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20 ギルドでの噂◆

 ――王国内でレン・ユーリンの話題が上がっている場所は、当然勇者パーティーだけではなかった。


 同時刻の冒険者ギルドでも、冒険者たちの間で、しきりにレンの名前がその口々から飛び交っていた。


「レン・ユーリンっていただろ、あの無能の。例の話知ってるか?」

「勇者様からパーティーに加入しろって言われてるやつでしょ?」

「わからねえ……なんであんな万年Dランクの底辺野郎が、勇者様に目ぇつけられてるんだ?」


 ギルドが冒険者に提供している食堂内にて、その話題が方々から聞こえてきて、耳を打つ。

 あるものはエールビールの肴として、あるものは単なる話の種として。

 

「衛兵を殺しかけた罪で札付きになったって話も聞いたぜ。勇者パーティーの加入は、勇者が彼を更生させるためだとか」

「方便に決まってんだろ、そんなの。ただのチンケな犯罪者相手に、入ってくれたら金貨100枚あげますとか宣うか?」

「じゃあ、なんでわざわざ、あんなヤツを……?」

「ひょっとしてアイツ、本当は結構強かったりしたのか? 俺アイツが戦ってるところ、見たことないし……」

 

 あるものは嘲笑交じりに、あるものは驚愕をもって、あるものは仮説を立てて。

 様々な反応はあったが、その根幹にある感情は、皆一緒であった。


 レンは、本当にただの無能な底辺冒険者だったのか?

 そんな疑問が、彼らの胸中に渦巻いていた。


「おい」


 そんな中で、酷く不機嫌そうな、低い声が鳴った。

 さっきまで話していた冒険者たちが、怯えたように体を強張らせながら、そちらを向く。


「く、クラインさん……」

「俺の目の前でその話題を出すな。酒が不味くなる」


 震えた声で自分の名を口にする冒険者に、クライン・レオーネはただそう言い放った。

 テーブルに足を乗せながら、苛立ちをぶるけるように酒をあおる彼の姿は、平時の人当たりの良さを知る冒険者たちにとっては、衝撃的であった。


 クラインも常であれば愛想よく周りに接し、ギルド内での自分の好感度を下げぬように下げぬようにと振舞っている。

 好かれている方がいろいろと都合が良いし、少し良くしただけで絆されるようなバカ冒険者やギルド職員を味方につけておけば、ギルド内での多少の不祥事や荒事も、笑って見逃してくれるから。

 実際今でも、クラインはギルドの人気者として君臨し、高ランクダンジョンを踏破し、名声に寄ってきた女を侍らせ、快進撃を進んでいると言っても過言ではない。


 だからこそ、クラインはレンが話題になっている、今のこの状況が許せなかった。


 良いストレス発散になるサンドバッグだったので、つい最近までパーティーに居させてやったが、無能が一丁前に給料を求めてきたので、うざったくなってギルドに追放するよう進言した。

 そんなゴミがまさか、経緯はどうあれ、勇者にスカウトされるなんて。そんなことを思いながら、クラインは酒を一気に飲み干した。


「おい、さっさと追加の酒もってこいッ!」

「く、クライン、飲みすぎだよ。いったん休も、ね?」

「黙ってろレイナ!」

「ヒッ……!」


 自分を取り巻く女の一人であるレイナの言葉も一蹴し、彼は運ばれて来た酒を再び傾ける。


「そもそもレイナ、お前はあの無能を牢屋にぶち込ませる予定だったよな? 宝石を盗まれた(・・・・・・・)んだからよ」


 レンが王国で話題になったそもそもの発端、酒場でのレンの濡れ衣については、実はクラインがレイナに言ってやらせたものだった。

 

 追放した直後のことだ。予定していたAランクダンジョンへと足を踏み入れたところ、いつもは楽勝だったはずの魔物に対し、全く歯が立たずに退却する羽目になってしまった。

 クラインはそれをツキが落ちたせいだと思いこみ、そしてそもそもツキが落ちたのは、レン(あの無能)に関わったせいだと決めつけた。


 要は単なる八つ当たりとして、レンは濡れ衣を着せられたわけだが、それが巡り巡った結果がこれだ。

 万年Dランク冒険者で、無能で何の価値もないはずのレンが――形はどうあれ――あの勇者パーティーからの実質的な勧誘を受けている。そんな事実が、クラインをこれ以上なく不機嫌にさせた。


