33 盗賊と女たち◆
――酒溜まりの鼠が領主と契約を結んでから、一日後。
砂塵が舞い、太陽の熱が容赦なく地面を焼く荒野の中にて。
熱された地を、大きな馬が十何頭も駆けている。
その轟音は遠くまでよく響いて、豪快な馬の体躯と併せて、うら寂しい荒野の中で、存在を一等際立たせていた。
よく見ると、その馬の集団は、ただの群れではないようだった。
彼らには丈夫な縄のようなものが取り付けられており、その後ろにある、これまたひと際大きい、ちょっとした家屋と言えるくらいの馬車が繋がれていた。
『キャラバン』と呼ばれるそれは、ここナワガカ荒野にあるナンショー海岸と、ヨーキトー王国の物流を担う巨大な輸送馬車である。
とはいえ、盗賊が現れ頻繁に襲われる今となっては、とても『担う』という言葉を使えるほど、キャラバンは役割を果たせてはいない。
盗賊に襲われるのがわかっているからか、もはや真っ当な税関検査など行われているはずもなく。
輸送される品物も、特に珍しくない調度品や嗜好品など、最悪奪われても困らないもののみだ。
そんな有様だからだろう、キャラバンはもはや、歪んだ欲望を持った王侯貴族たちのために、嗜好品や香辛料を送る、配送サービスと化していた。
届く確実性は低いが、だからこそお目こぼしされている、シークレットサービス。
今この時、キャラバンに乗っている、あるいは載せられている彼女たちもまた、そんな品物たちであった。
少女たちがキャラバンの中に、所狭しと詰められている。
そんな中、少しでもスペースを節約するようにと、膝を立てて座らされているメルシー・ヴィレットは、虚ろな目をしていた。
「……なんで」
消え入るような声で、彼女はどこへともなく呟く。
そんなことを、彼女はキャラバンに乗ってからずっと、何度も何度も繰り返していた。
なんで、どうして。
そんな答えの出るはずのない問いを、誰にでもなく、何度も何度も。
なぜヨーキトーで露店の店員をしているはずのメルシーが、こんな場所にいるのか。
その理由は、呆れかえるほどに単純なものだ。
結論だけ先に言ってしまうと、メルシーは罪を犯したことになっており、その罰則――という体で行われている、貴族のお慰めのための人員調達――の一環として奉公に行くことになってしまったのだ。
きっかけもまたシンプルなものだった。
レンが酒場から逃げたあの時、メルシーは彼と少しだけ話をした。
当人たちからすれば、話したとすら言えない短いやり取りだったが、他人からはそうも見えなかったらしい。
どのような悪意を持って伝わったのか、その場にいた誰かがその様子を見て、メルシーがレンの逃走を助けたということになってしまっていたらしい。
そのせいでメルシーは逃走幇助の罪に問われ、ろくな裁判などもないまま、今に至るというわけだ。
またその罪が、レンを捕まえ損ねた衛兵たちの失点を補うためだけにでっち上げられたものなのだが、それを彼女が知る由はなかった。
ここに押し込められるまでの経緯を思い出しながら、メルシーがうわごとを繰り返して、果たしてどれほど経っただろうか。
馬車に乗っている少女たちが時間の感覚もなくなってきたころ、不意に馬車が、大きな揺れと供に止まった。
衝撃が起きた。
魔法か何かがぶつかった、そんな音と共に。
「きゃあッ!?」
「なに、なによ!?」
針でつついたように、うなだれていた少女たちが、一斉にパニックになる。
それはメルシーも例外ではなく、頭を抱えて震えていた。
「もうやだ、やだよぉ……! 家に帰りたい……」
そんな泣き言も、しかし聞くものは誰もいない。
ただ彼女は、うずくまって震えるしかなかったのだ。
そんな時だ。不意に、車内と外を隔てる扉が、勢いよく開かれた。
メルシーは何事かと思ってそちらを向くと、ここに乗せられる前にも一瞬見た、キャラバンを護衛しているはずの兵士がいた。
「ようし落ち着け、落ち着けよお嬢さんたち。大丈夫だ、あるお人が品定めをするだけさ」
そんなことを言って、御者の男はキャラバンの中へと入り、かと思えば扉のすぐ横で佇んだ。
そしてすぐに後ろから、ぶっきらぼうな動きで入ってくる、大男が見えた。
「……へえ、結構上玉もいるじゃねえか」
その大男は、薄汚れたコートと、顔を隠す煤けたマフラーを身に着けた、ガラの悪い印象だった。
それに続いて、似たような格好の男たちが、何人も車内に入ってくる。
メルシーはすぐに分かった。
領主じゃない、あいつらは盗賊だ。
「あぁー、お嬢さん方、よく聞け」
大男は帯刀しているサーベルを抜き、光のない目をして宣った。
それは言外に、『騒いだら殺す』と言っていることが、メルシーにはすぐに分かった。
「これからお前たちの何人かは、俺たち『ワイルド・ギース』が貰い受ける」
まるでそれが当然とでも言うように、盗賊の大男は言ってのけた。
メルシーは意味がわからなかった。
それは、他の少女たちも同様だろう。
なぜこんなに堂々と、盗賊たちがキャラバンに入り込んでこれるのか。
それどころか、あの兵士の様子を見るに、進んで盗賊たちを入れているようにさえ思える。
一体、それは何故か?
