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15 新しい職場はアウトロー

「お疲れ様です、姐さん!」

「おかえりなさい、ボス!」

「今日もお美しいです、ボス!」


 怖い。ファニたちのアジトだという地下ダンジョンに到着して、真っ先に感じたのがそれだった。

 だって到着するなり、大勢の盗賊――と思われるガラの悪い方々――が皆一様にファニに向かって、奥ゆかしくこうべを垂れているのだ。


 その盗賊らしき人たちも、よく見るとただの盗賊ではない。

 明らかに伝説級の魔物を素材にした武具や防具、懐からちらりと見える、高レベル帯しか使えないような特殊アイテムの数々。

 下手するとギルドの冒険者でもトップクラスの連中と並べるような、そんな猛者ばかりだった。


 こんな人たちを従えてる、ファニって一体……。


「……あのさ、念のためいっておくけど、私が言わせてるわけじゃないからね、これ」


 と、ファニは恥ずかしがってるような表情で言った。


「大体、私は出迎えなんていいって言ってるのに、ロロンが余計なこと言うから……」

「で、でも姐さん、ちゃんと姐さんの偉大さを知らしめるためには、身内のところからいかないと――」

「知らしめなくていいから、そんなの」


 ファニが「あーもう」と早歩きしているところを、後ろからついていった。

 こうやって見ると、普通に年相応の女の子なんだけどな。

 一体どういう経緯で、こんなことになってるのか。


「おいちょっと待て」


 なんて考えていると、いきなり強面のおじさんに肩を叩かれた。

 めちゃめちゃ怖い。泣きそうである。


「さっきから姐さんのそばをウロチョロしやがって、誰だテメェ、姐さん狙いのナンパ男か?」

「い、いいいえ俺はその……」

「あぁ!? 声小さくて聞こえねンだよ!」


 怖いよ~、輩だよ~。何でもないんです、仕事の報酬貰いに来ただけなんで。

 終わったらすぐ帰るんで。いや帰る場所ないけど。


「やめな、オゾブ」


 すると、ぴしゃりとファニが言い放った。


「その人は私の大事なパーティー候補(・・・・・・・)だよ。無礼は許さない」

「な、パーティー候補!? こいつがですかい!?」

「文句あるなら聞くけど?」


 先ほどまでの雰囲気とは一転して、ファニは酷く強い圧力を放っていた。

 彼女に睨まれたおじさんは、まるで蛇に睨まれた蛙のように、みるみると委縮してしまう。


「い、いえ……ありません、ボス」

「なら早いとこ、彼を放して。これから『モニカの酒場』に行かなきゃだから」


 ファニにそう言われると、おじさんは目にもとまらぬ速さで、俺から飛びのいた。

 さっきまでオラついていた人と同一人物とは、とても思えなかった。


「す、すまねえな、兄ちゃん」

「あ、いえ……」


 まだちょっと怖いが、辛うじてそんな返事だけしてから、俺は歩いているファニに追いついた。


「ごめんね、うちの仲間が」


 さっきまでの圧力はどこへやら、申し訳なさそうに謝ってくる彼女を見ると、さっきのが夢なんじゃないかと思えてくる。

 うぅむ、なんというか、ファニがいやに上級職スキルを持っている原因が、わかった気がした。

 いやまあ、因果関係としては、逆なんだろうが。


「ところでなんだけど、パーティー候補ってのは? 俺は報酬貰って帰るだけじゃないのか?」


 とりあえず思考を切り替え、気になっていることをファニに聞くことにした。

 

