18 一躍有名人
……どういうことなんだ、これ?
うーん、あれか、二日酔いの頭で理解しようっていうのがまず無謀なんだ。
一旦水を飲んで、もう一回読み直してみよう。
「すいませんモニカさん、一回お水飲みますね」
「あぁ!? 寝ぼけてねぇでとっとと目ぇ覚ませ!」
なんて言いながら、モニカさんは俺に水を差しだしてくれた。
あれ、この人思ったより優しいな。
「あ、ありがとうございます」
一言お礼を言ってから、水を一口。
うん、美味い。二日酔いのときの水って、すごく美味いよね。
そういえば二日酔いって、生卵とかも効くらしいな。後でちょっと試してみるか。
さて……で、なんて書いてあったんだっけ?
――勇者リエスタ様からまさかの声明。凶悪な罪人を勇者パーティーに引き入れることを発表。目的は罪人の更生と社会復帰援助と述べる。
罪人の名前はレン・ユーリン。見かけた方、情報を持ってる方は是非ギルドまでご一報ください。――
「……夢か?」
「起きろや!」
モニカさんにバンッと背中をどつかれて、意識が覚醒しだす。
そして改めて新聞の文章を読むことで、ようやく意味を理解できてきた。
……え、なに?
つまり俺、勇者に狙われてるってこと?
「な、なな、なにがどうなってるんすか、これ!?」
「知らねーよ! 色男、お前一体何やったんだ? あの勇者に目ぇつけられるなんて、ただ事じゃあないぜ?」
モニカさんは心底面倒臭そうな表情をしていた。
とんだ厄介事を持ち込みやがって、という心境なのだろう。
「い、いやそりゃ、ここに来る途中追っかけられたんで撃退しましたけど……それだったらファニやロロンだって同じはずでしょう?」
とはいえ、俺はこう言うしかなかった。
心当たりといえば、本当にこれくらいしかないのだから。
「……勇者を撃退? なぁ色男、その時の状況、詳しく聞かせろ」
「え? あぁ、はい」
何か引っかかることがあったのだろうか?
そう思いながらも、特に断る理由は無いので、モニカさんにその時の状況をなるべく詳しく伝えた。
大量の衛兵の中に、勇者がいたこと。馬車に乗り込んできたので、少し話したこと。
はじく魔法で撃退したが持ちこたえて、かと思えば意味の分からないことを捲し立ててきて、怖かったということ。
「……と、大体こんな感じです」
「はぁー……なるほどな」
一連の話を聞くと、モニカさんは呆れかえったような顔をしていた。
なんだか、『やっちゃったなお前』とでも言わんばかりの表情だ。
「やっちゃったなお前」
「うわ本当に言われた」
「は?」
「すいませんなんでもないです……しかし、やっちゃったってのは、どういう意味です?」
そう聞くと、しかしモニカさんは口を開かず、机の上にある魔草巻を見た。
「……ちょっと長くなるから、一本貰っていいか?」
「あぁ、どうぞ」
俺の返事を聞くなり、モニカさんは魔草巻を箱から一本取り出し、口に咥えて、炎魔法で火を点けた。
ファニと全く同じやり方だ。正直羨ましいな、この魔法。
「お前も吸えよ」
「あぁいや、俺は火の魔法使えないし」
「火ぃくらい貸してやるから吸えって」
「すいません……」
モニカさんに言われて、俺も魔草巻を口に咥えた。
彼女に火をつけてもらって、お互いに煙を吐き出す。
やや青みがかった白い煙が、部屋を舞った。
「無味無臭かよこれ、つまんねえ奴」
「いいじゃないすか、臭いもつかないし、部屋も汚れないし」
「そんなもん気にしてんのが、つまんねえっつってんだよ」
なんてことを言いながら、彼女は置いてあった新聞に目を向ける。
煙と共に出た「はぁ」という声は、果たして煙を吐き出しただけか、それとも呆れからきたものか。
「さて、どっから話したもんか……お前さ、勇者パーティーに入るための条件って、ズバリなんだと思う?」
「え……そりゃ、誰よりも強いことじゃないですか?」
唐突だな。でも、実際それ以外に要件なんてあるのだろうか?
