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24 魔王様の戯れ

「まぁ、長い名前だからね、ベルとでも呼んでくれたまえよ、レン?」

 

 目の前にいる自称『魔王』の少女――ベルスターが、笑顔を崩すことなく、どこか陽気にそう言ってくる。

 正直なところ、未だに理解が追い付いていない。目の前の事象に脳の処理がついていけておらず、彼女のセリフすら、どこか夢の中の出来事のように思えてしまった。


 ただ、そんな中でひとつ確かなことがあるとするならば。

 目の前にいるこの少女は、絶対的に危険だということだ。


 頬に、自分の冷や汗がつたった。

 ここでぼうっと突っ立っていたら、殺される。

 本当に魔王かどうかはさておき、それだけの力があるのだけは間違いない。

 

「……モニカさん、どうにか逃げられませんか?」


 モニカさんに退避を促そうと思い、横目で彼女のほうを見る。

 彼女は、ベルスターから目を放さずに、凍ったように微動だにできないようだった。


「い、いや、ダメだ……なんだこれ、動けねえ、金縛りにあったみたいだ……」

「おやおや、つれないじゃあないか。せっかく昼寝の時間を削ってまで来たんだ、お喋りくらい付き合ってくれたまえよ」


 モニカさんを無視するかのように、ベルスターは俺のほうを見ながら、狂気じみた笑顔で言ってくる。

 同時に、さっき食った豆を吐き出したくなるような圧力が、店中を支配した。


 逃げるな、と。言外に言っているのだ。


「それにしてもどうしたんだい、そんなに黙りこくっちゃって。こちらも名乗ったのだから、そちらも返してくれるのが礼儀ではないかね?」


 感じたことのない圧力を発しながら、ベルスターは首を傾げた。

 どこか人間とは異なる、人間のふりをした『何か』のような動き。

 魔王かどうかはともかく、魔物に近い何かなのは、間違いなさそうだ。


「……失礼、アナタの言う通り、俺がレン・ユーリンです。ヒュドラの件について、何かまずいことでも?」

「おぉ、おぉ、やっと口を開いてくれたね、嬉しいよ」


 ベルスターがそう言った瞬間、ほんの瞬きをすると、彼女は俺の目の前にいた(・・)

 驚いて、声も出なかった。

 本当に瞬きした次の瞬間には、鼻と鼻がくっつくくらいの近さにいたのだ。


「まずいって? いやいやとんでもない、むしろ逆さ! ひょっとしたら私の憶万年の退屈を吹き飛ばすかもしれないのだからね!」


 ベルスターは俺の頬を両手で包み、全てを見透かしてくるように俺の目を見つめていた。

 こんな事態なのに、恐ろしいほど整った顔の女の子がほぼゼロ距離にいる状況に、変にドギマギしてしまう。


 我ながら情けない。

 こんな場面においてなお、人付き合いの苦手さが勝つなんて……。


「面倒だから一番先に聞きたいことを聞こう、どうやってヒュドラを殺した? キミの能力を見たところ、その辺の人間(ゴミ)にすら劣っているようだが……」

「え、えっと……特別なことは、何も。『はじく魔法』でやつの心臓めがけて撃ったら、死んだ。それだけです」

「……なに?」


 するとベルスターは、さっきまでの狂気的な笑みを消し、一転してつまらなそうな表情をした。

 心なしか、声もワントーン低くなっている。

 え、ヤバい、死んだかも。


「その魔法は知ってる。人間が魔法を生み出したときに創られたはいいが、それ以降何の発展も進化もしていない、至極つまらない下らん魔法だ」


 ベルスターのセリフは、妙に実感のようなものがこもっていた。

 本で得た知識ではなく、まるで実際に見てきたかのような言い草だ。

 一体何歳なんだ、この子?


「で、もう一度聞くが、三流コメディアンの擦りまくったジョークよりもつまらんあの魔法で、ヒュドラを倒したと?」

「え、えぇ……事実です」

「……ただのハッタリか、でなければ誇大妄想か」


 心底つまらなそうにベルスターは呟いて、俺から離れた。

 まったく信じられていないようだ。いじけた子供のように辺りをうろうろして、何やら考えている。


 だがまぁ、それでもいい。むしろ今日が削がれて帰ってくれるのであれば、万々歳だ。

 今考えられる一番最高の結果は、このベルスターなる自称『魔王』が何もせず帰って、俺もモニカさんも無傷でやり過ごせることだ。


 モニカさんと目を合わせる。彼女は無言で頷いた。

 どうやら、気持ちは同じようだ。


 あの女は絶対にまずい。強いとか弱いとかではなく、手を出しちゃいけない類の『何か』だ。

 このまま何も動かず、ひとまずやり過ごせるのであれば、それに越したことはない。


 頼むぞ、そのまま帰ってくれ……。

 そのまま――



「まぁ、こうすればわかるだろう」



 ベルスターが何かつぶやいた途端、彼女の周りから黒い影のようなものが広がっていった。


「なんッ……!?」


 俺とモニカさんの声が、重なる。

 だがそんな驚愕を声に出す間もなく、その影はヘドロのようなものを湧き出し、それがみるみるうちに形を作ってゆく。


 あれは……ヘビだ。六匹のヘビ。

 ヒュドラよりもだいぶ小さいが、その圧力は勝るとも劣らない。

 なんだあれは?


「この子たちは私の一部で……あー、説明は面倒くさいから省くが、とりあえず今から君たちをこの子たちに喰わせる」


 そう言いながら、ベルスターは自らの手を顔の前に出して、何の気なしに続ける。


「まぁヒュドラの話が本当なら大丈夫だろ? では頑張ってくれたまえ」


 そして、彼女はどこか、小ばかにするような笑みを見せ。

 指をパチン――とならした。


 瞬間、目にもとまらぬ速さで六匹のヘビが、俺たちをめがけて突撃してきた。

 なんだこいつ、速い。

 反撃しなきゃ、死ぬ……!

 

「レンッ! 店のことはいいからぶっ放せ!」

「あぁ、クソがッ! なんなんだよッ!」


 クソッタレめ。悪態ついてる場合じゃない。

 モニカさんの怒号を背に、瞬時にポケットから鉄くずを取り出して、右手に込める。


 丸い鉄くずを六個、六匹分。

 ヘビ共がもうすぐそこまで来ている。

 あとコンマ一秒で、やつらは俺とモニカさんの喉元を食いちぎってくるだろう。


 上等だ、早撃ち勝負といこうぜ。


 右手を前に出す。

 狙いをつける。

 魔力を込める。


 一番前のヘビはもう、俺の指にくっつきそうなほど近い。

 助かる、これなら外しようがない。


 そして、俺はただ、魔法を撃った。

 

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