1 ギルド追放
「はぁ……どうすりゃいいんだ……」
俺は最悪の気分で、街道のベンチでうなだれていた。
この晴れ渡った天気も、過ごしやすい気候も、今は余計なお世話にしか思えないくらいだった。
理由は簡単だ。冒険者という仕事をしていたが、つい先ほどクビになったのだ。
もっと言うと、冒険者ギルトそのものから、追放されてしまった。
「次の仕事を探さなきゃ……」
なんて自分に言い聞かせるが、雇ってくれる当てなど、あるわけもなかった。
どんな職業でも、何かしらそれに応じた『スキル』や『魔法』が必要になってくるからだ。
この世界は、何かにつけスキルと魔法だ。
二つのどちらかが使えなければ、働くことはおろか、日常生活すらままならない。
普通の人はどっちかひとつを突出させたり、両方をバランスよく鍛えることで、それを活かして生活している。
『鍛造スキル』を特化させて鍛冶屋をやっていたり、『調理スキル』と『炎魔法』を使い分けて料理人になっていたり。
だが、どちらにも当てはまることは、皆ある程度のレベルのスキルや魔法を複数使える、という点だ。
俺には、それができない。
みんなはできるのに、俺だけが。
だからだろうか。あんな風に、解雇を言い渡されたのは。
――時間にして思えば、多分数刻も経っていない、ついさっきの出来事だ。
「……追放、ですか?」
昼下がりの、荒くれの冒険者たちの喧騒で賑わっているギルドの中。
俺は職員から聞かされた言葉に対して、思わずそう呟いていた。
「そうは言ってません。ただ、これ以上ギルドに居座られても困ると言っているのですよ。レン・ユーリンさん」
そんな俺の様子を微塵も気にしていないように、目の前にいるギルドの女性職員は、淡々と俺の名を呼んだ。
「もちろん自主退職の意思はおありですね? では、こちらとこちらに署名していただいたあと、ライセンスを返却して――」
「ち、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
急に言われてまだ整理できてないのに、そう矢継ぎ早に進められても困る。
そう思って待ったをかけたわけだが、すると職員は、面倒くさそうに俺を睨んだ。
「はぁ……何か?」
露骨に嫌そうなため息を吐かれ、内心焦る。
相当嫌われている故か、この職員、他の人には普通に愛想よく接しているのに、俺にだけは酷く塩対応なのだ。
ただ、ここで気圧されるわけにもいかず、俺は何とか口を開く。
「き、急にそんなこと言われても、俺こそ困りますよ……そもそも理由は何ですか?」
「……わかりませんか?」
心底呆れたような目で俺を見る職員。
いろんなところで、いろんなやつから、散々向けられた目つきだ。
「お前が魔法もスキルも使えない、度を超えた無能だからだよ」
すると、後ろから突然、そんな声が聞こえた。
この声は、知ってる。聞くだけで憂鬱になる。
恐る恐る振り向くと、案の定そいつはいた。
両脇にパーティーメンバーである女の子たちを抱え、俺を見下ろしていた。
「クライン、さん……」
クライン・レオーネ。
かつて所属していたパーティのリーダーで、このギルドではトップの功績を誇っている高ランク冒険者でもある。
戦闘に役立ついろいろなスキルをバランスよく使え、仲間内でも上々の評判の男。
さらにここのギルド長の息子ということもあって、職員はみんな、彼のイエスマンばかりで固められている。
なんでそんなお坊ちゃまが、危険な冒険者なんてやってるのだろうか?
