28 新しい仕事
モニカの酒場に到着すると、店の外からでもはっきりとわかるくらいの、喧騒が聞こえた。
どうやら今日は結構な人数が集まっているらしい。それはつまり、今回の『仕事』がそれだけ大がかりであることを示していた。
「まったく、皆もうお祭り気分だ。まだ始まってもいないっていうのに」
「まぁ、無理もないとは思うけどな」
しょうがないといった感じにため息を吐くファニに、俺はそんな返しをした。
実際のところ、今回から始まる仕事である『魔界アイテムの仕入れ』が上手くいけば、莫大な儲けになることは想像に難くない。
捕らぬ狸の皮算用と言われようと、狸が罠にかかる見込みがあるのならば、期待もしようというものだ。
俺も他人が苦手でなければ、彼らのようにはしゃいでいたかもしれない。という程度には理解できる。
「じゃ、行こうか」
そう言って、ファニはドアへと近づいていったので、ただそれについていった。
ちなみにベルスターの一件で壊れた店は、いつの間にか直っていた。
何をしたのかは全くわからないが、ベルスターが直したらしい。
気づけば入り口だけではなく、割れたはず酒瓶や調度品まで全て元通りになっていたのだから、本当に魔王の力とは得体のしれない者である。
ファニがドアを開ける。
するとその瞬間、あんなに賑わっていた店の中が、一瞬静かになった。
ファニの後について入ると、店の中は二、三十人近くの人たちで埋められていた。
その中には、ロロンやモニカさんといった、見知った人たちもいる。
その全員が、ファニが入ってきた途端、一様に彼女に視線を向けたのだ。
「ボス!」
「ボス、お疲れさまです!」
「あ、姐さん! ……レンさんも」
間を置かず、何人かが席を立ってファニに挨拶をしていた。中には当然、ロロンも含まれている。
他の人は特にアクションは起こさないが、ファニの一挙一動を注視して、これから来るであろう指示を今か今かと待ち構えているかのようだった。
こういう場面を見ると、彼女は本当にここのトップなのだということを、改めて思い知らされる気分になるな。
「おい、アイツって……」
「あぁ、噂のヒュドラ殺しだ」
「マジかよ、そんな力があるようには見えねえが……」
と、不意に聞こえてきたそんな声に気づいた。
声の方をちらりと見てみると、何人かの人たちが俺を懐疑的な目で見てきていた。
どうにも気まずいというか、いたたまれなくなって、そこから目を逸らした。
うぅむ、やはりまだ、こういう人がたくさんいるところはどうにも慣れそうにない。
「みんな、集まってくれてありがとう」
ファニはそんな挨拶をしながら、酒場の中心に立つ。
そこには大きめのテーブルがひとつあって、上には地図らしきものが広げられていた。
俺は他の人たちに紛れ、彼女を遠巻きに見ていた。
そこには、あの年相応の少女の姿はなかった。
見てくれにまだ残るあどけなさからは想像もつかない、一部の隙も無い鋭さを漂わせる。
今の彼女は、まぎれもなく『悪党共のボス』であった。
「何の話をするかは、事前に伝えた通りだよ。そのうえで、これを見て欲しい」
ファニは地図に視線を降ろす。彼女が見たそこは、ヨーキトー王国から遥か南下した先、ナワガカ荒野という地域にある、とある海岸だった。
付け加えるとそこは、ヨーキトー付近でも、特に魔界に繋がる『門』に近いところだ。
「前も話した通り、私たちはようやく魔界アイテムの仕入れルートを確保できた。けれど、それは魔界から人間界までの話。門からヨーキトー王国まで運ぶためのルートは、こっちで個別に用意しなきゃいけない」
言いながら、ファニは地図に記載されている、ある地点を指さした。
「この『ナンショー海岸』付近の地点から、アイテムを積んだ船が魔界から来ることになっているんだ。一般的な輸送船に偽装してね」
「積み荷の量は、どのくらいなんです?」
説明するファニに、一人が質問した。たしか、オゾブとかいうおじさんだったっけか。
すると、オゾブさんはすぐ隣の気の強そうな女の人に、肘打ちをされた。
「ボスの話の腰を折るんじゃないよ、最後に聞きゃいいだろうが」
「で、でもよぉ……」
「いいよ、気になったことはどんどん聞いて」
女の人に叱られてるオゾブさんを、けれどファニは宥めた。
なんてことないというように、彼女はその先を続けた。
「積み荷の量は多い。少なくとも、アジト中の馬車を動員したって、持ち運びきれないだろうね。だから――」
言いながら、ファニは輸送船が着く地点の、すぐ横を指さした。
そこには、とある『駅』が記載されていた。
「この駅で使われている大型馬車群を、こっちで全部使わせてもらう」
「なんだって?」
思わずといったように出た声は、モニカさんのものだった。
「どういうこったよファニ。ここのキャラバンって確か、ヨーキトー貴族の領主が運営してるはずだろ。賄賂でも握らせようってのか?」
モニカさんのそんな疑問は、もっともだと思えた。
大型馬車群というのは、荷物の輸送のほか、何十人という数の人間を一気に運べる、大型の馬車が何両もあって初めてできる長距離移動スタイルだ。
その馬車の大きさといったら壮観の一言で、魔法で強化された馬を何頭も繋いでその巨体を走らせる様は、輸送馬車というより戦車といった方がふさわしい。
確かに、キャラバンであればどんな量の荷物もへっちゃらだろう。
だが、そう、モニカさんが言った通り、あれはヨーキトー王国に属する領主が運営しているものだ。
使いたいと言って、はいそうですかと簡単に渡してくれるとは思えない。
モニカさんの言う通り、御者に賄賂でも握らせようというんだろうか?
