35 レンは自分で火をつけられない
――昨日のことだ。
キャラバンに乗せられた少女たちのリスト――さらに言ってしまえば、伯爵が買った女のリスト――の中にメルシーの名前を見つけたときは、正直かなり動揺したのを覚えている。
当然と言えばそうだろう。なんたって、王都の中央広場で店員をしてる子が、なんでこんなところに名を連ねなければならないのか。
さすがに俺の知り合いがリストにいたのは予想外だったのか、ファニやモニカさんも驚いていた。
もっともモニカさんの反応は、驚いていたというには少々大げさで、実際には『へぇ』と意外そうにしていた程度だったが。
『あぁそうか、思い出したぜ。どっかで見た名前だと思ったら、酒場でお前の窃盗をでっち上げたやつだろう、こいつ?』
モニカさんはけったくそが悪いといった表情で、俺に言った。
……いや待ってくれ、なんでそんなことを知っていんだ? あの日の酒場のことは、誰にも教えたことはないはずなんだが。
『……曲がりなりにも身内になる人間だ。身辺調査ぐらいするっつうの』
と、そんな俺の疑問は顔に出てしまっていたらしく、モニカさんは俺を見ながら、そう答えた。
なるほど、仲介者と呼ばれるだけあって、関わる人間のことはしっかり調べ上げてるらしい。
『どうする、レン? 助けてあげるつもりは、ない?』
すると、ファニがそんなことを聞いてきた。
彼女には珍しく、どこか歯切れの悪い感じだった。
『そういうとこはいつまで経っても甘ったれだな、ファニお嬢様よ』
しかしそれに答えたのは、モニカさんだ。
この人も珍しく……はないが、いつにも増して棘があるというか、苛立っている言い方だった。
『知り合いだからって助けるメリットがねえのは変わんねえ。増して、この女はレンを陥れようとしたやつだ。レンは報復こそすれ助ける義理なんざねえよ』
『そうだけど、その一回で全てを見捨てる必要はないはずだよ』
『だから助けてやれってか?』
『力ある者の責任がある。モニカだって、昔は私にそう教えて――』
『いい加減にしろよ!』
モニカさんは、突然に怒号を上げて、ファニの言葉を遮った。
それはもはや、ファニの言葉にこれ以上耐えられない、とでもいうようで。
『力ある者の責任? よく言えたもんだな!? 責任に振り回されたから、アンタの父様と母様は――』
と、そこまで言ったところで、モニカさんは口を噤んだ。
その顔はなぜか、『しまった』とでも言うように、青ざめていた。
ファニは、それに何も言わない。
ただ、どこか寂しそうに、モニカさんを睨んだ。
正直なところ、モニカさんが何を言いかけて、そしてなんでファニがこんな顔をするのかは、俺にはわからない。
横で右往左往しているロロンや他の仲間たちと同じく、俺もまた、成り行きを黙ってみることしかできなかった。
そんな静寂が、数秒間。
『……すまない』
『いや、いい……で、レン、どうするの?』
モニカさんの謝罪を受けたファニは、しかしはぐらかすように、俺に聞いてきた。
どうする、というのは恐らく、メルシーを助けるか否か、ということだろう。
これに関して俺の答えは、実はすでにもう出ていた。
別に、ファニのように『なるべく助けるべき』なんて考えは持っていない。
酒場でアリバイを嘘呼ばわりされたことを気にしてるわけではないが、かといって、わざわざ手間を使って助けるような義理もない。
とはいえ、モニカさんのように『見捨てるべき』と強く思ってるわけでもない。
何のことはない。こんなもの、難しく考えるようなものでもないのだ。
『タダじゃ助けねえよ』
俺はただ一言、そう言った――。
そして、現在。
「あの、すいません。この中で火魔法を使える方っています?」
一息ついて、キャラバンにいる人たちに聞いてみた。
というのも、俺は今日も今日とて魔草巻用の火打石を忘れてしまったのだ。
自分の物忘れのひどさにほとほと嫌気がさす。
聞くだけ聞いてみた結果は、当然の如く全員が無反応。
まぁ、こんな状況なら当たり前か……。
「……てめぇ、舐めてんのか?」
「あ、いやすいません、舐めてるつもりはないんですけど、ちょっと煙が切れちゃって……」
盗賊のリーダー格っぽい、ひときわ大きい男が俺を睨んできた。
怖いなぁ、あの人。見るからにヤンキーっぽいし、なんかメルシーの服ひん剥いて盾にしてるし。
ああいうタイプの人って、無条件に恐いんだよな。
……こりゃさっさと終わらせた方がいいな。
さっきからその、正直かなり目のやり場に困っているし。
てか俺これ、後で覗きとかでメルシーに訴えられたりしないよね? いや訴えられなくてもとっくに札付きだけど。
「あぁ、メルシー?」
「れ、レン……! お願い、前のことなら謝るから、助け――」
「酒場の話ならどうでもいいんだけどさ。助ける代わりにいくつかお願いがあんだわ」
そう言いながら、俺は魔草巻を咥える。
そして、メルシーを盾にしている盗賊を、真っすぐと見た。
「まず、その……裸を見たのを勘弁してほしい、てことと、あと――」
「殺せ、お前ら!」
俺の言葉を遮って、大男は仲間の盗賊たちに号令をかけた。
うへぇ、話してる途中で怒鳴るの、びっくりするからやめて欲しいわ。
さて、号令に合わせて、盗賊たちが一斉に襲い掛かってきた。
一、二、三……五人か。
全員強そうだし、人相も相まってちびりそうなほど怖い。
俺なんか、このうちの一人とでもまともに戦ったら、片手間に秒で殺されるのは間違いない。
そう、だから、俺はまともに戦わない。
「これ終わったら、火ぃ貸してくれ」
ポケットから、弾を取り出す。
この日のために用意した、先端に窪みがある鉄くずを、五つ。
右腕を伸ばす。
狙いを定める。
あとは、魔法をかけるだけ。
発動。発射。反動。反響。
それが五回連続、五人分。
二人は足に、二人は腿に、残る一人はわき腹に、それぞれ命中。
全員、動脈にあたる部分。
貫通はさせない、弾は肉にめり込む。
今回使った弾は、それができる形状なのだ。
「がッ……あッ……!?」
そんな詰まった悲鳴を上げたのは、撃った盗賊のうち誰だったか。
悲鳴はすぐに野太い絶叫へと変わり、襲い掛かってきた五人全員が、床に転がった。
「な、なん……!?」
絶叫を聞いた大男が、怯えたように狼狽えた。
彼を怯ませられないかとあえて即死しない部分を撃ったが、効果はてきめんのようだ。
あぁ、よかった。思ったより心理的負担に弱いタイプのようだ。
これで仕事がやりやすくなればいいけど。
「あれ?」
と、そんなとき、あることに気づいた。
何の気なしに魔草巻が入ったポケットに手を入れると、そこには入っているべき魔草巻が、一本も入ってなかった。
つまり今咥えてるこれが、最後のストック。
ラスト一本、というわけだ。
「……あぁー、ごめんメルシー、追加でお願いが」
「え、ぇ……なに?」
「助けたらさ、また君んとこの魔草巻、売ってくんない?」
ひょっとしたら、メルシーが捕まってたのは、逆に良かったかもしれない。
無味無臭の銘柄、もう彼女のところでしか売ってないから。
なんて、どこか不謹慎なことを考えてしまった。




