14 ミステリアスな彼女の正体
「なッ……!?」
そんな声と共に、リエスタは馬車の外へと吹っ飛んでいった。
「……よし」
ひとまずの危機は去っただろうか。
少なくとも、一旦でも場外へ落とすことができたなら、もう追いついてくることはないはずだ。
そう思っていた。
「クッ……!」
突然そんな声が聞こえる。リエスタの声だ。
それと同時に、バンッという音と共に、馬車が少し揺れた。
「しぶとい……」
ファニが辟易したような声を上げる。音の方を見ると、リエスタがまだそこにいた。
弾き飛ばされる既のところで、馬車の縁を掴んで事なきを得たらしい。
さすが天下の勇者様だ。執念深さは折り紙付きか。
クソ、しつこい。
「ち、ちょっと待ってください!」
リエスタは説得を諦めていないのか、懲りずに話しかけてきた。
……しかし、なんだろうか? いやに顔が赤くなって、汗ばんでいるような。
「悪いけど、これ以上話すことはないぜ? まだ闘るってんなら付き合うが――」
「ヤ、ヤる!? やっぱり私の身体を狙ってるんですね!」
「え?」
…………え? どういうこと?
「こ、こんな時にいきなりむ、胸を触ったり、デートに誘ったり、かと思えば急にそんな……あ、あまりにも不埒です!」
「いや、あの――」
「一旦従順なふりをしておいて、こちらが完全に油断した途端襲い掛かって凌辱する算段なのでしょう!? そんな思い通りにはいきませんから!」
「え、思ってもいないです――」
「ま、まさかさっきの見たことない魔法、衝撃は凄いのに全く痛くないのはそういうことなんですか!? そういう魔法ってことなんですか!? 『俺なら突っ込んでも痛くしないぜ』と!? くッ……そ、そんな急にテクニシャンアピールされても、困るといいますか……!」
参ったなこの人、まったく話聞いてくれない。
え、すごい怖い。ずっと何言ってんのかわかんないんだけど。
もう撃っちゃった方がいいかな、これ? まだなんか捲し立ててるっぽいけど……。
「『スパーク』」
「あ」
なんてことを考えてると、ファニが突然、リエスタに向かって電撃魔法を放った。
リエスタは思わずといったように、馬車にしがみついていた手を放す。
「だ、ダメですまだ話があぁぁ……」
リエスタが何か言いかけてたが、遥か後ろへと飛んで行った彼女の声は、もはや聞き取ることは叶わなかった。
……あ、彼女が地面にぶつかって、ごろごろ転がっている。
だいぶ痛そうだけど、なんだか平気そうだ。
「……なんだったの、アイツ?」
ファニは嫌に不機嫌な顔をしていた。いや、というより、すごいウザがっているという方が正しいかも。
というか俺に聞かれても、むしろこっちが聞きたいくらいなんだけど。
何なんだろうあの人。勇者ってあんなヤバいやつだったのか。
「で、でも、なんとか撃退できましたね……」
ロロンの少し安心したような言葉を聞いて、そういえば他の追撃隊はどうなったのかと、後ろを見てみる。
なにやら、勇者が撃退されたのを見て、二の足を踏んでいるようだった。
なるほど、理由はどうあれ、向こうからすればこっちは、切り札の勇者様ですら止められなかった相手ということになるのだろう。
自分たちでは手に余ると考えて、攻めあぐねているのだ。
「癪だけど、結果的にあの勇者に助けられたってことか?」
「……さぁね、レンに限ってはそうも言えないんじゃない?」
と、ファニはやれやれといった顔をしていた。
「さっきのあの感じ、少なくともレンは絶対、目をつけられたよ」
「どういう意味だよ? 目をつけられたのは、ファニもロロンも一緒だろ?」
「いや、そういう意味じゃなくって……」
そういう意味じゃないって、他にどういう意味があるっていうのだろうか?