単に憧れか、それともスリルを求めているだけか。
まあ別に、知ったことではない。
どうにしろ俺にとっては、彼は良い人物とは言えないのだから。
会うたびに人格否定や誹謗中傷のオンパレードを言い放つのは当たり前。
何か嫌なことがあったら八つ当たりに殴るわ蹴るわ。それが終わってスッキリしたと思ったら、ボコられた俺の姿をパーティーメンバーと一緒に嘲笑ったりと、生粋のサディストだった。
それでも生活費を稼ぐために甘んじて受け入れてたのだが、契約当初に約束していた賃金を滞納され、それで催促しに行ったら『魔法なしスキルなしの無能に払う金なんかねえよ』と言われた。
それを皮切りに、嫌がらせのように未払いが何か月も続いたので、辞めざるを得なくなった。
更に言うと、契約した料金の未払いについてギルドに相談したところ、まともに取り合ってもらえず、俺は泣き寝入りする羽目になってしまったのだ。
そんなトラウマもあって、出来ればこの人に会わずに済ませたかったのだけれど。
「……何の御用で?」
「はぁ? なにその態度、クラインがアンタなんかに用があるわけないじゃん。たまたまアンタがいただけだから」
「無能力者なのに、プライドだけは一丁前なんですね~」
俺の問いに答えたのはクラインではなく、両脇にいる女の子たちだった。
「いやいや、待てよ、全くの無能力者ってわけでもねぇ……そうだ、たったひとつだけ魔法が使えたよな、お前?」
と、クラインはニタニタとバカにするように笑って、続けた。
「確か、『物をはじく魔法』だっけ? いやぁ、すごいすごい」
「え、それってあれじゃん? 二歳か三歳くらいに勉強する、誰でも習得できるやつじゃん。手のひらサイズの小さいものをちょっとだけしか動かせない、あの」
「懐かしい~それ私もやったことあるよ~。手でやった方が早いじゃんってくらい、役に立たない魔法だよね~?」
クラインと女の子たちはそう言って、可笑しそうに笑いだした。
ふと前を振り返ると、職員さんもつられて笑いそうになっている。
「プッ……クラインさんの仰る通り、ハッキリ言ってレンさんの能力は、ギルドとの雇用形態を維持するには、あまりに――失礼、少々低すぎるのです。なにせ使えるものが、歩くよりも簡単にできる無意味な魔法がたったひとつというのは、さすがに……」
「で、でも俺、『物をはじく魔法』だったら誰よりも上手く使えます! これだけは自信あるんです! 無詠唱で誰よりも早く発動できるし、押す力も方向も、誰よりも正確にコントロールできます!」
このまま追放になったらそれこそ路頭に迷ってしまう。
ソロパーティーである俺は仕事をほとんど回してすらもらえないし、クラインの悪評のおかげでどのパーティーにも入れてもらえない。
そんなだからまともに稼ぐことなんてできていないが、クビになってしまったら、それこそ明日のパンすら買えなくなってしまう。
それだけは御免だと思って、俺は必死に、自分ができる唯一の魔法をアピールしてみる。
「……はぁ」
だがそれも空しく、職員から聞こえてきたのは、そんなため息だけだった。
「お前さあ、そんな幼児のお勉強用魔法が上手いからって、マジで役立てるとか思ってるわけ?」
そんな職員の呆れを代弁するかのように、クラインは俺に言ってきた。
「ほ、本当です! 実際俺、クラインさんのパーティーにいたときも、何回かこの魔法で魔物を倒して――」
「いい加減にそのくっだらねえ嘘辞めろや!」
クラインは急に俺の胸ぐらをつかんで、声を荒らげた。
「ぐッ……!」
息が、苦しい。
「この際だからハッキリ言ってやる。役立たずで無愛想で気も利かねえ、おまけにそんなつまんねえ嘘を吐くようなやつ、ギルドにいるだけで迷惑なんだよ!」
「魔物を倒したって……どうせクラインと私たちが戦ってるところに、役に立たないそのお勉強魔法かけたってだけでしょう?」
「それで自分が倒した気になってるって……救いようのないクズだね~」
クラインと女の子たちは、イラついたのだろうか、そんな言葉を俺に浴びせる。
それに俺は、つい口を噤んで、何も言えなくなってしまった。
「テメェまだ居座るってんならよ、わかってるよな? 自分でやめるんなら、許してやるっつってんだぜ?」
クラインのその言葉を聞いて、ようやくわかった。
そうか、急に辞めるよう露骨に勧められているのも、こいつが何か、手を回して……。
けど、なんで急に……いや、どうせたいした理由はないのだろう。
いい加減鬱陶しくなったとか、きっとそれだけの理由だ。
ふと周りを見てみると、いつの間にか他の冒険者たちも、こちらを注目していた。
俺を見てクスクスと嗤うもの。
そうだそうだ、とヤジを飛ばすもの。
……そして、こちらをゴミを見るような目で見つめるもの。
人付き合いも苦手で、仏頂面で無能。そんなんだから嫌われているとは思っていた。
だがまさか、ここまでだったとは。
察しの悪い俺でも、気づかざるを得なかった。
ギルドに、俺がいていい居場所はないのだ。
「クラインさん、お気持ちはわかりますが、ギルド内での騒ぎは……」
「おっと、失礼」
職員に言われ、クラインは笑顔で俺の胸ぐらを離した。
しまっていた喉に空気が入り、思わずえずく。
「ま、パーティーメンバーにムカつかれすぎて殺される前に、辞めれてよかったんじゃねーの?」
「ホーント、職員さんに感謝しなきゃね」
「じゃ~ね~、もう顔見せないでね~」
クラインたちはそんなセリフを吐いて、盛り上がっている他所の冒険者たちの輪に入っていった。
冒険者たちは、クラインたちを温かく出迎えていたのが見えた。
「さて……これで理由はわかっていただけたでしょう。当然、サインしてくださいますね?」
クラインが離れた途端、酷く事務的な態度に戻る職員。
それをトドメに、俺はもはや、抗う意思を失ってしまった。
「……はい」
ただそれだけ言って俺は、解雇処分の書類にサインをした。
この日俺は、冒険者をクビになったのだ。