16 酒場での一芸披露
依頼の結果報告、ともすればまだ仕事の範疇のはずなのが、なぜかモニカさんは大量の酒とつまみをテーブルに置き、完全に晩酌の肴にするノリで聞いていた。
本当に仲介業者なのか、この人?
「何ィ!? こいつがヒュドラを一撃で倒したぁ!?」
なんてことを考えていると、モニカさんは声を荒げながら、こっちを見てきた。
その目といったらまさに射殺さんとでもしているようだ。怖い。
この子供みたいな見た目からはとても想像できない圧だ。
「ファニ、その冗談な、ここの三軒先にあるストリップ・バーですら笑ってもらえねえぜ?」
「モニカはどっちだと思う? 私の冗談のセンスが壊滅的に悪いか、それとも、これが冗談じゃないか」
「……普段だったら後者だが、こいつを見た限りじゃなぁ」
なんだろう、モニカさんがめちゃくちゃこっちを睨んできてる。
頭の先からつま先まで、それこそ品定めでもするかのように、じろじろと。
妙に落ち着かなくって、俺は気を紛らわしがてら、出された蜂蜜酒をチビチビと飲んでいた。
あ、これ美味いな……。
「なんだぁこりゃ?」
すると、モニカさんは呆れかえったように呟いた。
「使える能力《モノ》が『はじく魔法』ひとつだけ、魔力の総量もその辺の一般人の十分の一もねえ、筋力もねえ。見たことねえレベルのザコだ」
え……なんか急にボロカス言われたんですけど。
何なんだよもう、と言いたいところだが、全部本当のことなのでぐうの音も出ないのが、悲しいところだ。
「本当に何もかも最低だ。ま、見てくれだけは結構良いが、そんくらいだな」
「は、はぁ……どうも?」
「褒めてねえよ」
うへぇ、何か言うとすぐ睨んでくるよこの人、怖ぇ……。
しかし、なんだって俺が『はじく魔法』しか使えないってわかったんだろうか?
まだ言ってないはずなんだけど。
「モニカはね、『鑑定』スキルの持ち主なんだよ。ああやって、見つめた対象の強さを、数値に変換して見れるんだってさ」
困惑した俺を察してか、ファニはそう補足してくれた。
「数値? 『鑑定』スキルって聞いたことはあるけど、オーラみたいなぼんやりしたもので、大まかに計測してるんじゃないの?」
「おいおい貧弱色男、私をそんなアマチュアと一緒にすんじゃねえ。こっちゃこれで飯食ってるプロなんだよ」
と、ファニの代わりにモニカさんが答えてくれた。
なるほど、この人もファニやロロンの例に漏れず、かなり上級なスキル持ちということだろう。
ファニの周りって、なんだかやたらハイレベルな人が多い気がする。これもこの辺一帯のアウトローのトップな故だろうか?
ていうか、貧弱色男って、俺のこと?
