32 予想外の顔見知り
「あ、姐さん、レンさん! お、お疲れ様です!」
馬車に戻ると、待っていたロロンがパッと明るい顔をして、出迎えてくれた。
「ただいま、ロロン」
「ただいま」
俺とファニは返事をして、そのまま馬車に乗った。
ほどなくしてロロンは馬車を走らせ、ストラトキャスター伯の城塞を後にしたのだった。
「ど、どうでしたか? 取引、上手くいきました?」
「う……」
ロロンの問いかけに、俺は思わず言葉が詰まってしまった。
どうやって答えたものか……ロロンの顔を見てみると、これがまあ目をキラキラさせて期待に満ちていることで。
こんな状態の彼女に『あいつら反故にする気満々だよ! ついでにファニのことエロい目で見てたよ!』なんて言ったらどうなるか。
ファニへの心酔具合に加えて、衛兵をやり過ごすときでさえ、初手で殺傷を考える子だ。
そんな子に事の顛末を話したら最後……あぁ恐ろしや。
「大成功だったよ、ロロン。ほらこれ、伯爵のサインが入った書状」
すると、なんとファニが臆面もなく、ロロンに言ってのけた。
「わ、わぁ! ホントだ! さ、さすがです姐さん!」
ファニに差し出された書状を見て、ロロンは素直にはしゃいでいた。
これ、いいのか? なんてことを思ってファニのほうを見ると、彼女は俺を見て、声を発さずに口だけを動かした。
『合わせて』
口の動きだけでそう伝える彼女をよく見ると、頬から冷や汗が伝っていた。
……なんとなくだが、わかった。
当然ながらファニは、俺より何倍もロロンとの付き合いが長い。
俺が懸念していることに、彼女が気づかないはずもないのだ。
何だったら、実際に何度かロロンの暴走を見たことがあるのだろう。
普段は見せない真剣な眼差しが、俺にそれを否応なく理解させた。
「どうしたんですか、二人とも見つめ合って?」
「あ、あぁいや、何でもない」
「そ、そうそう、なんでもないよ、ロロン」
ロロンの疑問に、俺とファニはそんなふうに誤魔化した。
ただ誤魔化しきれてはいないようで、ロロンは訝しんだまま、横目で俺たちを見てる。
ど、どうしたものか……。
「ほ、ほらロロン、他のみんなと合流しよう。野営地に向かって」
「……わ、わかりました」
すると、ファニがいい感じにはぐらかしてくれて、ロロンは前に向き直ってくれた。
よかった、とりあえずは助かったか……。
しかしそれにしても、ファニはどうやって、連中に約束を守らせるつもりなのだろうか?
武力や暗殺を匂わせて、伯爵を脅しでもするのだろうか。
しかしだとしたら、『俺に守ってもらう』というのは、一体……?
そんな疑問が俺の頭の中を、ぐるぐると駆け巡っていた。
結局、目的の野営地に着いても、その疑問の答えはついぞ出ることはなかった。
馬車に揺られてしばらく。
俺たちはナワガカ荒野の中でも、とりわけ傾斜の多い場所の、谷の下側の方へと向かっていった。
谷のほうを見ると、見知った顔が何人もいて、それぞれ野営の準備を進めていた。
言ってしまえば、そこは酒溜まりの鼠の簡易的な拠点であった。
「つ、着きました」
ロロンの言葉とほぼ同時に、馬車が止まる。
「ありがと、ロロン」
ファニはそう言って、馬車から降りて、皆がいる野営へと向かっていった。
彼女に続くように、俺とロロンも馬車から降りる。
すると、ファニに向かって何人か――というよりほとんど――が彼女のもとに駆け寄ってくるのが見えた。
「ボス、お疲れ様です!」
「お疲れ様です姐さん!」
「……だから、いちいち出迎えなくていいって」
手厚い歓迎に辟易するように、ファニはこめかみに手を添えた。
この光景も、もはや見慣れたものになってきたかもしれない。
「取引は上手くいったんか、お嬢様?」
すると、彼らの後ろの方から、モニカさんがファニに話しかけてきていた。
特に大きな仕事だからか、普段は酒場に常駐しているモニカさんも、今回は俺たちに同行していた。
曰く、『貴族共から金を巻き上げるのが私の仕事』とのことだ。
なにやら俺たちとは別行動で、いろいろと悪だくみをしているらしい。
「まぁ、おおむね期待通りだよ。そっちは何か収穫あった?」
「そうだな、こんくらいか」
と、モニカさんはファニに、一枚の紙切れを渡した。
何の気なしに覗いてみると、そこにはなにやら、名前のようなものが何人分か書かれている。
「これは……?」
「ここ数日間に乗る予定の、キャラバンに乗る人たちのリストみたいだね」
「キャラバンのって、なんでまた?」
ファニの答えに、そう聞き返した。
ここのキャラバンが荷物だけではなく、 まだ人も乗せていたということは意外だった。
けれど、なぜわざわざ乗る予定の人間を、こうやって記しているのだろうか?
