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23 一難去って

 ギルドを追放されて、ファニに誘われたあの夜から、一週間ほどが経った。

 俺は正式に酒溜まりの鼠(レザボア・ラット)の一員となり、魔法使いとしてここで働くことになったわけだ。


 決まった当初は、正直なところだいぶ舞い上がっていたと思う。

 無理もないだろう? ギルドにいたころよりもずっと高い給料に、ふかふかのベッドがある寝床。

 無能と言われた俺が活躍できるかもしれない、面白そうな仕事内容。


 そして何より、あんな可愛い子と一緒に仕事ができるんだから、これ以上求めようがないってものだ。

 まぁ、その可愛い子はここのボスで、指一本触れようものなら番犬(ロロン)に殺されかねないので、一緒に仕事する以上のことは絶対にないだろうが。


 兎にも角にも、俺はこれから送るであろうバラ色の生活に、胸を躍らせていたわけだ。

 ……いたわけ、なんだが。





「暇だ……」


 酒溜まりの鼠(レザボア・ラット)の拠点である、キー・ジョージ地下遺跡にある街の中にて。

 そこに存在するモニカの酒場で、俺はもそもそと飯を食べていた。

 ちなみに今は昼間なのもあってか、客は俺以外誰もいない。

 

 メニューはモニカさんが出してくれたもので、彼女曰く、豚肉と豆の炒め物(豚肉抜き)とのことだ。

 じゃあ豚肉ってつける必要なくない?


「なんだなんだ良いご身分だなぁ、レン? 皆があくせく働いてる中、新入りはひとり優雅に昼飯とはよぉ」

「炒めた豆オンリーの昼飯は優雅とは言えないんじゃないすかね? モニカさん」

「うるせぇよ、豚肉のストックが切れてたんだからしょうがねえだろ。文句あんなら地上(うえ)に行ってタシギでも撃ち落としてこいや」

地上(うえ)に行っていいなら、そもそもここで飯食ってないすよ」


 そう、なんで俺が昼間っからモニカさんのところで暇を持て余しているのかというと、しばらくの間、俺はこの拠点から出るなと言われたのだ。

 それも、ボスであるファニ直々のご命令で、だ。


『勇者に目をつけられてるんだから、見つかったら面倒になるのはわかってるでしょ? 悪いけど当分は、アジトで待機してもらうことになるから』


 ということを、ファニは数日前、ヨーキトー王国から帰ってくるなり俺に言ってきた。

 勇者が俺を探しているというのは前に見た新聞で知ってはいたが、ファニ曰く、どうやら王国中の衛兵やらギルドの冒険者やらにまで協力させているらしく、国全体を巻き込む規模にまでなっているらしいのだ。

 

 そんな中で俺がホイホイと地上に出て、見つかりでもしたらどうなるか。

 面倒なことになるのは、火を見るよりも明らかだった。

 こうなってしまっては、動きたくても下手に動けないというものだ。

 

 肝心のファニはというと、何やら新しい仕事の下準備が必要みたいで、数日前にロロンを連れてどこかへ行ってしまった。

 一応、俺にもすぐに手伝ってもらうとのことだったので、今は束の間の待機中ということになる。


 まぁ、とにかくそういうわけで、俺はアジトに引きこもって優雅な(・・・)昼飯に舌鼓を打っていた、というわけだ。


「ま、そう腐るなよ。どうせすぐに嫌って程忙しくなるさ。なんせ今度の仕事(ヤマ)は特にデカいからな」

「すごい話ですよね。魔界アイテムを仕入れることができるなんて」


 俺がそう返すと、モニカさんは「だろ?」と嬉しそうにはにかんだ。

 無理もないだろう、なんせ今回の仕事の話を聞いた時は、俺どころかロロンまでぶったまげていたのだから。

 

 ファニから聞いた新しい仕事。

 それは魔界アイテムを仕入れて、人間界で売りさばくというものだった。


 これだけ聞くと、それの何がすごいんだと言う人もいるだろうが、仕入れの品が『魔界アイテム』というのが重要なのだ。

 他国から違法な調合薬や植物を仕入れるのとはわけが違う。

 なんたってこちらは、輸出元が魔界……すなわち、魔物の巣窟なのだから。


 当然ながら、魔物とコミュニケーションが取れる人間なんかいないのだから、魔界アイテムを仕入れる(・・・・)なんて、普通考えることすらできないだろう。

 それを実現して、ましてや新しいビジネスにしようとしているのだから、いやはやうちのボスは凄いもんである。

 ……しかし本当、一体どんな手を使ったんだろうか?

 