「たく……冗談にすらなってねえぞファニ、こんな貧弱くんがヒュドラを一撃で倒したって? ぜってぇ嘘だね」
「ま、そう思うんなら勝手にそう思ってなよ。とにかく依頼は果たした、重要なのはそれでしょ?」
「そうもいかねえさ、大事な大事なファニお嬢様のパーティー候補ってんじゃな」
「……ずいぶん耳に入るのが早いね」
ファニは「はぁ……」とため息を吐いた。
「あたしゃこの街の根だぜ? 枝の先の葉っぱ一枚揺れただけでも、すぐわかるさ」
「かっこつけたこと言って……どうせオゾブあたりがチクったんでしょ?」
オゾブって……さっき俺に絡んできた屈強おじさんか。
めちゃめちゃ狂戦士みたいな見た目してた割に、報連相はしっかりやっているらしい。
「わかんねえな、なんでこんな貧弱を……もしかして惚れたか?」
と、モニカさんは急にとんでもないことをぶっこんで来て、思わず蜂蜜酒を吹き出しそうになった。
「は、はぁ!?」
ファニもさすがに予想外だったのか、顔を赤くして、今までで一番大きい声を上げる。
まあ、こんなこと言われたら、心外もいいところだよな、そりゃ。
「バ、バッカじゃないの!? なんでそんな話に――」
「だってそうじゃねえか。こんなパーティーに入れたってクソの役にも立たなそうなやつを入れるとすりゃ、妥当な線だろう?」
「だ、だったらパーティーに入れようなんて言わずに――」
「恋人にするってわざわざ言うか? ウブで回りくどいファニお嬢様が? 無理だね、気に入った男ができたら、何のかんのと理屈つけてパーティーに入れようとするのが精々さ、今日みたいにな」
モニカさんがそう言い終わると、しかしファニは何も反論しなかった。
いや、できなかったというのが正しいか。『うぐぐ』という音が聞こえそうなくらい険しい顔をしているのに、その口から発する言葉は何もない。
さっきモニカさんに頭が上がらないと言っていたのは、ひょっとしてこういうことなんだろうか?
「いい加減にしてくださいッ!」
すると突然、さっきまで黙っていたロロンがバンッとテーブルを叩いて、そんな大声を出した。
びっくりした……。
「さ、さっきから聞いてれば、姐さんをその辺の男日照りの喪女みたいな言い草でッ……!」
「……ロロン、そこまでは言われてないと思うよ?」
「さっきから姐さんの言うことを全然真剣にとらないし! そんなに言うなら今ここで証拠を見せましょうか!?」
相当頭に来てるのか、ロロンはファニの言葉も聞かず、モニカさんに捲し立てた。
というか見せるって、いったいどういうことだ?
「……へぇ、面白いじゃん。じゃあ見せて貰おうか」
それを見たモニカさんは、特にロロンに驚いた様子もなく、揶揄うようにそう言った。
なんというか、年長者の余裕を感じる佇まいだ。
「いいでしょう! ということでお願いします、レンさん!」
「……え、マジで!?」
ちょっとちょぉっと待ってくれ? 今喧嘩売ったのロロンだよな?
なんで俺が……。
「当たり前じゃないですか! レンさんの力なんだから、レンさんがやんなきゃ!」
「いやしかし、こんな店の中で……」
「……まさか姐さんの面目を潰すなんてこと、しませんよね?」
ロロンがすごい目でこちらを見つめてくる。
お前断ったらどうなるかわかってるよな? とでも言わんばかりの目だ。
普段の気弱な態度で隠れがちだけど、考えてみれば、ロロンはファニに重用されているのだ。
彼女もまた、この街の人たちに負けず劣らずのアウトローということが、今ハッキリした。
「……わかったよ」
こりゃ断れそうにないな、そう思って、俺はそう言うしかなかった。
「ちょっとレン――」
「大丈夫だよファニ、あんまり無茶はしないさ」
ファニにそれだけ言って、俺はモニカさんのほうを見る。
目に映ったその顔は、まさに不敵といった感じで、とても子供からは出ないような余裕を感じる。
彼女は大人の女性なのだと、改めて認識させられた。
「テストの方法は簡単だ、貧弱くん」
モニカさんは懐から、手のひらサイズほどの、球みたいなものを取りだした。
「こいつは『トレーニング・リモート』っていう、冒険者が練習で使うアイテムだ。知ってるか?」
