表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/47

38 束の間の安寧

「落ち着いたか?」

「……うん、ごめん」

「飲めよ、丁度できた」


 メルシーとそんなやり取りをして、俺は出来上がった飲み物を彼女に渡した。

 ひとしきり泣き切った彼女は、けれどまだ若干鼻声だった。


「酒場にいたんだから、酒は大丈夫だろう? 熱いから気を付けて」

「ありがと……あ、美味しい」


 一口飲むと、メルシーはそんな感想を言った。

 よかった、どうやら気に入ってくれたようだ。


「これって、ライ麦酒(ウイスキー)だよね? なんか、柔らかい味」

「蜂蜜とシナモンとオレンジピール、そして隠し味に唐辛子を少々。混ぜて温めて飲めば、世は全てことも無しだ」

「最後のはよくわかんないけど、そうだね。すごく温まる」


 最後のはよくわからなかったらしい。

 いやだわ、調子こいてイタいこと言ったかもしれん。死にたくなってきた。


 メルシーとは多分違う意味で寒くなった自分の心を、酒を流し込んで無理やり温めた。

 うん、やっぱり酒だ。酒だけは俺を無条件で救ってくれる。救ってくれるはずだ……。


「……ありがとうね、レン」


 そんなことを勝手に考えていると、メルシーはどこか、安堵したような顔でそう言った。

 どうやら体が温まって、落ち着いたらしい。なによりだ。


「わ、私、頑張るから! レンのために、何でもするつもりだよ! ほ、本当に何でも(・・・・・・)!」

「お、おぉ……そんなに気張らなくても大丈夫だけど、今は特にやって欲しいこともないし」


 なにやら顔を赤くして意気込むメルシーだが、俺はそんな彼女に思わずしり込んでしまった。

 やる気があるのは大変結構なことなのだが、今言った通り、彼女にやって欲しいことなんて、まだないしなぁ。

 魔草巻を今この場で作れっていうのも、無理があるし。


「……でもレン、私のおっぱい、すごい見てたじゃん」

「ブッ……!?」


 びっくりした。急にそんな話を持ってくるもんだから、飲んでいた酒を吹き出しそうになった。

 え、嘘、俺そんなに見てなくない? だいぶ頑張ったんだけど。

 あの状況で視界が吸い寄せられそうなのを必死に耐えて、目の前の敵に全神経を集中させてたはずなんだけど。


 ……いや、うん、はい。

 吸い寄せられたのは否定しません。

 すごい見たかったのもまあ、否定できません。

 じゃあ結局すごい見てたんじゃないのか? うわ、また死にたくなってきた……。


「ま、待ってくれ、あれは不可抗力で……というか、さっきの話と繋がらなくないか、それ?」


 俺はメルシーが急に言ってきたことに疑問を感じ、そんなふうに聞いた。

 決して見たか見てないかを誤魔化すためではない。そう決して。

 

「……言ったじゃん、何でもする(・・・・・)って」

「あぁ、だから、今は別にないって……」

「本当に?」


 そう言いながら、メルシーは身を乗り出して、俺に近づいてくる。

 古着のシャツの襟は妙に頼りなく、重力に負けてだらんと下がり、彼女の胸元が、少しばかり露わになった。

 近くで見る彼女の目には、熱がこもっていた。


「ほら、やっぱりガン見してる」

「うッ……」

「本当に、何もないの?」


 メルシーはどこか、縋るような目をして言ってきた。

 彼女の言わんとすることがわからない。

 

 というよりも、わかっちゃいけないような、そんな気がした。

 わかってしまったらそれこそ、一線を超えてしまうような、そんな気が。


「私はいいよ? もともとそうなる(・・・・)はずだったんだから。それに、相手がレンなら、私は別に――」

「いやその、メルシー、それは――」


 それは?

 彼女の言葉を遮って、俺は何を言うつもりだったのだろう。

 わからない、けれど何かしらの断る言葉なのは、漠然とわかっていた。


 だって、俺はまだ――


「……ずいぶんと仲直りできたみたいだね?」


 不意に聞こえた不機嫌マックスな声に、俺とメルシーは同時に、身体を強張らせた。

 恐る恐る、俺は声がした方に目をやる。

 するとそこには、やっぱり予想通りの人物。


「フ、ファニ」

「みんなと離れて何してるのかと思ったら……」


 そう、めちゃくちゃ怒った顔のファニがいた。

 もうすごい怒ってる。なんでここまで怒ってるのかはわからないが、ひとつ言えるのは、今の彼女には口先ひとつでも逆らっちゃいけないということだ。


「メルシー・ヴィレット」

「は、はい!」


 低い声でフルネームを呼ばれたメルシーは、それはそれは綺麗な気を付けをしてみせた。

 彼女も俺と同じことを、メルシーから感じ取ったらしい。


「今日はもう遅い。明日は朝から働いてもらうから、今日はもう寝床に行って休んで」

「え、で、でも――」

「不満があると?」

「いえ、ありません! 失礼します!」


 そう言って、メルシーはそそくさと野営地の方へと向かっていった。


「れ、レン、またね」


 途中、彼女は少し照れたようにはにかんで、俺に手を振ってきた。

 それに思わず手を振り返すと、彼女は嬉しそうに笑って、そして行った。


「……じ、じゃあ俺もそろそろ戻――」

「レンはダメ」


 と、ファニはメルシーが座っていた場所に、乱雑に腰を下ろした。

 気のせいだろうか、メルシーよりもこっちからの距離が近い気がする。


「昼に言ったよね? あの時どういう状況か、全部教えてねって」

「わ、わかったけどさ、何をそんなに怒ってるんだ?」

「怒ってない」


 そんなふくれっ面で言われても全く説得力がないが……。


「……なんで怒ってるかなんて、私だってわかんないよ」

「え?」

「とにかく!」


 ファニが何か言っていたので聞き返そうとすると、彼女は誤魔化すように声を上げて、目の前にあるケトルを指さした。


「私にも作ってよ、ホット・ウイスキー。あの子に作って、私には作れないなんてこと、ないでしょ」

「確か酒飲める年齢じゃないだろ? ファニ」

「……じゃあ私が飲めるもので」

「はいよ」


 そこは素直に聞くんだな……と思いながら、俺はノンアルコールのお茶を温め直した。

 ……ん? あれ、ちょっと待て。


「なんで俺がメルシーに飲み物出したの知ってるんだ?」

「なんでって……前も言ったじゃん。『マッピング』の魔法と『トラッカー』のスキルでいつでも見れるって」

「いやそれは知ってるけど、なんでそれを今、俺に使ってたんだ?」

「え、いや、それは……悪い虫が、その……」


 俺が聞くと、ファニは声をもごもごと詰まらせてしまう。

 おかげで、後半部分が全然聞き取れなかった。

 

 しかし本当になんでだろうか? 

 今この瞬間に、俺にそんな上等な魔法やスキルを使う理由なんて、何もないはずなんだが。


「……て、違うから。今は私が聞く番! いい!?」

「え、は、はい……」


 普段からは珍しい、強気な口調のファニに気圧されてしまい、結局俺は、彼女の回答を聞けずじまいに終わった。

 ちなみに、彼女が聞いてきたのは大半がメルシーに関係することだった。

 盗賊とかその辺のことはいいのだろうかと思いながら、俺はただただ、聞かれたことを答えるだけに徹した。


 そうやって、皆がどんちゃん騒ぎをしている横で、今日の夜は更けていった。

 明日からは、また闘いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