27 スカウトお断り
「レン、これってどういうこと?」
今まで聞いたことがないくらいの低い声で、ファニは俺に言ってきた。
その顔はまぁそれはそれは迫力があって、困惑や驚愕、そして怒りと、いろいろな感情がないまぜになっているようだった。
「待て、待ってくれファニ。俺たちは話し合うことができるはず――」
「やぁやぁファニ、お仕事ご苦労」
なんとか彼女を宥めようとするも、その試みは言葉を遮ってきたベルスターによって、あっけなく潰えた。
本当に勘弁してほしい。何なんだこの人(?)は。
こんな状況になっても俺を離そうとしてくれないし。そもそも俺の声真似までしてファニをここに入れやがって。
何がしたいのかすらわからん。揶揄って愉しんでるだけか?
「……ご機嫌麗しく、魔王様。それで、これは一体?」
すると、ファニは意外にもベルスターに対し、実に丁寧な挨拶を返した。
今しがた俺と話したときとは、また様子が違う。
怒っているというよりも、最大限に警戒している、といった方が表現として適切だろう。
「いやぁ何、君が面白い男を飼っているというのを風の噂で聞いてね。今後君たちのビジネスパートナーとなる私としても、ぜひ顔を拝んでおきたいと思ったのだよ」
ベルスターは深々と首を垂れるファニに対し、実に偉そうに答えた。
まるでこの上下関係が当たり前だとでも言うような、そんな不遜さだった。
その光景を見ていると、俺は何か、得体のしれない腹立たしさを覚えた。
それ故に一瞬口を挟みたい衝動に駆られたが、そこはそれ、なんとか耐える理性くらいはあった。
このわがまま女の不興を買って『やっぱ魔界アイテムの話は無し』なんて思いつきで言われたら、堪ったものではない。
ファニもその辺を理解しているから、今は下手に出ているのだろう。
であれば、俺もそれに従うまでだ。不本意ながら、が頭にはつくが。
「ありがとうございます。彼――レン・ユーリンは、一週間ほど前にパーティーに入った新人です。以後お見知りおきを」
「一番大事なことが抜けてないかい? ヒュドラを一撃で殺した張本人、だろ?」
ベルスターのそんな返事に、ファニの顔は僅かに、焦燥と驚愕が走ったように見えた。
そんな彼女をにやけた面で見ながら、ベルスターは続けた。
「あぁ、別に以前嘘を吐いたことを責めてるわけじゃないんだ。ただ、お願いがあってね」
「……なんでしょうか?」
ファニはそう言って冷や汗を垂らしながら、ベルスターの言葉の続きを待っていた。
まあ多分、昨日のあの有様を思い出すに、あのことだろうが。
「この子を私にくれ。いいだろう?」
あぁ、やっぱりな。昨日あんだけ行きませんって断ったのに。いい加減諦めて欲しいもんだけど。
「それは……しかし……」
そんなことを思っていると、どうやらファニは、ベルスターへの回答に詰まっているようだった。
……これってひょっとしてあれか? 『このザコ魔法使い一人のために魔王様に拗ねられてもなーどうしようかなー』なんて思ってたりする?
いや、むしろそっちの方があり得る。
俺みたいな不意打ちしかできない無能の底辺を、魔王の不興を買ってまで手元に置きたいかと言われれば、それこそ断る理由なんかないはずだろうし。
まずいかもしれない。このままじゃパーティーに入って一週間で追放されてしまう。
そして待ってるのは、魔王軍への直送ときたものだ。
絶対に嫌だ。何とかベルスターに言って、考え直してもらわないと。
「魔王様」
俺はそう言いながら、何とかベルスターの胸の中から逃げ出した。
「ん、なんだね愛しのデッドアイ。ベルと呼べと言ったろう?」
「あぁー……ベル、昨日からずっと言ってますけど、俺はここのパーティーです。アナタの軍門に下る気はありません」
俺がそんな会話をベルスターとしていると、ファニは目をぱちくりと開いて、俺を見ていた。
なにやらびっくりしているようなそんな感じだったが、今の俺はそれに構っている余裕もなく、ベルスターと話を続けた。
「いい加減諦めてもらえませんか? こちらもこちらの都合がありまして」
「嫌だね、なんでこの私が、君たちの都合など考えなくてはいけないのだ? それは重要なことか?」
「……ではこうしましょう。もし諦めてくれたら、代わりに別のお望みを叶えますよ」
ベルスターは「ほう」とだけ言って、不敵に笑った。
「それは、どんな望みでもか?」
「叶えられる範囲でなら」
「では、私と本気で戦えと言ったら?」