勇者っていうのは、言うまでもなく魔王と戦って、確実に勝つために編成された、いわば人類側の切り札だ。
そりゃ、世界で一、二を争うくらいに強い人たちで構成されてるもんだと思うけれど……。
「そうだな、強いのは重要だ。でもな、それ以上に大事なことがある」
「というと?」
他の条件って、なんだろうか? 想像もつかない。
なんてことを考えながら聞くと、モニカさんは煙を吐いて、一言。
「魔王側に、自分たちが使う魔法やスキルが、どれだけ知られていないかってことだ」
「……それはつまり、敵側になるべく、攻撃の対策をさせないためってことですか?」
「察しが良いな、まぁそんなところだ。いくら強くったって、手のうちが全部わかってちゃ世話ねえさ」
なるほど、どんなに強力な魔法やスキルを持っていたところで、それを解析されてしまえば、魔王側はいくらでも対策できるってことか。
なんたって向こうは有史以来から人類の天敵をやってるらしいから、魔法やスキルのことなんて、人類の誰より知っててもおかしくはない。
そうなると、勇者パーティーのメンバーに求められるのは、強さ以上に、それを形作る魔法とスキルが、どれだけ知られていないか、ということになるのだ。
新しくてまだ誰にも知られていないものや、一子相伝のような、特定の誰かにしか受け継がれないようなもの。
それか、既存のものを極限の先まで練り上げて、全く別物と呼べるレベルにまで仕上げたような、途方もない何か。
まあ最後のやつはまず無いだろうが、とにかくそういう魔法かスキルを持っていることが、勇者パーティーに求められる条件なのだ。
「ま、つまるところ、強くてかつオンリーワンな何かを持っているやつが、勇者パーティーに入れるってわけだ。もちろんそんな奴なんて、世界中に数えるほどもいないから、連中も苦労してるらしいけどな」
「なるほど……いや、ちょっと待ってください。それとさっきの話と、何の関係があるんですか?」
モニカさんが言っていることはわかったが、何を言いたいのかはわからなかった。
勇者パーティーの加入条件を聞いたところで、俺が勇者に目をつけられた理由と、全く接点がないではないか。
俺は誰よりも弱い底辺魔法使いだし、使える魔法だって、それこそ世界中の誰もが知ってる『はじく魔法』だ。
勇者パーティーの加入条件にはかすりもしない。
いったいどういうことなんだろうか?
「……お前、ホンットに自覚ないのな?」
「え……え?」
「まあ別にいいけどよ。多分だけど、勇者に知られた以上、これから似たようなやつらが、お前のことを狙ってくると思うぜ?」
どういうことだ、自覚って何の?
というより、勇者みたいなやつにこれからも狙われるって、なんで?
俺、万年Dランクの底辺魔法使いだったんだけど。
もう何もわかんない、怖い。
「レ、レンさんレンさん、大変です!」
突然、再びバァンッとドアがぶち破られ、ロロンが部屋に突入してきた。
ひょっとしてここって、ドアを静かに開ける文化がないのか?
「あ、も、モニカさん、おはようございます……」
「おうロロン、どうした?」
「そ、そうだ、これ見てください!」
モニカさんへの挨拶もほどほどに、ロロンは焦りながら、懐からひとつの紙切れを出してきた。
なんだろう、チラシくらいの大きさだけど……。
「あ、姐さんを王都に送迎した時に配られてたんです、これ!」
そう言って、ロロンはその紙を俺に見せた。
そこには――。
「……うっそ」
――レン・ユーリンへ
勇者パーティーへの加入をお願いします。
加入時報酬 金貨100枚――
「ギャハハハ! 相当惚れこまれてんな、オイ!」
モニカさんの言葉に、俺は答える余裕もなかった。
どうなってんだ、なんで勇者が、俺を?
何もわからないままフラッシュバックするのは、初めて勇者に出会った日。
あのわけのわからないことを捲し立てられた時の、未知の恐怖感だった。
――あの手の女はヤバいから、次会うときは気を付けて――
そんなファニの言葉が、今になって現実味を帯びてきたしまったことを、ひしひしと感じていた。
「で、でもレンさん、一夜にして有名人ですね! お、おめでとうございます!」
そんなつもりはないんだろうけど煽りにしか聞こえないロロンの言葉を聞きながら、今日はもうふて寝してしまおうと、心に決めたのだった。