ファニの続きの言葉を待つが、どうにも言いにくいのか、歯切れが悪い。
「……いや、いいや。説明すんのメンドクサイ」
「お、おい、そりゃないだろ。怖いんだけど」
「まあ、あの手の女はヤバいから、次会うときは気を付けて。同じ女として忠告」
全然意味がわからない。わからないが、ファニの言葉を借りると、俺はあの勇者に目をつけられたらしい。
理不尽だ、なんで俺だけ……。
「姐さん、この分ならもう大丈夫そうです!」
「ん……ぽいね。ありがとうロロン、よく頑張った」
「うぇへへ……」
ロロンはファニに撫でられて気持ちよさそうにしていた。
やれやれ、どうにしろ、ようやくこれで仕事にひと段落着いたってとこかな。
あぁ、なんだかどっと疲れた……。
「どうしたのレン? じっと見てきて」
どうやら無意識に俺は、ロロンを撫でているファニをずっと眺めてしまっていたらしい。
ファニが不思議そうに、こっちを見てきた。
「レンも撫でて欲しいの?」
「遠慮しとくよ」
「だ、ダメです! 姐さんのナデナデは私だけのものなんです!」
「いらねぇって」
ファニとロロンにそんなことを言いながら、とりあえず椅子にもたれかかった。
「……そういえば、これってどこに向かってるんだ?」
なんとなく気になって、俺はファニに聞いてみた。
まさか王国に戻るなんてことはしないだろう。
となると、考えられるのは隣接してる村か集落だが……。
「地下にあるダンジョンだよ」
「なんだって? まだなんか倒すのか?」
「あぁ、違う違う」
ファニは俺の反応を面白がってるようで、「フフッ」と笑っていた。
「正確には、地下のダンジョンだった場所に、私たちが住んでるアジトがあるんだよ」
「地下に?」
「うん、といっても魔物はいないから、安心していいよ」
……正直、ファニの言葉を聞いて、少し驚いている。
こう言ってはなんだが、なんだか無法者みたいだな、なんて思ってしまった。
そういえば王国で、ちょうどそんな注意喚起があったっけか。
最近、冒険者を襲う山賊が頻出してるとか。
まあこんなご時世だし、用心しようくらいにしか思わなかったが。
「レン?」
と、ファニが俺の顔を覗いてきた。
いけない、ぼうっとしてた。
「あぁ、ごめん。ちょっと考え事してて……拠点が地下にあるって聞くと、なんだか……」
「山賊みたい?」
「そういうわけじゃないけど……でも最近物騒だって話だし。ダンジョンに住んでたりしたら、それこそ山賊に襲われたりとかしないのかい?」
「うーん……それは絶対大丈夫だよ、襲ってこないから」
なんて、ファニはあっさりと答えた。
……しかしなんだろう、答え方に違和感がある。
『滅多に遭わない』とか『遭っても撃退できる』とかならわかるんだが、『襲われない』ってのは、どうしてそんなことが言えるんだろうか?
「あ、姐さんに襲い掛かってくる命知らずなんて、いませんよ」
すると、ロロンが何やら、遠慮がちに言ってきた。
「姐さんに絡むとしたら、姐さんを知らない王国内のバカ共だけです。そ、そうだアイツら、フーリガン兄弟、許せない……どうします姐さん、アイツらぶっ殺しときますか?」
「やめてよロロン、仕事外での殺しはご法度だよ」
「す、すいません……」
……なんだろう、さっきから様子が変だ。
ロロンとファニのこの会話、とても山賊を怖がっているとは思えない。
むしろなんだか、自分たちの手下みたいな言い方……。
いや、そんなあり得ない。この子たち、成人もしていない女の子じゃないか。いくらなんでも……。
「……レン、さっきの心配事なら、大丈夫だよ。少なくとも、私と居る限りは絶対襲われない」
「え……」
ファニは、どこか怪しい笑みを浮かべて、続ける。
「少なくともこの辺にいる輩は、全員私たちの傘下だからね。そもそもここがうちのシマだし、考えなしに弓引くようなバカはいないよ」
「……傘下? シマ?」
「どうしたのさ、さっきから会話がかみ合ってないんだけど……あぁそうか、ごめん、言ってなかったっけ?」
「……おいおいおい、ちょっと待ってくれ、まさか――」
「じゃあ改めて、自己紹介を」
そう言って、彼女は俺の目を見つめた。
「この辺の無法者を仕切ってるパーティー、酒溜まりの鼠のリーダーをしている、ファニ・ウィーバーだよ。これからもよろしくね、レン?」
……一体どの立場で、彼女は勇者をヤバい女などと言っていたのだろうか。
なんてことを思いながら、俺は妖艶に微笑む、彼女を見つめた。
癪なことに、その顔はとても綺麗だった。