31 荒野の辺境伯
衛兵は俺たちをある一室に案内した後、ここで少し待つように言い残してから、部屋を出て行った。
案内されたその部屋が応接室であろうことは、テーブルを隔てて向かい合うように置かれたソファと、必要以上に豪華な調度品などから予測できた。
「やっぱり、ここ最近はめっきりお客なんて来てないらしいね」
ソファに綺麗な姿勢で座っているファニが、後ろで立っている俺に振り向いて、そう言った。
これから大事な取引だというのに、全く緊張している様子がないみたいだ。
「なんでそう思う?」
「要所要所の掃除が甘い。調度品の横とかカーテンの裏とかに誇りが溜まっているみたいだ」
「単にズボラなんじゃ?」
「他の部屋ならそうかもしれない。でも応接室はひっきりなしに客が来る、貴族にとっては『顔』と呼べる場所だからね。見栄っ張りなあの連中が、ここを蔑ろにするなんてありえないよ」
ファニの言葉を聞いて、なるほどなと思った。
言われてみれば確かに、対面を第一に考える貴族連中が、応接室の見栄えを軽んじるはずがない。
この部屋はいわば、対面の最前線なのだから。
「貴族の生態に詳しいよな、ファニは。やっぱり何度もそういう連中を相手取ってきたわけか」
「ん……まぁ、ね……」
何の気なしに聞いたつもりだったが、ファニはどうにも答えづらいように口ごもった。
なんだろうか、ひょっとしたら何か、彼女にとって嫌なことを聞いてしまったのかもしれない。
不味ったかな……?
――なんて考えていると、不意にドアが開き、先ほどの衛兵が入ってきた。
「領主様のおなりだ、失礼のないように!」
その言葉に、俺は思わず姿勢を正す。
ファニは特に気にしていないようで、微動だにせず、ただドアの先を見つめていた。
するとドアの先から、豪華な身なりの中年男が、数人の護衛と、執事らしき人と共に入ってきた。
その顔は身なりに似合わず痩せこけて、イライラとした表情を隠そうともしていない。
中年男は勢いよく対面のソファに座り、身を沈めた。
疲れた顔の男だった。
憔悴しきっていて、余裕もない。そんな印象を受けた。
これが、ビリー・ストラトキャスター伯爵のようだ。
「お目にかかれて光栄です、ストラトキャスター伯、私たちは――」
「挨拶なんぞ要らん。貴様らがどこの誰かなんぞ興味もないわ」
眉を顰め、指をカタカタと揺らしながら、伯爵はファニの挨拶を遮った。
余裕がなさそうだという印象は、どうやら当たっていたらしい。
苛立った様子も隠さず、領主は続けた。
「貴様らが盗賊を討てるなどと宣うから、わざわざ時間を作って会ってやっているのだ。早く話を聞かせろ」
「話が早いようで助かります、伯爵。では――」
そう言ってファニは、ゆっくりとした動作で脚を組んだ。
その動きはどうにも蠱惑的で、だからなのか、伯爵の視線がファニの脚を注視しているのが見て取れた。
スカートの中を覗こうとしているのがまるわかりだ。
睨みつけて牽制してやりたい気持ちがあったが、耐えた。
これも含めてファニの狙いならば、俺がしゃしゃり出たら台無しになってしまうかもしれない。
それは御免こうむりたかった。
「単刀直入に申し上げます。私たちの方で盗賊を討伐いたしますので、その暁にキャラバンを少し使わせていただきたいのです」
「キャラバンだと? 一体何のために?」
「輸入業に使わせていただければと思っておりまして。というのも最近、とある国の上等な絹糸を仕入れることができましたもので」
「ほう……要求はそれだけか?」
「えぇ、それ以外は一切求めません。我々が失敗しても伯爵は損をせず、成功すればナワガカの治安を回復させた立役者として、本国から褒賞を賜るでしょう」
ファニは芝居がかった口調で一通り言い終わった後、「どうです?」と伯爵に聞いた。
話を聞く限りでは、伯爵側に損は全くない、受けない道理もない取引に聞こえるが……。
「……ひとつ聞かせろ、輸入するという絹糸、どこの国のものだ?」
と、伯爵は訝しんだ顔で、そう聞いてきた。
まぁ、やっぱりその辺は怪しむよな。
キャラバンを輸入ルートとして使わせるということは、領主が認めた品物ということになり、それはすなわち、ヨーキトーの税関を素通りできるということになる。
もし輸入品が違法なものであることがバレれば、それを通らせたとして、伯爵への責任は免れない。
余裕はないのだろうが、けれどそれに気づかないほど、彼はバカでもないようだ。
