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25 射撃の名手

 乾いた破裂音、衝撃、反響、残響。


 ゼロコンマ一秒にも満たないその瞬間に、はじく魔法の反動が、右手に走る。

 浸る間もなく、鉄くずを込めて、もう一回。

 それが連続で、五回、六発分。


 不思議だった。この時だけは、全てがスローモーションに見えた。

 あんなに速く見えたヘビ共にでさえ、悠々と狙いを定められるような、そんな気さえした。

 

 妙な気分だ。一歩間違えれば死ぬ、そんな震えて逃げだしたくなるような状況に陥ってるのに。

 今この時、俺は変にテンションが高かった。


 蛇の頭に、発射した鉄くずが刺さる。

 六匹全ての頭に命中した。


 ――それを確認した瞬間、時間の流れが、元に戻った気がした。


 同時に、衝撃音が六回。

 やわらかい肉をぶち破ったような、不愉快な音。


 その音と共に、ヘビたちが一斉に爆ぜた。

 べちゃべちゃとした音を立てながら破片が落ち、ヘドロへと戻っていった。


「……なんと」


 もはやヘビの姿などどこにもなく、後には目を丸くして、なにやらかを呟いていたベルスターがいるのみだった。

 これは……倒せたの、だろうか?

 

 いや、そんな呆けている場合ではない。

 まだ目の前に、ベルスターがいるではないか。


「動くな、次はアンタだ」


 とっさに俺は、ベルスターに右手を向け、警告した。


「魔法を発動しても撃つ、指を一本でも動かしたら撃つ。今ので、それができるのはわかったはずだ」

 

 言いながら、予告なしに撃って、さっさと無力化した方が良かっただろうか? と、ふと思った。

 いや、得体が知れない以上、むやみな攻撃はリスクが高い。


 とはいえ、こんな警告に素直に従うかと言われたら、それも自信をもって是とすることはできない。

 最良の選択はわからないが、とにかく、これに賭けるしかないだろう。


「レ、レン……」

「下がっててください。大丈夫、なんとかしますから」


 不安そうに俺を呼ぶモニカさんにそう言いながらも、ベルスターから目を離せないでいた。

 気休めに言ったはいいが、彼女が本当に魔王だとしたら、俺程度がどうこうできるもんでは絶対にない。

 

 いざとなったら、特攻してでもモニカさんを逃がさなきゃいけなくなるかもしれない。

 そうならないことを、祈るしかないが……。


「……悪い」

「そう思うんなら、今度の飯には豚肉入れてくださいよ」


 そんな軽口が出てくるのは、謝ってくるモニカさんが柄にもなく弱弱しいからか、それとも自分の恐怖を誤魔化すためか。

 どっちでもいい。とにかく今は、生き残ることだけ考えるんだ。


「…………ばらしい」


 すると、ベルスターが何か呟いた。

 身構えて、いつでもはじく魔法を撃てるように、右手の狙いを彼女の額につける。


 ちょっとでも変な動きをしたら、撃つ。

 そんなことを繰り返し、頭の中で唱えながら――


「すっばらしいッ!」


 そんなセリフと共に、ベルスターはいつの間にか、俺の右手を両手で掴んだ。

 そう、いつの間にか(・・・・・・)、彼女は俺のすぐそばまで、近づいていたのだ。


 さっきと同じだ。彼女がこちらに近づくことに気づかないどころか、手を掴まれるまで、認識すらできなかった。

 一体なんなんだ、こいつ……!


「素晴らしい、素晴らしいぞレン君! 今のがはじく魔法!? あの厭味ったらしい大魔導士コルトが何の意味もなく思い付きで創った、愚鈍で退屈でつまらん魔法かね!? かの廃棄物にも劣るゴミ魔法をここまで高威力たらしめるとは、私ですら予想できなかったぞ! まったく素晴らしい! こんな興奮は大恐慌以来だ!」

「いや、あの……」


 ベルスターは何やら突然意味の分からないことを捲し立ててきた。

 ベラベラと喋り出したかと思えば、まるで無垢な子供のようにきらきらとした目で、俺の右手を両手の握手でブンブンと振っている。


 どうしたものか、というのが素直な感想だった。

 彼女のことが全くわからない。

 急にファニの声で騙そうとしてきたかと思えば、いきなりヘビを召喚して攻撃してきて、そして今は心底楽しそうな満面の笑みで、俺に顔を近づけている。


 わからない、理解が追い付かない。

 この子は一体、何者なんだ? 敵か味方かすらもわからない。

 人間じゃないことだけは、確かだろうが……。


「……悪ぃんすけど、いい加減私のこれ(・・)、解いてくれません?」


 なんて考えていると、モニカさんがベルスターを睨んで、そう言った。


「水を差さないで欲しいのだが、大体なんのことだい?」

「とぼけないでくださいよ。さっきから首から下は指一本動かせねえ。何かは知らねえがアンタの仕業でしょう?」

「あぁ、わかったわかった、ほれ」


 ベルスターが興味が無さそうに指を鳴らすと、さっきまでフリーズしていたモニカさんが立ち上がった。

 やっぱりというかなんというか、いつの間にかベルスターが何か拘束魔法のようなものをかけていたらしい。


 ……待てよ、なぜ俺にかけなかったんだ?

