37 戦いの後の夜
キャラバンへの襲撃は、ひとまずのところ大成功といえた。
外にいた人数も含めれば五十はいたであろう盗賊共に対し、酒溜まりの鼠は半分以下の戦力だったにも関わらず、撃退することができた。
しかも、こちら側の人的被害はほとんどなかったのだから、上手く行き過ぎて少し怖いくらいである。
襲撃が終わった後の夜のこと。
そんな大成功を収めたものだからか、酒溜まりの鼠の野営地はお祭り騒ぎになっていた。
大抵の人たちは焚き火の周りに集まって、帰る道すがらで獲った獣を焼いたり、酒を片手に陽気に歌って、今日の襲撃での武勇伝を語り合ったりしていた。
そんな彼らを遠巻きに見ながら、俺は温めたライ麦酒を片手に、これからのことを考えていた。
と言っても、盗賊云々のことじゃない。今のところ、それはファニの領分なわけで、俺があれこれ頭を悩ませても栓のないことだ。
では、なんのことかと言うと――
「あ、レン……」
すると、そんな聞き覚えのある声が聞こえた。
声がしたほうに顔を向けると、そこにはメルシーが、気まずそうな顔で立っていた。
やや色あせた、腿の上くらいまで丈がある、オーバーサイズのシャツを着ていた。
モニカさん辺りが見繕ったのだろうか。
まぁそれはともかく、これからのこと、というのは。
つまり、そう、メルシーの処遇についてだ。
というのも、盗賊たちから命からがら助かった後、メルシーが自分も連れてってくれと言いだしたのだ。
一緒に行って、俺に罪を償いたいのだと。
俺はそんなことどうでもよかったが、確かにあのままキャラバンに残っても、ストラトキャスター伯の慰みものになって、飽きられたら荒野で野垂れ死ぬだけだ。
別に、それが彼女の選択だったら構わないのだが、あそこまで懇願されたうえに、酒場の一件があるとはいえ見知った顔だ。
見捨てるのは、どうにも寝覚めが悪かった。
だから、ひとまずメルシーを酒溜まりの鼠に仮入団させるという名目で、ファニやモニカさんたちに相談してもらうことにしたのだ。
ちなみに、他の女の子たちはそのままキャラバンに残った。
メルシーを見て我も我もと続くことはなく、ただ彼女たちは、それこそ先に来た盗賊と同様に、動かず、怯えた目で俺たちを見ていた。
彼女たちにとっては、俺たちは救いの神などではなく、盗賊と同様の略奪者に見えたということだろう。
まあ、否定はできないが。
「メルシー、話はどうだった?」
「うん、モニカちゃんって子が、レンが世話してくれるなら好きにしろって。ファニさんは、なんだか複雑そうな顔だったけど」
「そうか」
「それで、その……」
メルシーはどこか言いにくそうに、服の裾を掴んで、下を向いていた。
一体どういう……あぁ、なるほど、そういうことか。
モニカさんが言ってた、『レンが世話してくれるなら好きにしろ』って言葉はつまり、俺に彼女の采配を託されてしまった、ということだ。
だから、メルシーは俺に『世話をしてくれ』をお願いしに来た、というところだろう。
ファニが複雑な顔をしていた、というのがよくわからないが。
彼女は助けたい側の人だったはずだから、てっきり喜ぶもんだと思っていたが。
まあ、それは今はいいか。
「いいよ、わかった。世話するよ」
「……え?」
俺が言うと、彼女はまるで面食らったかのような顔で、呆けた声を出した。
「なんだよ、世話してくれって話じゃないのか?」
「いいの? だって、私あんな……」
そこまで聞いて、ようやくメルシーが何を言いたいのか分かった。
あの酒場での一件があるのに、そんなにあっさり許容していいのか、と聞いているのだろう。
それに、あれは――
「いいんだ、別に。気にしてないと言えば嘘になるけど、だからって、君を憎んでるわけでもない」
「……なんでそんなすぐ、許してくれるの? 私、私のせいで、レンは――」
「君があの時どう言おうが、どうせ連中は屁理屈こねて、結局俺を捕まえたさ」
「でもッ……」
声を震わせ、涙ぐんでる彼女に、何を言うべきかはわからない。
正直な話、彼女のことを赦すべきかどうかもわからない。
けれどなぜだろう、俺の口は、不思議と言葉を出していた。
「怖かったんだろ? 怖いから、嘘をついて、逃れようとした。それだけの話だろ」
そうやって口に出して言葉にすると、ようやく、自分の心持ちの正体がわかった気がした。
酒場で彼女に嘘を吐かれたとき、ショックを受けたのに、なぜか彼女にだけは憎悪とか、嫌悪とかいう気持ちにはなれなかった。
あの時あったのは……そう、ただ、悲しかっただけな気がする。
それは多分、彼女にあったのは悪意ではなく、ただただ弱さ故だったからだろう。
クラインの連れの女や衛兵たちに圧倒され、彼らの望み通りに答えなかったらどうなるかわからなくて、それが怖かったから、彼らの望む嘘を吐いた。
何ということはない。彼女はただ、臆病だっただけなのだ。
それもまた罪なのだろう。けれど俺はその罪を、どうにも憎む気にはなれなかった。
それだけの話だ。
「俺は君を責める気にはなれない。それでも罪を償うってんなら、そうさな……また、あの魔草巻を売ってくれ」
「ッ……レン、私」
俺が言うと、メルシーはボロボロと涙を零し始めた。
女の子が泣いた時なんて、どう対応すればいいかわからないから、俺はそれをただ、黙って見守っていた。
「ごめんなさい……あの時、レンのこと、心にもない悪口言って、嘘吐いてッ……人殺しなんて、私なんてこと……ずっと、謝りたくて……」
とりとめもなく、彼女は贖罪の言葉を口にする。
それはずっとせき止められていたものが溢れるようだった。
「……座って、あったかいもんでも飲めよ、淹れてやるから」
「うん……うんッ……」
そんな言葉しか出てこないけど、逆にそれでよかったのかもしれない。
考えていると、メルシーは咽び泣きながら、俺の方に寄りかかった。
ふと、思った。
もし彼女が同じ状況になったとき、その弱さと臆病さゆえに、また嘘を吐くだろうか。
そう少し考えて、止めた。
そんな状況にならないように、するしかない。
世話をするとは、きっとそういうことだろう。
そう思いながら、俺はあまり身体を動かさないように、メルシーの分の飲み物を作り始めた。