「その……最初は私もそのつもりだったんだけどさ。レンが予想していたよりずっと強かったから、できればこのまま、パーティーに残って欲しいなと思って」

「……つまり、正式なスカウトってことか?」

「そういうこと。君には味方になって欲しいし、もっと言えば、敵になって欲しくないから」


 おぉ……いやなんというか、素直にうれしい。

 ギルドにいたころには、こんなこと言われるなんて考えることもできなかった。

 役立たずだ嘘吐きだと言われてきた俺がこんなふうに評価されるなんて……やばい、どうしよう、ちょっと涙出てきた。


「ど、どうしたの?」

「あぁいや……ギルドのときとは打って変わって褒められるから、なんだか面食らっちゃって」


 照れ隠しにファニにそう返す。

 すると、何か癪に障る部分があったのか、彼女は眉を顰めた。


「……その話、未だに信じられないんだよね。なんでこんな人材を、わざわざギルドが手放すのかさ」

「なんでも何も、昼に話した通りだよ。無能だし、嫌われ者だった」


 うぅ、言っているうちに、トラウマがフラッシュバックしてきた……。

 嘲笑と罵倒と、人格否定の嵐だった。無茶なノルマを課せられて、それができなかったら殴られ蹴られ、あげく給料未払いで泣き寝入りときたものだ。

 誰も助けてくれないし、誰も頼れなかった。無能な俺が悪いのは百も承知だけど、正直なところ、ギルド時代は地獄としか言えなかったな。


「それが信じられないんだよ。だとしたら、よっぽどギルドの連中は見る目がないんだろうね」

「……ずっと思ってるんだけど、さすがに持ち上げすぎじゃない? なんでそんなに」

「私、自分で見た者しか信じない性質(たち)でさ」


 と、ファニはどこか優しい目をして、俺を見た。


「ギルドの連中の言葉よりも、私はレンの行動を信じるよ。ヒュドラを撃ちぬいて、勇者を退けた、カッコいいキミをさ」

「え、かっこいいって……そんな風に思ってくれてたの?」

「……ごほん」


 意外なことを言われて思わず聞き返すと、ファニは急に咳払いをして、そっぽを向いてしまった。

 しまった、またなんか気に障るようなことをしてしまっただろうか。


「その話はまた後で。ほら、行くよ」


 と言って、ファニは歩く速度を速めていく。

 なんかやっちゃったかなあ……などと考える間もなく、俺は彼女についていくことを余儀なくされた。






 アジトの入り口を抜けると、そこには不思議な光景が広がっていた。


「……何だこりゃ、街がある?」


 地下に会ったその場所は、とても賑わっていた。

 右を見ても左を見ても、前も後ろも人、人、人だ。

 

 大通りと呼べるような大きな通路がひとつあって、俺たちはそこを歩いていた。

 脇を見てみると、今歩いている大通りを幹とするように、混沌とした細い路地が、いくつも点在している。


 どこもかしこも人通りが非常に多く、露店や商店、酒場が所狭しと並んでいた。

 明るく、人でごった返しているその様子は、下手をすると王国の中央広場以上に活気があるかもしれない。


 こんな地下に、こんな場所があったなんて。


「いい場所でしょ?」


 と、隣にいるファニが、少し得意げに笑っていた。


「国を追われたり、食べるのに困った人がここにくるんだ。まあそんなんだから、治安は良いとは言えないけど」

「わ、私も好きなんです、ここ。なんというか、私も居ていいんだって気がしますから」


 ファニとロロンの話を聞きながら、俺はしげしげと街を眺めていた。

 ……確かに、不思議な街だ。


 恐ろしく、優しくはないが、決して拒絶しないでくれるような。

 何者も拒まず、受け入れてくれるような、そんな懐の深さを感じる。


「そうだな、良い場所だ」


 ただ一言、そう言った。


「フフ……と、着いた着いた、ここだよ」


 と言って、ファニは足を止める。

 その目の前には、一軒の小さな酒場があった。


「『モニカの酒場』?」


 俺はその看板に書いてある文字を、そのまま読んだ。

 見たところ、特に何の変哲もない酒場に見えるが。


「なんだよ、ここで打ち上げでもするつもりか?」

「それもいいけど、後でかな。ここはね、いろんな仕事の仲介をしてくれる、仲介業者(フィクサー)がやってる場所なんだよ」

「フィクサー?」

「まあ簡単に言うと、お金になりそうだったり、良い人脈ができそうだったりな依頼を見繕ってくれる人ってとこかな。私もモニカにだけは、頭が上がらないんだ」


 ファニはそう言いながら、気恥ずかしそうに微笑んだ。

 あんな強面のおじさんですら従えるファニでも、頭が上がらない相手……。

 そう考えるとめちゃめちゃ怖そうだけど、大丈夫だろうか?

 俺、入り口ですらあんな怪しまれたんだから、入った瞬間、不審者としてぶっ殺されかねないぞ。


「モニカ、いる?」


 心の準備もできてないうちに、ファニは酒場のドアを開けて、ロロンと共にスッと入っていってしまった。

 ……ええい、恐ろしいが、今更後には引けない。

 なるようになるさ。


 何とか意を決して、俺もファニに続いた。

 すると、そこには――。


「ようファニィ! 宝玉(タマ)は手に入れたかぁ!?」

「……宝玉(ほうぎょく)でしょ、モニカ」


 ガラガラの、酒焼けしたような大声。

 大きく鋭い目つきに、鮫のようにギザギザした歯。

 

 そんな特徴を持った小さな少女(・・・・・)が、テーブルに足を乗っけて、酒が入ってるであろうボトルを豪快に煽っていた。

 ……そう、信じられないことに、小さい女の子だったのだ。

 

「こまけえなぁ! なんだ、いいとこ育ちのお嬢様には難しかったか? なんせデケェ竿からタマ獲ってこなきゃなんねぇんだからな、ギャハハハハハ!」


 訂正しよう、だいぶ下品な小さい女の子だ。


「……ていうか、子どもなのに酒飲んでいいの?」

「誰が子供(ジャリ)だぶっ殺すぞ! 誰だテメェ!」

「ヒェッすいません!」


 モニカさんは俺にビンタを一発かました後、落ち着いたところでファニに事の顛末を聞いたのだった。

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