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21 意外な依頼主◆

 そこかしこでレンの話を耳にしながら、ファニ・ウィーバーは一人、フードで顔を隠し、王都の人混みの中を歩いていた。

 彼女がふと横を見ると、壁にはレンの人相書きがそこかしこの壁に貼られている。どれもこれも、下の文に『勇者パーティーへの加入を』と付け加えられていた。


「まさかここまで、なりふり構わず来るとはね……」


 呆れたような、しかし誰にも聞こえない程度の声で、ファニは呟いた。

 あの馬車の一件を思い出し、彼女は思わず、ため息が出てしまう。


 ファニからすれば、勇者リエスタがレンを、熱のこもった妙な目で見ていたことは明白だった。

 恐らくレンが――ファニからすれば――キザったらしいセリフを吐いて、馬車の外に吹き飛ばしたあたりからだろうか。

 それとも、彼が勇者の胸元にあるネックレスを掴んだ時からだろうか。


 正確なタイミングはファニもわからないが、それでも彼女からすれば、勇者がレンに妙な感情(・・・・)を抱き始めたことは明らかであった。

 初対面の、しかも敵側の男に一目会っただけで惚れる女なんて、絶対にまともな女ではない。なによりあんな変態じみたことを捲し立ててくる女なんて、ヤバいに決まっている。

 ファニはそう思ってレンにもくぎを刺したわけだが、やはりというか何というか、今の王都の状況を見る限り、勇者のいかれ具合は斜め上を行っているようだった。


「……たく、うざったいなあ」


 なんてことを、ファニは苛立ちをもって独り言ちた。

 ファニにとっては、自分がやっと見つけた仲間を、横から勇者が掻っ攫いに来ているような、そんな気分だったのだ。


 第一――とファニは思考を巡らせる。

 

 第一、あんな状況で惚れた腫れたなんて非常識だ。

 ああいった手合いはたまに見るが、正直まったく理解できない。

 こっちは真面目に仕事をしているのに、浮ついた感情で茶々を入れるのは、本当に勘弁してほしい。

 まぁ、確かにレンがヒュドラを倒したり、キザなセリフを言いながら勇者を追い払ったりしたときは、カッコいいと思ったけれど――。


 

 ――惚れたのか?

 

 

「……いやいやいやいや」


 ふとモニカの言葉を思い出してしまい、必死で振り払う。

 そんなんじゃない、そんな浮ついた気持ちをレンには持っていない。


 私たちはあくまでビジネスライクな関係だ。

 レンに正式にパーティーへ加入してもらったのも、あくまで彼の強さが欲しかったからに過ぎない。

 そもそも私は昨日今日会った男にすぐ靡くような、簡単な人間ではないはずだ。

 あくまで私の目的に沿った能力を彼が持っていて、それで利害も合致したから組んだだけであって――。



 ――気に入った男ができたら、何のかんのと理屈つけてパーティーに入れようとするのが精々さ。



「ッ……はぁ、仕事に集中しよう」


 以上の言葉を最後に、ファニの悶々と巡る思考はいったん止まった。

 

 雑念を振り払うかのように足早になり、目的地へと向かう。

 そもそもファニがヨーキトーの王都に赴いたのは、先のヒュドラ討伐の事後処理――すなわち、雇い主への報告と、依頼の品を納品するためであった。

 本来であれば、酒溜まりの鼠(レザボア・ラット)は傘下も含めればそこそこ大きな組織なのだから、ボスであるファニ本人が、わざわざ足を運ぶ必要はない。


 しかしながら、今回はそうもいかない相手だった。

 万全に依頼を達成したとしても、『彼女』への態度ひとつで、酒溜まりの鼠(レザボア・ラット)に強力なコネクションができるかもしれない。

 逆に『彼女』の機嫌を損ねれば、その一声で、文字通り壊滅(・・)させられるかもしれない。

 今回の取引相手は、それほどの相手だった。


「……父様、母様。どうか私たちを、お守りください」


 どこか寂しい表情を浮かべながら、ファニは両親の形見であるストールに、手を添えた。

 その足の先は、王都の富裕層区画。

 王侯貴族や、富を築いた富豪商人などが住む、『持てる者』の巣窟である。





 ファニは富裕層区画の、奥まった場所にある屋敷の前に到着した。

 静かな住宅街であることを鑑みても、不思議なほど誰も足を踏み入れないそこは、他の場所とは一線を画した静寂さだ。

 ここら辺でも一等大きなその屋敷もまた、いたるところに苔や(ツタ)が絡まっており、それがどこか怪しい雰囲気を醸している。


「よし……」


 ファニは意を決して、ドアのノッカーを二回叩いた。

 間をおいて、数秒。

 