「にしても、わかんないんですよね。ファニはどうやって、こんな仕事を見つけてきたんですかね?」

「あぁ? 聞いてなかったのか。前のヒュドラ討伐の見返りだよ。そもそもこれが欲しくて、ファニはあの無茶ぶりを受けたんだ」

「え、あの依頼って、そういうことだったんですね」

「そう、だからまぁ、結果的にはお前の手柄ってことになるんじゃねえの? お前が倒したんだからさ」


 モニカさんはそう言って、楽しそうに笑っていた。

 こんなふうに俺をほめるなんて、今日の彼女は本当に上機嫌だ。それほど、今回の仕事が期待できるということなのだろうか。


 少々こそばゆいが、悪い気は全くしなかった。

 ギルドにいたころは……いや、下手をすれば今まで生きてきて『お手柄』なんて言われたことは、ただの一度もなかったかもしれない。

 褒められ慣れてないせいか、逆にどう反応していいかわからなくなってしまう。


「そ……っすか。なら、よかったです」

「んだよ、リアクション薄いな。この私が褒めてんだから泣いて喜ぶくらいしろや」

「もともとこんな感じなもんで……えぇと、それより――」


 俺は妙な気恥ずかしさを誤魔化すついでに、先ほどの会話で疑問に思っていたことを聞くことにした。


「そんな凄い仕事を見返りに提示できるって、一体どんな依頼主なんですか? モニカさんが持ってきた依頼なんですよね」

「……あぁ、それな」


 モニカさんの眉間が、わずかにひそめられた気がした。

 どこか険しさを感じる表情をして、手元にある魔草巻に火を点けた。

 俺の無味無臭(プレーン)とはまた違う、ほのかに甘い香水のような香りが、煙に乗って漂ってくる。


「すっげぇ御方さ。王族貴族なんてメじゃねぇ。それこそ声ひとつで世界を焼いて、晩飯代わりに食っちまうようなおっかない女だ」

「女……? それって、誰なんですか?」

「……ま、お前になら話してもいいかもしれねぇな。そいつは」


 と、モニカさんが言いかけた、その瞬間。


 店のドアが、二回ノックされた。

 コン、コン、と。

 どこかスローテンポで、不思議なリズムだった。


「ただいま、帰ってきたよ」


 ドアの外から、ファニの声が聞こえてきた。

 

「ファニ? もう戻ってきたのかい」

「うん、予定より早く仕事が片付いてさ」


 ドア越しに、ファニは答えた。

 もう少しかかるって話だったが、思っていたよりスムーズにいったらしい。


「それより、そこにいるのはレンで合ってる?」

「え……? あぁ、そうだけど」


 ファニにしては、妙な質問だった。

 なんでそんなことを改まって聞くのだろうか? いくらドア越しで姿が見えないとはいえ、声でわかんないもんだろうか。


 ……いや待て。そもそもなんで、ファニはドアを開けないんだ?


「ファニ、入ってくれば? ずっとドア越しに話す必要もないだろうに」

「そうしたいんだけど、実は腕を怪我しちゃってさ。開けてくれない?」


 なんだ? さっきから、ぬぐいきれない妙な違和感がある。

 なんだかいつものファニとは違うような。

 そもそも、なんだか人間と話していないような。


「……わかった」


 とはいえ、今は心配が勝っていた。

 ドアも開けれないほど腕を怪我しているというのであれば、一大事だ。

 とりあえず、中に入れたほうがいい気が――


「どけ、レン!」


 突然、モニカさんが後ろから、そんな怒声を放ってきた。

 慌てて後ろを振り向くと、モニカさんはなぜか、炎魔法の詠唱している。


「ちょ、何を――!?」

「『燃えて伏せよ、焦げて許しを請え』」


 俺の言葉に構わず、彼女は詠唱を速攻で済ませ。


「『アグニ』ッ!」


 詠唱呪文を叫ぶとともに、ドアに向かって特大の火球を放った。


 瞬間、重く、腹に響く爆発音が、鼓膜を支配した。

 同時に、鼻腔を焦がされるような熱と共に、熱風と衝撃が身体を襲う。


 数秒のうちに熱風と衝撃は収まり、思わずドアのほうを見る。

 当然のことながら、ドアは木っ端みじんに燃やし尽くされ、外の道まで真っ黒になっていた。


「も、モニカさん、一体――」

「あいつはファニじゃねえ! 逃げるぞ! あれはヤバい!」


 抗議しようとした瞬間、モニカさんは酷く焦燥して、俺の手を引っ張ってきた。

 理解が追い付かないが、考えてる暇は無いのかもしれない。逃げた方が良さそうだ。

 モニカさんがここまで焦るなんて、絶対ただ事じゃない。何が起こって――


「おいおい、急に爆発させることはないだろう?」


 そんな声が、破壊されたドアの方から聞こえた。

 ファニの声じゃない。聞いたことのない声だ。


「あ、あぁ……」


 その瞬間、モニカさんが声の方向を見て、怯えだした。


「……なんだ、あれ?」


 そこにはあり得ない光景があった。

 地面に散乱していた、燃えカスだと思っていたヘドロ状の何か。

 それがゆっくりと動き出し、一点に集まっていく。


 ヘドロの塊はどんどん大きくなり、それはひとつの何かを形作っていく。

 人だ。人間の形になっていく。


 最後の一欠けらが吸収された瞬間、人の形をしたヘドロは、一瞬で色付いた。

 ただの黒の塊から、病的な白い肌に、赤い髪に、赤い瞳に、赤い服に。

 そして、人には絶対無い、鹿のような角に。


 それは実に不思議な、枝分かれした角を生やした女の子だった。


「やぁやぁ、君の話を聞いて、ずっと会ってみたかったのだよ。レン・ユーリン君。ヒュドラを殺したのは君だってね?」


 女の子……のような何かは、何事もなかったかのように、実に愉快そうな笑顔のままお辞儀をしてきた。


「初めまして、私は君たちで言うところの『魔王』をやらせてもらっている、ベルスター・ブラックベティだ。以後お見知りおきを」


 これは果たして、夢じゃないだろうか?

 そんな淡い期待を潰すかのように、俺の脳は、彼女は確かに言ったと記憶に焼き付けてしまった。


 彼女は『魔王』だと。

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