「そ、それは……」

「今頃だったらアイツ、衛兵に殺されてるか、牢屋で惨めに寝そべっているかのどっちかのはずだ。それが何でこうなってんだよ、アァッ!?」

「ヒゥッ……!」

 

 クラインは怒号と共に、グラスに残っていた酒をレイナにぶっかけた。

 当然ながらレイナは水浸しになって、涙目になりながら、身を縮こませることしかできなかった。 


「レイナって意外と使えないんだね~?」

「全くだぜ、あんなゴミクズ一人捕まえられねえなんてよ」


 レイナとは普段仲が良い、クラインのもう一人の連れの女であるルイルも、この時ばかりはレイナに辛らつな言葉を送っていた。

 それに同調するクラインを見て、レイナはもはや、ここからすぐに逃げ出したいくらい辛かった。


「……あぁ、いや、悪い。言い過ぎたよ」


 だからだろうか、クラインはそんな彼女の心情を察し、一転して優しい声色になる。


「どうせあの無能のことだ。危険な違法アイテムでも使って、浅ましくも場を切り抜けたんだろうぜ。何にせよ、レイナがあんな奴に傷つけられなくて良かったよ」

「クライン……」


 クラインの気遣うような言葉に、レイナは一瞬にして頬を染め、甘えたような表情を見せる。

 

 ――そうだ、どれだけ乱暴な言葉を使おうと、クラインはなんだかんだと言って、私のことを誰よりも大切にしてくれている。だから私は、クラインのことが……。


 彼女はそんなことを思いながら、クラインに寄り添って、その手を握る。

 クラインは、自分のことを誰よりも思ってくれている。

 真実がどうであれ、少なくともレイナはそう思うことで、自身の居場所を確認していたのだった。


「服濡らしちまって悪かったな。着替え買ってやるよ」

「いいの、別に……それよりどうせなら、このまま部屋で……」


 なんてことをレイナは宣いながら、クラインに抱き着く。

 周りにいる冒険者はそんな様子を見て、とりあえずクラインの機嫌が落ち着いたことにホッとしていた。


「……とは言え、このまんまじゃまずいよね~」


 と、そんな中、誰にも聞こえない声で、様子を一部始終見ていたルイルが呟いた。

 クラインたちがレンを無能と断じている中、彼女は一人だけ、違うことを考えていた。


 もし、レンがこのまま勇者パーティーに入ってしまった場合。

 そして、もし何かの手違いで、彼が大きな権力を手にした場合。

 

 その矛先が、きっと自分たちに向くだろう、と万が一を予測していた。

 ルイルがその思考になるのは無理がなかった。

 自分より立場が下のものは攻撃してよい。

 そんな思想が、彼女やクラインたちの根幹にあるからだ。


「ま、あんな無能がそんなことできるなんて、思えないけどさ~。逆恨みされたら、溜まったもんじゃないからね~」


 レンが蔑ろにされていたのは、彼が魔法もスキルも使えない無能で、生きてるだけで迷惑な存在だから。

 なのにそのことを恨むのは、逆恨みでしかない。それがルイルの考えであった。


「一応、対策はしとかないとね~」


 誰にも聞こえない声でそんなことを呟くと、彼女は誰にも見えない位置で、手書きの地図が描かれた、メモらしきものを開いた。

 そこにはレンを追跡していた衛兵から聞かされた、彼が逃げたと思わしきポイントが記されている。


「ま、あんなゴミクズ、とっとと殺しちゃうのが、世直しだよね~」


 言いながら、ルイルは地図のある地点に、丸印を点ける。

 そこに記載されている地点をしげしげと眺め、彼女はニヤリと口角を上げた。


 そこは、酒溜まりの鼠(レザボア・ラット)の拠点であるダンジョン、『キー・ジョージ地下遺跡』がある場所であった。

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