 すると、ドアが静かに開いた。

 中から、こちらへ向かってくる足音などは、一切聞こえてこなかった。


「これはこれは、ファニ・ウィーバー様。ようこそお越しくださいました」


 ドアの向こうからは、長身痩躯の老紳士が、そうファニに話しかけていた。

 響くような低い声と、立ち姿だけでも感じるその気品は、まさしく由緒正しき執事といった様相だ。


 実際のところ彼は、ここで奉仕している執事だ。

 ただひとつ、一般的な執事と異なる点を挙げるとするならば。

 

 彼のその顔は、まさしく犬そのもの(・・・・・)である、という一点に尽きるだろう。

 

 柔らかい物腰とは正反対に、その目つきは鋭く、真っ黒な毛並みも併せて、精悍な狩猟犬を思わせる。

 それはまさしく、魔物の一種(・・・・・)である、獣人の姿そのものであった。

 

「こんにちは、ロボさん。以前受けた依頼について、完了したのでご報告に参りました」

「おぉ、それは素晴らしい……お嬢様もお喜びになられるでしょう」


 ロボと呼ばれたその執事は、笑ってファニの話を聞いていた。

 ファニは、それがどうにも不気味で仕方がなかった。

 

 魔物全般に言えることだが、彼らの仕草はどこか、つくりものめいている。

 友好的であれ敵対的であれ、全く腹の内が読めないというのは、社交や交渉を得意と自負しているファニにとって、あまり気分の良いものではなかった。


「『彼女』はおられますか?」

「もちろんでございます。お嬢様がいない日はございません」


 そう言うと、ロボはドアの横に立って、ファニを招き入れる。

 ファニは何も言わず、しかし決して緊張を悟られぬようにしながら、それに従って屋敷の中へと入った。


 ロボに案内され、ファニは屋敷の中を歩いてゆく。

 屋敷の中は、外の様子とは打って変わって、実に綺麗なものだった。

 下品にならない程度に豪華な調度品が置かれ、まさに『上流階級の邸宅』を絵に描いたような内装が施されている。


 だが何故だろうか、ファニにはどうにも、それが嘘くさく見えてしまう。

 調度品も内装も、普通は住んでいる人間(・・)の人となりが見えてくるものだが、ここにはそんな主張をするものが、ひとつもない。

 今日はそこそこに温かい気候のはずなのに、ここは霊廟(れいびょう)のように肌寒い。


 まるで、化け物が人間の(・・・・・・・)ふりをしている(・・・・・・・)かのような、そんな空気をファニは感じる。


 だが、ファニはそれについて疑問に思うことはない。

 なぜなら、彼女は知っているからだ。この屋敷の……正確には人間界の別荘であるこの家の持ち主が、『彼女』であることを。


 そんなことを考えていると、いつの間にか、屋敷の奥にある、大きな扉に着いた。

 扉には、ひときわ豪華な装飾。それは『彼女の部屋』だという証だ。

 

お嬢様(・・・)、ファニ・ウィーバー様がお見えになりました」


 扉の前でロボが言って、数秒。


「ふぁ……なんだぁ、会う約束はなかったと思うけど?」


 奥からそんな、欠伸が混じった声が聞こえてきた。


「……お嬢様、お昼寝はほどほどにと、言い聞かせたはずですが」

「うるさいなぁ、ロボ。お小言は良いから、さっさと通してくれたまえよ」


 中の『彼女』にそう言われると、ロボはドアの横に立って、深々と頭を下げた。

 ここからはファニ一人で入れ、と暗に言っているのだ。


「……失礼します」


 ファニは静かに、細心の注意を払ってドアを開ける。

 彼女の目に飛び込んだものは、脱ぎ散らかされた衣服に、散らばった本の数々。

 そして、乱雑にされたベッドの上にいる、今回の依頼主。


「やぁやぁファニ! よく来たじゃぁないか。お菓子でも作りに来てくれたのかい?」


 どこか見当はずれなことを、笑顔で宣うその少女は、普通ではなかった。

 見た目や大きさは、ファニと大差ない、十代の少女のそれだ。

 

 しかし、病的なほどに白い肌と、時折見える、ヘビのような紫色の舌。

 そして何より頭に生えている、シカのように枝分かれした大きな角が、彼女が人間でないことを証明していた。


「いいえ、ヒュドラの件について、討伐が完了したのでご報告に参りました。魔王様(・・・)

「……へぇ、ヒュドラを?」

 

 ファニが言うと、少女はどこか意外そうに、しかし面白そうに、小首をかしげた。

 そう、彼女こそが、人類の敵である魔王なのだ。

 

 その名を、ベルスター・ブラックベティ。

 未だに誰も見たことがないとされている(・・・・・)、魔物の王であった。

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