13 追手は勇者様
「いたぞ、逃がすな!」
「賊を発見した! 応援をよこしてくれ!」
ダンジョンのボスを倒してホッとしたのも束の間。
あっという間に大量の衛兵がダンジョンに流れ込んできて、俺たちはあっさり見つかった。
今は何とか逃げているものの、正直なところ限界だった。
主に俺の体力が。
「ほらレン、早く!」
「つ、捕まっちゃいますよ! スピード上げてください!」
「ま、待って……死ぬッ……」
ファニとロロンに叱咤されるも、それで足が速くなるわけでも当然なく。
とはいえ捕まったら終わりなのも事実なので、俺は何とかファニ達に置いていかれないよう、死に物狂いで走っていた。
不幸中の幸いだったのは、発見されたときには、既にダンジョンの出口付近まで到着していたってことくらいか。
出口まで行けば大丈夫だってファニは言ってたが、本当なんだろうか?
正直、足も限界なので、彼女の策に賭けるしかないのだが。
「よし着いた!」
なんてことを考えている間に、ファニの言う通り出口に到着した。
だが……。
「出てきたぞ! あそこだ!」
「囲め囲め! 逃がすなよぉ!」
当たり前の如く、そこにもたくさんの衛兵が待ち構えていた。
後ろからも、追手は未だに迫ってきている。
挟み撃ちにされた。
「おいおいおい……たかだか三人に大げさすぎだろ」
「それだけ、ここのダンジョンには入れたくなかったってことだろうね」
「どうする? このままじゃ袋のネズミだ」
そう聞くと、ファニは笑みをつくって、ロロンのほうを見た。
「ロロン、お願い」
「は、はい! 姐さん!」
何をするつもりだ? なんて考えてると、ロロンはおもむろに口笛を吹いた。
遠くまで響くような、通りのいい音だ。
――なんてことを考えていると、異変はすぐに現れた。
「う、うわぁ!?」
どこかで衛兵が叫んでいるのが聞こえた。
何かと思ってそちらを振り返る。
「な、なんだありゃ馬車か!?」
「散れ散れ! 轢かれるぞッ!」
そんな衛兵たちの怒号とともに現れたのは、俺たちが行きに乗った馬車だった。
馬車はあっという間に衛兵を突っ切り、こちらに突っ込んでくる。
「乗ってください!」
ロロンが叫ぶが、ファニはすでに馬車の荷台に乗っていた。
「レンさんも早く!」
「あ、あぁ!」
慌てて俺も荷台に乗る。
直後にロロンが御者席に飛び移る。
「行こう、シルビア!」
「うおぉ!?」
馬の名であろうそれをロロンが叫ぶと、馬車は急発進して、凄まじい加速をしていった。
危うくむち打ちしそうになった。本当に馬車かこれ? とても一頭の馬から出てくる加速とは思えない。
「な、なんだあの馬車!? 止められないぞ」
「くそったれの盗人どもが! 騎馬隊は馬に乗って追跡しろ!」
衛兵からそんな声が聞こえてくる。
やっぱりとでも言えばいいのか騎馬隊はいるようで、後ろを見ると、何人かが馬に乗ってこちらを追ってきていた。
「ロロン、振り切れる?」
「は、はい! このまま森に入って突っ切れば、撒けると思います! ただ――」
と、ロロンが言いかけた瞬間、馬車から、バキッという音がした。
「な、なんだ?」
見てみると、ボウガンの矢が刺さっていた。
それを皮切りに、矢の雨がガンガンこちらに降り注いできた
「うわうわうわ!」
ロロンの焦る声が聞こえた。
まあ当然、弓兵や弩兵もいるわな。とはいえ、この量はかなりきつい。
後ろからは馬車の装甲で守られているが、矢が一つでも馬に当たったら、こちらはアウトだ。
「……なるほど、飛び道具は何とかしなきゃだね。レン」
同じことを考えていたらしく、ファニは俺を呼んだ。
おおよそ、何を言いたいかはわかっていた。
「はじく魔法で飛び道具を持った騎兵隊を射落として。私は派手な攻撃魔法で陽動する」
「了解」
それだけ言って、俺はポケットから石ころを取り出す。
騎兵隊相手なら、馬を転倒させればそれで撒けるはず。
ここからが正念場だ。
「……いや、待って」
すると、ファニからそんな声が聞こえた。
どこか困惑したような、そんな声。
「なんだ、どうした?」
そう聞いた、次の瞬間、彼女がなぜそう言ったのかがわかった。
追ってきている騎兵隊を見てみると、何か様子がおかしい。
……そうだ、矢の雨が突然止んだ。
衛兵たちは変わらず追ってきてはいるが、先ほどとは何か違う。
追いつこうというよりは、遠巻きにこちらを様子見しているような、そんな感じ。
まるで、何かを待っているような。
「まさか、来てくださるとは思いませんでした……」
「ご協力感謝いたします!」
……なんだ? 衛兵が真ん中の騎兵に、何か話している。
遠くてよく見えないが、なんだかあの騎兵、他の連中とは装備が違うような――。
「……冗談でしょ。なんでここに」
ファニが、息をのむようにそう言った。その言葉にはどこか、忌々しさも感じる。
視線の先は俺と同じ、どこか異質な騎兵。
あいつは、一体――。
「勇者リエスタ」
……なんだと?
