいしか、速く撃てる方法もなかった。
それがまさか、メルシーが一気に解決してくれるなんて!
本当に、すごい装備を手に入れてしまった。
「へぇ、え!? ……あ、ありがとう」
「……と、わ、悪い」
しまった、メルシーの顔を見ると、真っ赤にしてそっぽを向いている。
何をやってるんだ俺は、いくらテンションが上がったからって、女子の手を無断でとって振り回すなんて。
「その……マジでごめん」
「い、いやいいよ。その……喜んでくれて、私もうれしい……あ、そうだ、もうひとつ」
すると、メルシーは気まずくなりそうな雰囲気を振り払うように、そう言って懐をまさぐった。
正直、話題を変えてくれるのは、俺としてもありがたくて、ホッと胸をなでおろした。
「はい、これ」
彼女は俺に、ひとつのとある箱を差し出してきた。
これは……。
「無味無臭の、魔草巻?」
「そ、ここじゃ、素材が無いから、数本しか作れなかったけど」
「……自家製だったのかい、あれ?」
「びっくりでしょ?」
メルシーは得意げに言った。
なるほど、どうりで彼女の露店以外に売っていないわけだ。
「……ねえ、レン」
するとメルシーは、どこか寂しそうな顔で、続けた。
「必ず、戻ってきてね。私まだ、アナタに何も償えてないんだから」
「……ありがとう」
俺はそれだけ言った。
償う必要などない、と言うべきだっただろうか。
わからない。ただ無粋な気がして、言わなかった。
さて、兎にも角にも、これで準備はできた。
気づけば、陽も高くなり始めている。
そろそろ、仕事の時間だ。
行こう。
俺はベルトを締め直して、ロロンの馬車へと向かった。




