2 はじく魔法の実力
「クソ……」
ギルドで言われたことを思い出し、そんな悪態を呟いてしまう。
そう、俺が使えるのはただひとつ、何の役にも立たない魔法だけ。
『物をはじく』魔法だ。
あの時クラインの連れが言っていた通り、二歳くらいの子供が魔法の勉強をしだすときに、最初に学ぶような初歩中の初歩の魔法。
手が触れるような至近距離まででしか使えず、生き物や大きいもの、重いものには使用できない。
効果も、物体を魔力と反発させて、少しだけ動かすという、それこそ手で持ったほうが早いような、実用的な使い道なんて全くない勉強用の魔法だ。
しかも、俺だけが使える魔法ってわけでもない。いやむしろ、この魔法を使えない奴なんていないだろう。
この魔法が使えますと宣うのは、つまるところ『僕は息ができます』とアピールしてるようなものだ。
そんなものでこの魔法スキル至上主義の社会で生きていくことなど、到底できるはずもないのだ。
たとえこれひとつで、いくら魔物を倒せるとしても。
「……そういえば今日は、人がいないな」
ふと辺りを見回し、周囲に全く人がいないことに気づいた。
ただでさえ人通りが少ない街道だが、全くの無人というのは珍しい。
落ち込んでしたばかり見ていたせいか、気づくのが遅れていた。
これは……。
久しぶりにちょっと、チャレンジができるかもしれない。
「よし、気分転換にやるか」
そう言って俺はベンチを立って、小さい石ころを拾った。
うんうん、ちょうどいいくらいのサイズで、先端も尖っている。いい形の石だ。
石ころを持って、ほんの少しだけ移動する。
すると前方向、およそ400メートル先に、廃墟となった民家の石壁がある。
ただ普通と少し違うのは、その石壁には、弓の訓練で狙うようなマークが描かれ、さらには無数の穴が開いてしまってボロボロというところだ。
と言っても、これをここまでボロボロにしてしまったのは、他でもない俺だが。
最近、憂さ晴らしに『チャレンジ』をしすぎた弊害だろう。
『チャレンジ』の内容は、至って簡単だ。
400メートル先のあの石壁に、『物をはじく』魔法で、マークのど真ん中に穴をあける。
それだけのシンプルな遊びだ。
「さて」
そう呟いて、配置につく。
右腕を前に出し、人差し指と中指を伸ばし、薬指と小指をたたむ。
ちょうど、二本の指で指さしポーズをする感じだ。
親指と人差し指を使って、手の中に石ころを挟む。
そして、石を回転させながら押し出すイメージで魔力を込めつつ、壁を狙って……。
「いけ」
そう言って、撃った。
乾いた破裂音、残響、反響。
ほぼ同時に聞こえた、甲高い、遠くの石壁が砕ける音。
当たった。
「……さて、どうかな?」
今日は上手くいったんじゃないか?
そんな期待を胸に、壁に近寄って、確かめてみる。
「よっし!」
今日は新記録だ。
今までで一番大きな、向こう側まで見えるような穴が、マークのど真ん中にできていた。
誰でも使える『物をはじく』魔法だが、ついに400メートル先から狙えるくらいには、正確に石壁を貫通できるくらいになった。
魔物だって、Sランククラスの個体でも、頭部にこれを当てたら一発で倒せたこともあるし、このままいけば攻撃魔法として使えるんじゃないか?
「……て、そんなわけないか」
自分がさっき言われたことを思い出し、舞い上がっていた気分が、一気に落ち込む。
この魔法は誰だって使えるのだ。そのうえで攻撃魔法に転用して、俺みたいに使う人を見たことがないということは、きっと役に立たないということなのだろう。
そうだ、こんなことしている場合じゃない、仕事探さなきゃ……。
そんなことを思いながら、俺は手を振って、指についた煙を消した。
ほんのりと香る焦げ臭さが、今だけは俺を慰めてくれているように思えた。