「奪りすぎないでくださいよ? 我々も今更、転職活動はしたくない」
「わかってるさ、『根こそぎは御法度、貞淑に』だ。こんないい餌場、わざわざ辞めさせる真似はしねぇよ」
その答えは、兵士と盗賊のやり取りにある。
盗賊といえど、何もキャラバンにあるものを、毎度毎度根こそぎ奪っていくようなことはしない。
そんなことをしてしまえば、そもそもこのキャラバン自体が意味のないものとなって、廃止されてしまう。
ある程度はしっかりと品物を届けさせて、輸送車の役割も最低限やってもらう。
そうすることで、兵士たちは職にあぶれず、盗賊たちは定期的な餌場を手に入れられる。
誰に言われるでもなく、利害の一致から、自然とこの形に落ち着いたのだ。
無論、盗賊側が酷く有利なものであることは、間違いないが。
「よし立て、お嬢ちゃん方。おらさっさとしろ!」
大男は、突然怒号をあげる。
場を支配するため、あえてそうしているのだ。
案の定、メルシーも含めた全ての少女たちが、怯えた声を上げながら、次々に立ち上がる。
「よしお前ら、好きに選べ。一人ひとつだぞ」
「こいつはいいや、このところご無沙汰だったからな」
「一番乳がでかいのはどいつだ? 俺に寄越せよ」
すると盗賊たちは顔をニヤつかせながら、まるでウインドウショッピングでもするように、舐めるように少女たちを見た。
頭からつま先のてっぺんまで見て、気に入った子がいれば、その子の首根っこを捕まえて連れて行った。
「やだ! やだやめて!お願い許し――ガハッ!?」
その時に抵抗した少女は、腹を殴られ、黙らされた。
メルシーはそれを見ながら、ガタガタと震えて、怯えることしかできなかった。
盗賊のリーダーであろう大男が、だんだんとこちらに近づく。
その品定めするような視線が、前にいる少女から、メルシーのところへ。
「ほう……」
すると、そんな声を出して、大男はメルシーの目の前で止まった。
「おいお前、動くなよ」
「へ? な、なにを――」
メルシーがそう聞き返そうとした、その時。
大男は突然ナイフを取り出し、メルシーの衣服を下着ごと破り去った。
「ひっ!? や……」
「ふむ、ガキみてえな顔のくせに、そそる身体してるじゃねえか。高く売れそうだ」
そんなことをぶつぶつと言いながら、大男は一糸纏わぬ姿となったメルシーの手首を掴む。
彼女は直感で理解した。
このまま連れてかれたら、人間としての一生が終わる。
死ぬよりも辛い地獄が待っている、と。
「い……やだ、助けてッ……誰か! いやぁ!」
彼女は必死に暴れるも、掴まれた腕は振り解ける気配もない。
「こりゃ活きがいいぜ。仕込み甲斐があるってもんだ」
大男のそんな言葉も聞こえず、メルシーはパニックになりながら、届くはずのない助けを求めた。
「助け、助けて! お父さん、お母さん! 助けてよ――」
そして彼女は、叫ぶ中で、彼を思い出す。
ずっと罪悪感に苛まれていた。
自分の臆病さと弱さゆえに、陥れてしまった彼を思い出し生き残りたいがために、許しを請うた。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 怖かったんだよぉ! 謝るから、謝って償うから、だから――!」
「なんだ? おいおいショックでイかれちまったか?」
「お願い、助けて!」
身勝手だ。そんなことはわかっていた。
それでも彼女は、その名を呼ばずにはいられなかった。
「レン!」
瞬間、破裂音。
甲高い音が、キャラバンの中にこだました。
何か硬いものが、壁を貫いたような、そんな音。
「ぐぁッ!」
すると大男が、突然そんな呻き声をあげ、メルシーを掴んでいた手を離した。
「……え?」
メルシーはその光景を唖然とした表情で見ていた。
理解が追いついていないのだ。
当然だろう。なんて、急に晴破裂音がしたと思ったら、大男の腕が、血まみれになっていたのだから。
「なに、が……」
そう思いながら辺りを見回すと、メルシーはあることに気づいた。
キャラバンの壁に、見覚えのないまるで鋭いものが貫いたような穴が、わずかな焦げ臭さと共に、できていたことを。