「すいません、ギルドにいたとき、少し見たことがあるくらいで……」
「じゃあ説明してやる。こいつは練習相手に合わせて動き回ったり攻撃したりするやつでな。冒険者共はこいつを使って、素早い魔物や動きがトリッキーな魔物の対策をするわけだ」
なるほど、つまるところ、複雑な魔物の動きを予習するためのアイテムらしい。
クラインのパーティーにいたときに、彼が使っているのを見たことがある。
結局、リモート相手の練習が上手くいかなかったらしくて、アイテムの不良としてクラインは捨ててたっけか。
そんな便利なものだったら、拾って使ってもよかったかもしれん。
なんて、我ながら意地汚いかな。
「んで、今のこいつの設定はAランクの『マンティコア』と同じにしてある」
「ま、マンティコアってあの最速の!? ちょっとずるですよそれ!」
ロロンがモニカさんに異議を唱えるのもわかる。
『マンティコア』は最速と言われた、コウモリの羽を持つ魔物だ。
そいつのAランクとなれば、かなり速かったと思う。
さすがにSランクに比べると遅かったが、それでも今まで倒した魔物の中では、結構狙いづらかった方だったはずだ。
「別に倒せとは言わねえさ、一回でも攻撃を当ててくれりゃいい」
「で、でも……」
「……死なねえうちに、こいつらのどれかにな!」
笑いながら、モニカさんはさらに三つの『トレーニング・リモート』を出した。
「な……ひ、卑怯ですよそんなの!?」
「この程度クリアできないようじゃ、ファニのパーティーにゃいらんだろうよ」
モニカさんはロロンの話など聞くこともなく、不敵な笑みを浮かべたまま、俺を睨んだ。
「てなわけで、準備はできてるか、貧弱くん?」
「……ひとついいですか?」
「なんだよ、ハンデはつけねえぞ?」
「いえ、万一お店に攻撃が当たったとき、弁償とかはできそうにないんですけど、大丈夫ですか? 今あんまりお金なくて……」
そう、俺はそれだけが気がかりだった。
酒場を見回してみると、結構高そうな酒や、調度品が所狭しと並んでいる。
これに万一当てて、弁償なんて話になったら……。
うわ、考えるだけで恐ろしい……。
「……どうやら舐めてるらしいな」
と、なぜかモニカさんは笑顔が消え、眉を顰めてこちらに睨んできた。めちゃめちゃ怖い。
えぇ、なんでぇ? やっぱ弁償しなきゃだめなのかしら……。
「んなもんどうでもいいんだよ! むしろ合格したらここで一番高い酒を奢ってやる!」
「ほ、ホントに? 弁償しなくていいんですね?」
「うるせぇ!」
よ、よかった。モニカさんはなぜか怒ってるけど、とりあえず万一の時でも弁償しなくていいようだ。
本当に良かった、であれば……。
安心して撃てる。
「オラいくぞ! スタート!」
そう言って、モニカさんは合計四つのトレーニング・リモートを放り投げる。
その瞬間、リモートは目まぐるしく動き回った。
「う、うわ! 全然見えない!」
ロロンが怯えるも、目で追えていないのか、その視線の先にリモートはいない。
それを見ながら、モニカさんは高らかに笑いだした。
「ギャハハハ! 言っとくけどこいつはマンティコアと同じく攻撃するからな! 死ぬんじゃねえぞ貧弱くんよぉ!」
その言葉と同時に、四つのリモートが、座ってる俺に一斉に襲い掛かった。
石を右手に込める。
四つ、四発分。
あとは、魔力を込めるだけ。
発動。発射。
連続で四回、破裂音が響いた。
同時に、重いものが落ちたような音が、これまた四回。
確認すると……うん、なんとか当たってくれたらしい。
四つのリモートはしっかりと、俺の周りで地面に転がっていた。
無事終わったことにホッとして、俺は蜂蜜酒を一口飲んだ。
うん、やっぱり美味いな、これ。
「…………うっそだろ?」
あっけにとられたように、モニカさんは呟いた。
その先の言葉はなく、墜ちたリモートを見て、ただただ茫然としている。
「なにしてんの、モニカ?」
それを見ながら、ファニが一言。
「一番高いお酒、レンに出してくれるんでしょ?」
そういう彼女の顔は、さっきとは全く変わっていた。
まるでイタズラが成功した子供のような、すごく楽しそうな顔をしていた。