その言葉に耳を疑った瞬間。
異質な騎兵は、馬の背から飛んだ。
バガンッという音と共に、馬車全体に強い衝撃が走る。
「うわわ!?」
ロロンの声と共に、馬車が酷く揺れた。
何事かと思って、思わず馬車の中を見た。
「なんッ――!?」
そこには、馬車の中には絶対いて欲しくない人間がいた。
プラチナのような長髪を乗せた、人当たりのよさそうな整った顔は、今は鋭い眼光を携えている。
清廉さを感じさせる純白の戦装束は、今日中央広場で見たままだった。
白く綺麗な聖剣を握りしめ、俺たちを睨みつける女の子。
勇者リエスタが、そこにいた。
俺とファニは、とっさに彼女に向けて構える。
「アナタは、昼間の人?」
リエスタは、聞き慣れない、そんな言葉で俺を呼んだ。
「……なんのことだ?」
「昼間、そこにいる彼女を助けていましたよね? 不思議な魔法を使って」
……気のせいかと思いたかったけど、やっぱりあの時、気づかれてたのか。
「あの時は、良い人だと思っていたのに……残念です」
「は? いきなり何の話――」
「人を助けようとする心はあるのに、どうしてこんなことをするんですか? 今なら間に合います、皆さん自首してください」
どこか憂うように、リエスタは俺に言ってきた。
言い聞かせるような、導くような、そんな言い方。
なんだか、妙に癪に障る言い方だった。
「……で、自首したらどうなるってんだ?」
「レン、何言って――」
ファニの言葉を、俺は片手で制止した。
自分でもなんでこんなことをしているのかはわからない。
そんな場合じゃないのは、わかっているはずなのに。
「……聞けばアナタ、ギルドを追放処分にされたようですね?」
「へえ、よく知ってるな。だったらなんだ?」
「自首して、しっかりと反省の意を示していただければ、私の方でギルドに復職できるようサポートします」
「なに?」
なんだこいつ、いきなり何言いだしてるんだ?
「だって、ギルドを追放処分なんて、よっぽどやんごとなき理由があるのでしょう? 私の方で原因を解決して、なんとか元の真っ当な人生に戻れるようにしましょう、ね?」
「……へえ?」
「不安に思わなくっても大丈夫です! きっとギルドの皆さんも、アナタが戻ってくるのを待ってるはずです。そんな――」
リエスタは、慈しむような微笑みを見せて、続けた。
「仲間外れになっちゃ、だめですよ」
……あぁ、彼女の言葉が癪に障る理由が、よくわかった。
こんな状況で敵に手を差し伸べる清廉潔白な性格。
俺を切ったギルドの連中が、俺のことを思っているはずだという、無条件に人を信じるその無垢さ。
仲間外れは無条件でダメだと宣う、正義は我にありと信じてやまないその心。
そのすべてが実に、余計なお世話だ。
「……お心遣い痛み入る、勇者リエスタ様」
「じゃあ……!」
「だがな」
言いながら、俺は彼女の胸に、手を当てた。
「え……うぇ!? ちょ、いきなりなにを――!」
「俺を捕まえたいなら、次はデートにでも誘ってくれ」
「……ふぇ?」
リエスタが顔を赤くして困惑している間に、彼女の胸の、そこに下がっていたネックレスの宝石を右手でつかむ。
「ファニ、離れてろ」
「え、ちょ――」
ファニが言いかけながらも後ずさったのを確認すると、俺は魔法を発動した。
出力は控えめ。
衝撃だけを強めに、痛くしない程度に。
バンッ。
そんな音と同時に、ネックレスの宝石は発射され。
勇者は馬車の外に弾き出された。