 詠唱も何もせずに拘束魔法が使えるのなら、俺にそれをしなかったのは、どういう――


「そりゃあ君、そんなことしたら君の(こと)を知れないじゃないか」


 と、唐突にベルスターが答えてきた。

 こりゃ一体どういうことだ? 俺今、何も話していないはずだけど。


「女は男の考えなどお見通しということだよ。まぁとにかく、別に君たちを殺しに来たわけじゃないから、安心したまえ」


 どこか揶揄うような笑みをして、ベルスターはそう宣った。

 さっき殺しかけてきたやつが良く言ったもんだと思うが、俺もこれ以上争う気は無いので、素直に右手を下げることにした。

 

「だとしたら、何の用っすか? 依頼(・・)の報告なら、ファニが言ったはずでしょう?」


 モニカさんが言うと、ベルスターはつまらなそうに「ふぅ」と息を吐いた。

 

「おやおや、まずは一言謝ったらどうだい? それとも、君の故郷(くに)では訪問した依頼主を爆発させて殺すのが礼儀だって言うのかい」

「あいにく、殺気をむんむん匂わながら身内の声真似をしてだまし討ちを企む輩には、そうするようにって教会のシスターに教わったもので」

「ふん、君のジョークは本当につまらない。ファニの方がまだマシだ」

「お褒めに預かりどーも」


 ベルスターとモニカさんが、妙にピリピリとした雰囲気で会話を始めた。

 とはいえ、モニカさんの方は冷や汗を垂らしていて、無理して立ち向かっているような感じがあるか。

 どうにもそれが怖くてその場を離れたい衝動に駆られるが、会話を聞いてるうちに、疑問が浮かんだ。


「ちょっと待ってください、二人は知り合いなんですか?」

「……まぁな、認めたくないが、今は私たちのパトロンってことになんのか」


 辟易としたようなモニカさんの言葉を聞いて、そういえば、会話の節々に気になる単語が聞こえてきたのを思い出した。

 ファニ、依頼主。そんなことをベルスターは言っていた。

 ……ということは、つまり。


「この人が件のヒュドラ討伐の依頼主、私たちに魔界アイテムの輸入ルートを提供してくれた、『魔王』ベルスターさんだ」

「なッ……本当に、魔王だったのか……」

 

 それを聞いて、俺は改めて戦慄した。

 魔王っていえば、人類が未だに勝つことができていない、ずっと昔からいる魔物の王様だ。

 勇者パーティーですら勝てていない彼女の攻撃を喰らっていたらと思うと……。


 なんともまぁ、よく生きてたものだ。運良くいなせて本当に良かった。


「その大恩ある依頼主様を殺しにかかるかね? 普通」


 やれやれと言った具合に首を振るベルスターに対し、モニカさんはジトっとした目で彼女を見た。


「ちなみになんすけど、あのままレン(このバカ)が扉開けてたら、どうしてたんすか?」

「どうもせんさ。ちょおっとこの辺一帯に大爆発を起こして、まっさらな更地にするだけだ」


 魔王ベルスターはあっけからんと、そんなことをほざきやがった。

 なるほど、彼女が魔王だというのはやはり間違いないらしい。

 悪意無くおもちゃ感覚で人間を殺せるその様は、まさしく人類の敵と呼べるだろう。


「おぉっとそうだ、モニカ・ハートのくだらないトークショーなんてどうでもいいんだ。私は君に会いに来たのだからな、レン」


 そう言ってベルスターは俺の方に向き直ると、再び興奮した様子で顔を近づけてきた。

 どうでもいいが、いちいち顔をほぼゼロ距離まで近づけないで欲しい。いろいろな意味で心臓に悪い。


「いやしかし、はじく魔法なんかであんな威力と精度をあの速度で出せるとは驚きだ。まるで君が目を合わせた瞬間、ヘビ(あの子)たちが殺られたように見えたぞ」

「は、はぁ、そりゃどうも……」

「見たら死ぬ目……さながら、『デッドアイ』か」


 なにやらご満悦な様子で、ベルスターは俺にあだ名のようなものをつけていた。

 少し安直なような……いや、考えるのはやめよう、バレる。


「ふむ! よし決めたぞ!」


 すると突然、ベルスターはポンと手を叩き、閃いたかのようなジェスチャーをしてみせた。

 その芝居がかった仕草を見て、どうにも嫌な予感がしつつも、俺はそれを黙って聞く以外なかった。


「デッドアイよ、君は魔王軍(うち)に来なさい」

「……はい?」


 ベルスターの言葉に、俺とモニカさんの声が重なった。

 うん、よかった。意味がわからなかったのは俺だけじゃなかったようだ。

 ……ちょっと待てちょっと待て、この魔王様、今なんて言った?


「君は面白い。君と一緒にさえいれば、私は退屈から抜け出せそうな気がするのだよ」


 そう言って、ベルスターは俺の腕を引っ張って、自分に寄せてきた。

 思わずバランスを崩しそうになったところを、彼女は突然、抱きしめてきた。


「え、ちょ……!?」

「楽しくなりそうだ。よろしく、愛しのデッドアイ」


 彼女が耳元で囁いたその言葉は、有無を言わせないような、しかしどこか甘い、不思議な響きだった。

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