「あのキャラバンはな、荷物の他に、ストラトキャスター伯に特別な香辛料を届けてんのさ」
「特別な香辛料?」
モニカさんのその答えに、余計に謎が強まる。
どうやら俺がわかっていないことに気づいたらしく、モニカさんは頭を掻いて、話し出した。
「そこに書いてあんのはな、みんな若い女ばっかだ。食うに困ったり、口減らしに捨てられたりした連中さ。そいつらが数日中に、伯爵に届けられる」
「……なるほど、香辛料か」
すると、ファニは察したらしく、親の仇でも見るような顔で、リストが書かれた紙を強く握った。
「まだわかんねえか、レン? そこに書かれてんのはな、伯爵へ献上されるスパイスだよ。僻地で勤労されてる領主様に癒しを……てな具合のな」
「あぁ……なるほど」
そこまで言われて、ようやくモニカさんの言わんとすることが理解できた。
なるほど、つまり、ストラトキャスター伯への奉公のために集められた女の子たち。
言うなれば、『そういう目的』のために買われた子たち、ということだ。
盗賊に狙われやすいキャラバンで輸送しているのは、単純にそれしか方法が無いからだろうか。
それに、襲われて品物が消えるなんてのはしょっちゅうだろうから、何を運んでいるかなんて、いくらでも誤魔化すことができるのだろう。
なんともまあ、お盛んなことに頭が回るものである。
あの痩せこけたおっさんが、買われた女の子相手にハッスルしている様を想像してしまい、気分が悪くなってしまった。
「没落貴族の娘でもいりゃあ、助け出して恩を売れると思ったんだがな、残念なことに平民ばっかだ。放っておいていいだろう」
「み、見捨てるんですか!?」
しれっとしたモニカさんの言葉に、ロロンが慌てたように反論した。
すると、モニカさんは彼女を睨んだ。
「おいロロン、私たちはなんだ、弱気を助ける騎士団様か? ちげぇだろ、ただのチンピラの集まりだろうが」
「で、でも、だからって見捨てるなんて――」
「いいか、私たちは無償の奉仕なんてしてる余裕はねえんだよ。そんなに人助けがしてえんなら、教会の懺悔室に行って、ジジイのマスカキ話でも聞いてやるんだな」
モニカさんのその言葉を最後に、ロロンはただ「うぅ~ッ……!」と涙目で唸るだけで、それ以上反論しなくなった。
しかしモニカさんも、ファニとは別の意味で口が回る人だな。
「ファニ、お前もだぞ」
すると、モニカさんは、先ほどから険しい顔で黙っていたファニに向き直る。
その言い方は、まるでくぎを刺すかのようだった。
「……なにがさ?」
「そいつらを解放したとしても、野垂れ死ぬ場所が盗賊のねぐらか領主のベッドか、その選択肢に荒野が加わるだけだ」
「じゃあ、なんでこんなリスト渡したのさ」
「その香辛料どもと会ったときに、余計なことさせないためさ。いい加減現実を見ろよ、お嬢様」
モニカさんの話に対して、しかしファニは何も言い返さなかった。
ただ、悔しそうに唇をかんで、モニカを睨むだけにとどまっていた。
こういうファニは珍しいようで、周りにいる仲間たちも、どこか気まずい雰囲気を出している。
確かに、この妙に重い空気は、居心地が悪い。
正直モニカさんの言うことは、冷酷だがもっともだと思う。
彼女らを解放したところで、もはや帰る場所など、どこにもないのだし。
俺としては、モニカさんの意見に同意する。
しかし、もう少し言い方がなかったものか、とも思う。
誰も一言も発せなくなって、いたたまれない空気になってしまっているし。
うーん、気まずいなあ。
「……ん?」
と、視線を泳がせていると、ふと香辛料のリストの中に、見覚えがあるような名前が見えた。
……ウソだろ? まさか。
「ご、ごめんファニ、ちょっとそのリスト見せてくれ!」
「え? あ、うん……」
困惑するファニからリストを奪って、その名前を凝視する。
何度も目をこすって、瞬きをして、見間違いではないかと、半分そんな願望を抱きながら何度も見直す。
けれど、そこに書いてあるのは間違いなく、知っている名前だった。
「……メルシー?」
メルシー・ヴィレット。
よく魔草巻を買いに行ってた、あの露店の店員。
あの日あの酒場で、決別したはずの彼女の名前が、そこには書いてあった。