「はい、マーグン国のものです。近年あそこで発見された新種の蚕が、素晴らしい絹を生み出すようでして、我々もようやく契約することができました」
淀みなく、ファニはそう言いのけた。
よくもまあこうまで口が回るものだと感心する。一切表情を変えずにできるのだから、恐ろしいもんである。
「よろしければ、輸入が成功した際には、伯爵にも製品を献上させていただきたく思います。いかがでしょうか?」
「……ふん、どうやら嘘ではないようだな」
ファニの言葉に伯爵がそう返すと、彼は近くにいる執事に耳打ちをした。
一通り執事とのやり取りが終わった後、伯爵はこちらに向き直った。
「いいだろう、やることをやればキャラバンは好きに使わせてやる。見事盗賊を討ってみせよ」
「ありがとうございます伯爵。では合意の証として、こちらの書状にサインをお願いいたします」
「ふん、念入りなことだ」
そんな悪態をつきながらも、伯爵はファニが出した書類に、躊躇なくサインしてくれた。
ということは、契約成立ってことか。
あぁ、正直かなりホッとした。許されるのならこの場で大きく息を吐きたいくらいだ。
「確認いたしました。ありがとうございます」
「よし、では行け。成功を願っているぞ」
書類を受け取ったファニに、伯爵はぶっきらぼうに退室を促した。
もちろん、特に断る理由は理由は無いので、ファニは即座にソファから立つ。
「では、失礼いたします」
ファニはそう言って頭を下げる。俺も倣ってお辞儀をしてから、二人そろって部屋から出た。
「……あぁ、疲れた」
領主の城から外に出て、ようやく人心地着いたところで、俺は思わず言ってしまった。
「ありがとうレン、お疲れ様」
それに対して、横にいるファニが微笑みながら、そう言ってくれた。
見た感じ、彼女はあまり疲れてい無さそうだった。
やはり場慣れしているのだろう。
「けれどよかった、思ったより契約がスムーズに行って。もう少し手こずるもんだと」
「……本当にスムーズに行ったと思う?」
「え?」
ファニの言葉に、ついそんな声が出てしまった。
どういう意味だろうかと思っていると、彼女は俺に近づいて、何のつもりか手を耳に添えた。
「え、あの……なに?」
「耳を澄ましてみて」
なんてことを言われ、意味がわからないまま、俺は口を閉じて耳をそばだてた。
……なんだ? 何か聞こえて――
『ビリー様、本当に連中の要求を聞くので?』
『聞くわけがないだろう、あんな与太話を。絹糸か何か知らんが、そんな得体のしれんものを、私の名でヨーキトーに入れられるか』
「なッ……これは……!?」
そこから聞こえた声の、まず片方は間違いなく、先ほどのストラトキャスター伯のものだった。
これは……ファニのスキルか、魔法?
「ほら、聞いてみて」
ファニにそう言われ、俺は動揺が残りながらも、再びファニのに耳を傾ける。
『どうせ盗賊に返り討ちに合って終わりだろうが、万一の時は奴らを城に招待して、殺してしまえばいい。そうすれば、私はなんのリスクも負うことなく、盗賊退治の名誉を受け取れるというわけだ』
『承知いたしました、ではそのように』
『いや待て……さっきの話してる方はイイ女だった、殺すには惜しい。みすみす盗賊に殺される前に、飼って楽しませてもらってもいいかもな』
なんてことを宣うと、ストラトキャスター伯は耐えられんというように、クックッと笑っているのが聞こえた。
……なるほどな。連中、最初から反故にする気だったってことかい。
「レン、顔恐いよ?」
「……険しくもなるさ、そりゃ」
ファニの言葉に、俺はそんなことしか返せなかった。
そんな程度には、今の俺には憤りがあったのだ。
「どうするんだファニ? あいつら、最初っから約束を守る気なんてないぞ」
「わかってるよ、そんなの。まぁ、その辺は対策するから、大丈夫」
「なに?」
俺がそう言って首を傾げると、ファニはどこか面白そうに、微笑んだ。
「その時は、レンに守ってもらうことになると思う」
「え……まてよ、どういう――」
「まぁその辺は、盗賊退治が終わってから話すよ。じゃあ戻ろうか」
彼女は俺の言葉を遮って、それだけ言うと歩いていった。
……意味がわからなかったが、俺に守れというのであれば、それに従わない訳にはいかないだろう。
そんなことを思いながら、俺はファニと一緒に、ロロンの馬車へと戻っていった。