「賄賂は使わない。あれは際限がないからね」
が、モニカさんの予想は外れたようで、ファニは淡々とそう言った。
「じゃ、じゃあ、襲撃して奪うとかですか?」
と、ロロンは物騒なことを予測した。
心なしか目が輝いているように見えるのは、気のせいだろうか?
「リスクが高いし、万一奪えたとしても、あれを使いこなせる人間は酒溜まりの鼠にいないでしょ? 意味ないよ」
「あう、すいません……」
それもはずれのようで、ロロンはしょんぼりとしていた。
奪えなくてガッカリ……というわけではないはずだ、うん。
「じゃあなんだよ、勿体付けずに早く言えって」
しびれを切らしたらしいモニカさんは、面倒くさそうにそう言った。
それにファニはただ頷いて、けれどゆっくり、口を開く。
「……このキャラバン、評判はあんまり良くないんだよね。なんでかわかる、モニカ?」
「あぁ? 知らねえよ、盗賊にしょっちゅう襲われてんじゃねえの? ナンショーは盗賊のメッカだって話だしな」
「その通り」
モニカさんの答えを聞いて、ファニはそう返した。
なるほどな、どんなにたくさん荷物を輸送できても、それが目的地に届く前に盗賊に奪われるのならどうしようもない。
評判が悪いのも頷けるというものだ。
「このキャラバンが狙わやすいのは、地域の特色ってだけじゃない。襲ってくる盗賊が単純に強くて、護衛している領主の騎士団では手に余るっていうのが大きい」
「ふーん、まぁ騎士団自体、数も練度も低いだろうしな。強いやつは魔物の討伐に割り当てられっから、馬車の護衛は余りモノって相場が決まって――」
モニカさんはそこまで言いかけて、けれど急に押し黙った。
どうしたんだろうか、と思っていると、彼女は不敵に笑った。
「……なるほどな」
どこか楽しそうに、モニカさんは呟いた。
それにファニはただ頷いて、その先を続ける。
「そう、騎士団の手に余るのなら、私たちが代わりにやってあげればいい。民間協力者としてね」
「え、つ、つまり……どういうことですか?」
ロロンは未だに意味がわからないようで、ファニにそう聞いた。
ただわからないのは、俺もほかの人たちも同じで、皆一様にファニを見て、その答えを口にするのを待っていた。
「……キャラバンの管理を国から任されている領主がいる。名前はビリー・ストラトキャスター伯爵」
と、ファニは笑って、地図の上で指を躍らせる。
それはいやに様になっていた。
「伯爵は最近大した功績もなく、任されたキャラバンはほとんど盗賊の餌代わりだ。そのせいで貴族内でも地位が低いから、ここらで一発返り咲きたいと思っているらしい」
ファニは「そして……」と続けて、妖しく微笑んだ。
「キャラバンの確実性と安全性を確立するっていうのは、これ以上なくわかりやすい功績だ。できるのであれば、ストラトキャスター伯爵は飛びつきたいはずだよ、不思議な荷物が気にならないくらいに」
そこまで聞いて、ようやくファニの言いたいことがわかってきた。
そうか、つまり――
「一役買ってあげようじゃない、ストラトキャスター伯が守る海岸を、キレイにするためにね」
そう、ストラトキャスター伯の出世街道を手助けする代わりに、キャラバンに魔界アイテムを載せて、輸送することを黙認させる、ということだ。
「さぁ、やろう」
ファニのそんな声の直後、集まった人たちは鬨の声を上げた。
それは否応なく思わせる。ファニは本当に、他人のその気にさせるのが上手い。
不思議だった。
なんたって、次の相手は盗賊だ。
恐ろしいはずなのに、それよりもずっと、楽しみだ。
ファニの話術に俺も乗せられただろうか?
まぁ、どうでもいい。どうせなら、面白おかしくやってやる。
掃除しようじゃないか。
ストラトキャスターの、海岸を。