「……いいでしょう、わかりました」
「ちょっと、レン……!?」
思わずといったように、ファニが口を挟んでくる。
ベルスターも俺のその答えは意外だったようで、珍しく虚を突かれたような表情をしてみせた。
「……ふぅん、口から出まかせではないみたいだね?」
「アナタに通る出まかせを言えるような、上等な頭は持ってませんよ」
まあ、ベルスターもこういう反応にはなるだろう。
俺なんかが魔王と戦えば、為すすべもなく殺されるだけに決まっている。実質的な死刑宣告だ。
だがそれでも、マシだと思ったのだ。ここから離れて、魔王軍に入るより、死んだ方がはるかにマシだと。
別に魔王軍だからってわけじゃない。多分これが『ギルドに戻る』という選択肢であったとしても、同じ選択をする。
もう、望まない生活をして、死んだように生きるのは御免なのだ。
ただ日銭を稼ぐために、全てに嫌われ、何もかもに軽んじられ、それでも生活のためと割り切ったふりをして、惰性的な絶望にただただ沈むだけ。
そんな生きる屍になるくらいなら、本当の死体になってしまった方が、よほどマシな生き方だ。
それにいい機会だ。これを機に、俺の魔法がどのくらい魔王に通用するのか、確かめてから死ぬのも悪くない。
俺みたいな底辺の終幕としちゃ、十分すぎて釣りがくる。悪くない最後ってやつだ。
「……ックハハハハハ!」
すると、ベルスターは少し間をおいて、心底おかしそうに大笑いをしてみせた。
なんだ? 俺はそんなに面白いことをいったつもりはないけれど。
ファニのほうを見てみると、彼女は彼女で、どこかあっけにとられたような顔で、俺を見ていた。
いや、なんだよ。俺そんな場違いなこと言ったか?
「イカレてるなぁ、デッドアイ」
考えていると、ベルスターはなおも笑いながら、俺に言ってきた。
「まっことイカレてる、望まぬ支配よりも、抗った故の死を選ぶか。一体何が君をそうさせたのか」
「は、はぁ……」
「だがまぁいいさ、デッドアイ。君のそういうところは好きだ。それに免じて、今日は放してあげよう」
そう言いながら、ベルスターは布団をかぶり、二度寝の体勢に入った。
何が琴線に触れたのかはよくわからないが、とにかく今日は解放してくれるようだ。
あぁ、助かった。言ってみるもんだな。
「さぁ、喋り疲れたから私はもうひと眠りするよ。ではまたな、ファニ、デッドアイ」
「……あ、し、失礼します」
ベルスターの言葉に何やらフリーズしていたファニは、それでもなんとかそう言って、俺に一緒に来るようジェスチャーをした。
「ありがとうございます、失礼します」
俺もそれだけ言って、ファニと共に部屋を後にした。
「ごめんファニ、手間かけさせたな」
廊下に出て、余計なアクシデントを起こしてしまったことついて謝ると、ファニはなにやら、こちらをジトっとした目で見てきた。
「な、なに……?」
「……なんかさ、妙に魔王様と気やすくない? 何かあったの?」
「あぁ、まあ、昨日いろいろと」
「はぁ……勇者といい、本当アナタは厄介な女に狙われるね……」
ファニはそう言って、疲れたようにため息を吐いた。
それを見て申し訳ないなと思う一方、全くもってその通りだとも思った。
「本当にな、一体なんであそこまで目ぇつけられてるのか、全くわからない」
と俺が言うと、ファニは非難するように俺を見てきた。
何か不味っただろうかと思っていると、彼女は「まあいいや」と言って、言葉を続ける。
「それにしてもさ、さっきの話、本気だったでしょ?」
さっきの話、というのは恐らく、魔王と戦う云々のことだろう。
「まぁ、ね。いやな思いして野垂れ死ぬより、まだそっちの方が納得して死ねるなって思っただけだよ」
「……レンって、思ったよりバトルジャンキーだよね。ヒュドラのときも思ったけど」
「え?」
俺がバトルジャンキー? ビビりだし、絶対そんなことないと思うけど……。
「まぁいいや、とにかく今後は自分の命を軽率に賭けないで。あんな刹那主義な行動は、もうやめてもらうから」
「う……わかったよ、ごめん」
「……本当、勝手に死なないでね」
どこか寂しそうに、ファニは言った。
なぜそんな顔をするのかは、俺にはわからなかった。
「さぁ、酒場に行こうか。みんな待ってる」
彼女はそう言って、廊下を足早に歩いてゆく。
そうだ、忘れてたが、もうだいぶ約束の時間に遅れてしまっているのだった。
早く行かなくちゃ。
そう思いながら、俺はファニの後をついていった。