表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/47

37 戦いの後の夜

 キャラバンへの襲撃は、ひとまずのところ大成功といえた。

 外にいた人数も含めれば五十はいたであろう盗賊共に対し、酒溜まりの鼠(レザボア・ラット)は半分以下の戦力だったにも関わらず、撃退することができた。

 しかも、こちら側の人的被害はほとんどなかったのだから、上手く行き過ぎて少し怖いくらいである。


 襲撃が終わった後の夜のこと。

 そんな大成功を収めたものだからか、酒溜まりの鼠(レザボア・ラット)の野営地はお祭り騒ぎになっていた。

 大抵の人たちは焚き火の周りに集まって、帰る道すがらで獲った獣を焼いたり、酒を片手に陽気に歌って、今日の襲撃での武勇伝を語り合ったりしていた。


 そんな彼らを遠巻きに見ながら、俺は温めたライ麦酒(ウイスキー)を片手に、これからのことを考えていた。 

 と言っても、盗賊云々のことじゃない。今のところ、それはファニの領分なわけで、俺があれこれ頭を悩ませても栓のないことだ。

 では、なんのことかと言うと――


「あ、レン……」


 すると、そんな聞き覚えのある声が聞こえた。

 声がしたほうに顔を向けると、そこにはメルシーが、気まずそうな顔で立っていた。

 

 やや色あせた、腿の上くらいまで丈がある、オーバーサイズのシャツを着ていた。

 モニカさん辺りが見繕ったのだろうか。


 まぁそれはともかく、これからのこと、というのは。

 つまり、そう、メルシーの処遇についてだ。


 というのも、盗賊たちから命からがら助かった後、メルシーが自分も連れてってくれと言いだしたのだ。

 一緒に行って、俺に罪を償いたいのだと。

 

 俺はそんなことどうでもよかったが、確かにあのままキャラバンに残っても、ストラトキャスター伯の慰みものになって、飽きられたら荒野で野垂れ死ぬだけだ。

 別に、それが彼女の選択だったら構わないのだが、あそこまで懇願されたうえに、酒場の一件があるとはいえ見知った顔だ。


 見捨てるのは、どうにも寝覚めが悪かった。

 だから、ひとまずメルシーを酒溜まりの鼠(レザボア・ラット)に仮入団させるという名目で、ファニやモニカさんたちに相談してもらうことにしたのだ。

 

 ちなみに、他の女の子たちはそのままキャラバンに残った。

 メルシーを見て我も我もと続くことはなく、ただ彼女たちは、それこそ先に来た盗賊と同様に、動かず、怯えた目で俺たちを見ていた。

 彼女たちにとっては、俺たちは救いの神などではなく、盗賊と同様の略奪者に見えたということだろう。

 まあ、否定はできないが。

 

「メルシー、話はどうだった?」

「うん、モニカちゃんって子が、レンが世話してくれるなら好きにしろって。ファニさんは、なんだか複雑そうな顔だったけど」

「そうか」

「それで、その……」


 メルシーはどこか言いにくそうに、服の裾を掴んで、下を向いていた。

 一体どういう……あぁ、なるほど、そういうことか。


 モニカさんが言ってた、『レンが世話してくれるなら好きにしろ』って言葉はつまり、俺に彼女の采配を託されてしまった、ということだ。

 だから、メルシーは俺に『世話をしてくれ』をお願いしに来た、というところだろう。


 ファニが複雑な顔をしていた、というのがよくわからないが。

 彼女は助けたい側の人だったはずだから、てっきり喜ぶもんだと思っていたが。

 まあ、それは今はいいか。


「いいよ、わかった。世話するよ」

「……え?」


 俺が言うと、彼女はまるで面食らったかのような顔で、呆けた声を出した。


「なんだよ、世話してくれって話じゃないのか?」

「いいの? だって、私あんな……」


 そこまで聞いて、ようやくメルシーが何を言いたいのか分かった。

 あの酒場での一件があるのに、そんなにあっさり許容していいのか、と聞いているのだろう。

 それに、あれは――


「いいんだ、別に。気にしてないと言えば嘘になるけど、だからって、君を憎んでるわけでもない」

「……なんでそんなすぐ、許してくれるの? 私、私のせいで、レンは――」

「君があの時どう言おうが、どうせ連中は屁理屈こねて、結局俺を捕まえたさ」

「でもッ……」


 声を震わせ、涙ぐんでる彼女に、何を言うべきかはわからない。

 正直な話、彼女のことを赦すべきかどうかもわからない。

 けれどなぜだろう、俺の口は、不思議と言葉を出していた。


「怖かったんだろ? 怖いから、嘘をついて、逃れようとした。それだけの話だろ」


 そうやって口に出して言葉にすると、ようやく、自分の心持ちの正体がわかった気がした。

 酒場で彼女に嘘を吐かれたとき、ショックを受けたのに、なぜか彼女にだけは憎悪とか、嫌悪とかいう気持ちにはなれなかった。

 あの時あったのは……そう、ただ、悲しかっただけな気がする。


 それは多分、彼女にあったのは悪意ではなく、ただただ弱さ故だったからだろう。

 クラインの連れの女や衛兵たちに圧倒され、彼らの望み通りに答えなかったらどうなるかわからなくて、それが怖かったから、彼らの望む嘘を吐いた。

 

 何ということはない。彼女はただ、臆病だっただけなのだ。

 それもまた罪なのだろう。けれど俺はその罪を、どうにも憎む気にはなれなかった。

 それだけの話だ。


「俺は君を責める気にはなれない。それでも罪を償うってんなら、そうさな……また、あの魔草巻を売ってくれ」

「ッ……レン、私」


 俺が言うと、メルシーはボロボロと涙を零し始めた。

 女の子が泣いた時なんて、どう対応すればいいかわからないから、俺はそれをただ、黙って見守っていた。


「ごめんなさい……あの時、レンのこと、心にもない悪口言って、嘘吐いてッ……人殺しなんて、私なんてこと……ずっと、謝りたくて……」


 とりとめもなく、彼女は贖罪の言葉を口にする。

 それはずっとせき止められていたものが溢れるようだった。


「……座って、あったかいもんでも飲めよ、淹れてやるから」

「うん……うんッ……」


 そんな言葉しか出てこないけど、逆にそれでよかったのかもしれない。

 考えていると、メルシーは咽び泣きながら、俺の方に寄りかかった。


 ふと、思った。

 もし彼女が同じ状況になったとき、その弱さと臆病さゆえに、また嘘を吐くだろうか。

 

 そう少し考えて、止めた。

 そんな状況にならないように、するしかない。

 世話をするとは、きっとそういうことだろう。

 

 そう思いながら、俺はあまり身体を動かさないように、メルシーの分の飲み物を作り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