30 衛兵への交渉
「な、何者だ貴様ら!」
門の前に到着したところで、衛兵であろう二人のうちの片方が、狼狽しながら俺たちに言ってきた。
もう片方の方も似たような感じ。槍を向け、警戒していながらも、どこかしり込みしている。
この慣れてない感じから見て、恐らく来客など滅多にないのだろう、ということがわかった。
「失礼、我々は酒溜まりの鼠というものです。この度ストラトキャスター伯に良い商談がございまして、ぜひにお耳に入れたく、はせ参じました」
「れざ……? 商人が来る予定など聞いていないぞ、怪しい奴らめ!」
ファニが通り一遍の挨拶をするも、その態度が軟化することはなく、衛兵は上ずった声のまま、槍を向けるのを止めなかった。
「……ちょっと待ってくれ、約束してないの?」
「事前に言ったら会ってくれると思う?」
ファニは当たり前だろうとばかりに、しれっと答えてきた。
いやまぁ、仰る通りかもしれないけど、にしたって……。
「まぁ、少し待っててよ」
俺の不安を受け流すかのように、ファニは微笑んだ。
ボスにそう言われてしまった以上、俺は何も言うことはできず、黙って見守る以外になかった。
「お疲れ様です、衛兵さん。どうにかストラトキャスター伯に一目お会いしたいのですが、ダメですか?」
「ダメだダメだ! ただでさえここは盗賊共のせいで、ビリー様はお忙しいのだ。貴様らのような得体のしれない連中まで相手にしてられるか!」
「その盗賊共を掃除して差し上げます。といったらどうします?」
「……なに?」
衛兵はファニの言葉に、なんとも言えない顔で聞き返した。
怪しく感じているのはそのままに、僅かに興味を持ったような、そんな感じ。
すかさず、ファニは続ける。
「今回私たちは、伯爵の悩みの種を取り除けるであろうお話を持ってきたのです。どうかお話だけでもさせていただけませんか?」
「し、しかしだな、事前に書状などを持っていないものは、通さない決まりで――」
「……衛兵さん、お名前はなんですか?」
と、ファニは脈絡なく、衛兵の名前を聞いた。
俺は急になんだ? と思ったが、それは衛兵も同じらしく、訳が分からないとばかりにフリーズしていた。
「お名前ですよ。自分のお名前、覚えていませんか?」
「わ、私か? ……ニールだ」
「そちらは?」
ファニは、先ほどからだんまりを決めていたもう片方にも、同じように聞いた。
「や、ヤングスだが」
「ありがとうございます、ニールさん、ヤングスさん……先ほども言いましたが、私たちはこれから、盗賊退治の仕事をしようとしております」
するとファニは、どこか芝居がかった口調で話し始めた。
それはどこか聞き入ってしまうような、不思議な声色だった。
「ご存じの通りこの辺の治安の悪さは有名です。そして、その原因が辺り一帯を根城にしている盗賊共なのは言うまでもありません」
「さっきから何が言いたいんだ、貴様!」
「もし私たちが盗賊退治を成し遂げ、治安を回復できれば、それを依頼したスポンサーの慧眼さは、一気に知れ渡ることでしょう」
ファニの言葉を聞きながらも、衛兵たちは彼女を凝視したまま、動けないでいた。
それにも構わず、彼女は続ける。
「私はそれがストラトキャスター伯だったらどんなに良かったかと思ったのですが、どうやらそうもいかないようです」
「なん……ッ」
「他のスポンサーを探すことにします。あぁ、そうなると盗賊退治が成功した時、もし伯爵に『何故私のところに来なかった』と聞かれれば、こう答えるしかないでしょうね」
ファニは妖艶な笑みを維持したまま、上目遣いで彼らを見つめた。
「行きたいのはやまやまでしたが、ニールさんとヤングスさんに止められて、止む無く断念しました、と」
ファニがそう言い放つと、衛兵たちは底冷えしたように、顔が真っ青になった。
つまり彼女は、こう言っているのだ。
せっかくのおいしい話を、お前たち衛兵の独断で断っていいのか。
そのせいで伯爵が儲け話を不意にしてしまったら、お前たちが責任を被ることになるが、それでいいのか、と。
なんというか、交渉が上手いというか、そこ意地が悪いというか……。
しかしなるほど、こう言ってしまえば、衛兵はとりあえず、領主に確認くらいはするだろう。
誰だって、できれば責任など負いたくないのだから。
すると、衛兵たちは迷ったように、二人でぼそぼそと話し始めた。
ほんの少しするとそれも終わり、彼らは俺たちの方に向き直った。
「……しばし待て、ビリー様に確認してくる」
案の定、衛兵の片方がそんなことを言ってから、城の中へと消えていった。
とりあえず、ここまではOKってことか。
「ここまでくれば、もう大丈夫なはず」
「え、そうか? これでストラトキャスター伯が問答無用で断ったら、それで終わりじゃ――」
「伯爵は断らないよ」
俺の疑問に、ファニは即答した。
なんでそんなことが断言できるのか、と思うと、彼女は続けた。
「盗賊退治は伯爵の悲願だからね。騎士団じゃ力不足だし。王国は魔物に夢中で力を貸してくれない。盗賊さえなんとかできるなら、それこそ藁にもすがりたい思いのはず」
「な、なるほど……」
そんなことまで考えているのか、などと感心していると、城に入っていった衛兵が戻ってきた。
駆け足で来た衛兵は息を切らしながらも、俺たちの前で姿勢を正して、言った。
「ビリー様が、話だけでも聞いてやるとのことだ! 来い、くれぐれも粗相のないように!」
そう言って、衛兵は残る一人に門番を頼んでから、俺たちについてくるよう促した。
「ほらね」
と、ファニはしてやったりと言わんばかりの顔で、俺を見た。
「……すごいな」
俺はそれしか言えなかった。
いや、全くもって驚きだ。普通身分のしれないものが貴族に謁見なんて、言っただけで殺される可能性だってあるというのに。
ファニはその話術と身振り手振りで相手の情動を司り、意のままに操ってみせたのだ。
なんで彼女がならず者たちのボスをやれているのか、その一端を垣間見た気がした。
「ほら、行こうよ」
ファニに言われて、俺は彼女と共に城の中へと入っていった。
とはいえ、問題はこの後だ。
ストラトキャスター伯が、話の分かる人だといいが……。
そんな一抹の不安を抱えながら、俺はファニの後をついていった。




