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「ハア、ハァ……待っ……待って」
「ん? あ、ごめん」
ファンクラブからどさくさで逃げてからずっと走っていた。速度は抑えたんだけど、佐々木さんには辛かったようだ。ごめん。
「ハ、ハァ……桜木さん、……って、見かけに寄らず……意外と、体力あるのね」
「ええーと。……まあね!」
きっとこのくらいなら普通の範囲だろう。開き直った。佐々木さんは立ち止まって何度か大きく深呼吸を繰り返し、呼吸を整える。落ち着いたところで開口一番こう言った。
「余計なお世話よ」
「あ、やっぱり?」
予想していたのであまり驚かずに笑いながら頬をかく。私も調べるだけで終わりにする予定だったのだが、流石にさっきのは大怪我しそうだったから見逃せず、思わず飛び出てしまった。
けれど佐々木さんはそんな事知らないし、知らなくて良い事だ。別に恩に着せたい訳じゃない。当たり前に明日が来る、それだけでいいのだ。
「……まあでも。お礼を言っておくわ。ありがとう」
「!」
佐々木さんの突然のデレにキュンとする。なんて可愛いんだ。これでお嬢様系女子高生なんだぜ?
「こっちもごめんね。下手に入ったらもっと酷くならないかな」
けれど懸念はある。いじめって、自分より下位の人間が一人間に入っても収まらないものだ。私のせいで佐々木さんがもっと辛い目にあったらどうしよう。今更ながらに不安になる。学生だからずっと一緒にいれる訳ではないし。
「気にしなくていいわ。私も話が通じなくて辟易としていたし。……それよりも、あなたが巻き込まれる心配をした方が良いのではなくて?」
もやもやしてたら逆に佐々木さんが私の心配をしていた。確かに、いじめは助けた方が標的になるパターンもある。
……が、私の場合は問題無い。何故なら実年齢は三歳年上なのだ。実際歳を取ったら分かるが、思春期の嫌がらせなど、実にくだらない事が多い。それよりも前の世界のいつ死ぬか分からないストレスの方が私にはダメージが大きかった。今更自分より弱い女子高生の攻撃など痛くも痒くもない。
「私の方は大丈夫! 問題無いよ」
「そう? そう言い切れるなら良いのだけど」
「それよりも、もし助けが必要な時は絶対力になるから呼んでね。あ、そうだ連絡先交換しよ」
この世界にSNSは無い。時代背景は少し前の時代のようだ。佐々木さんとは意外にもすんなりと連絡先を交換し、その日はそのまま寮で別れた。
『佐々木姫華、佐々木姫華、至急生徒会室に来るように』
「へ」
「え、これってあんたの草むしり友達の名前よね」
いつも通り朝の罰則が終わり、午前の授業も終わって昼休み。突如流れた校内放送で知り合いの名前が流れた。
私達だけでなく、この放送に学園全体がざわついた。校内放送は頻繁ではないが、珍しくはない。しかし"生徒会"というワードが珍しいのだ。生徒会はこの学園トップの組織だが、イベントや特別な事情以外で表立って一般生徒に関わってくる事はない。
それなのに今、Bクラスの佐々木さんがメンバー以外入室することを許されないという、生徒会室に呼ばれた。当然そんなイレギュラーに全校生徒がざわついた。
「どうしたんだろう……」
「いじめの件で相談したんじゃない?」
「……それならいいんだけど」
確かにその話も今朝したな。相談するのもアリだと思うって。早速その相談でもしたのかな。
「生徒会が関わったなら解決だね。よかったじゃん」
「そんな早く対応出来るものなの?」
「? そうでしょ。生徒会はいじめとか許すはず無いし、逆らったら最悪退学だよ? だから生徒会って組織は強いんだよ」
「まじか。生徒会改めてやべーな」
「だから杏奈も絶対逆らっちゃダメだよ。記憶無くてもそこだけは忘れないでね」
「……わかった」
「佐々木さん、なんか元気無い?」
「! ……ううん、大丈夫」
翌朝、朝の掃除に眠い目を擦りながらやって来た私よりも目をショボショボさせた佐々木さんがいた。いつも朝からキリッとしている彼女にしては珍しい。
「……もしかして、何かあった?」
いじめの事や昨日生徒会に呼ばれた事を思い出し、心配になって見張りの親衛隊に聞こえないよう声を顰めて聞いてみた。
「本当に大丈夫。だから桜木さんは安心して」
私が質問した瞬間、何故か目を見開き一瞬瞳を潤ませた。そして穏やかに笑って私の手を握る。
「……私との約束覚えてる?」
「ええ。助けて欲しい時は連絡して、でしょ?」
「うん。本当に遠慮しないでね」
「分かってるわ。……ありがとう」
「…………」
それ以降は何を言っても大丈夫と言い、ずっと彼女は笑顔だった。それは諦めというより、強い意思みたいなものを感じた。
「また明日」
そう言って佐々木さんは去っていったけれど。
「……何かを決意してても、辛そうなのは隠せてないよ」
頑固な佐々木さんにため息を吐いて、今日また探りを入れる事を決意した。