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サササササッ


「……」


 私は今、学園内を常人には見えないスピードで走り回っている。


「放課後どこか遊びに行かない?」

「部活遅刻するー!」

「外でモック食べに行こうぜー」


 この世界に来てから初めて全神経を集中させる。この広い学園で人を探すのは大変だ。しかもメインキャラクター達に気付かれてもいけないので、気配も消して絶対に見つからないように細心の注意を払う。


「ここの問題教えて」

「やった! 最高記録だ」

「あまり調子に乗らないでよ」

「痛……」


「!!」


 色々な声と気配を探りながら走っていれば、最後に聞こえてきた話し声に当たりをつけてその場に急ぐ。


「あんたさあ、いい加減立場を弁えなよ」


 辿り着けばそこには案の定、佐々木さんと複数の女子生徒がいた。制服を見ると緑色の刺繍もあることから三年生が混ざっているのが分かる。


「わざとではありません」


 三対一なのに流石サバサバ系女子の佐々木さん。全然怯んでねぇ。余計な心配だったか……?


「嘘よ! わざとやってるんでしょう!」


 しかし相手の女子三人組は誰だろう。学年混合だから何かの部活だろうか。……ん? なんかお揃いのバッチ付けてるな。親衛隊みたいな腕章に似てる……。


 ……。もしかして、あれって。


「勉強出来ないフリしてわざと赤点を取ってるんでしょ! 暁斗様に構って欲しいからって!」


 やっぱりファンクラブかー。


「暁斗様はあんたなんか眼中に無いんだから! いい加減諦めなさいよ!」

「だから会長に興味なんて無いって言ってるでしょう。それよりも鞄を返して」

「まああ! 心にも無い事を! 暁斗様に懸想しない子なんていないわ!」


「んなムチャな……」


 佐々木さんを見つけたので物陰に降りて会話を聞いていたのだが、なんつー理論。めちゃくちゃだ。

 否定しても自分達の感情で話しているから会話にならない。佐々木さん……いつもこんなの相手にしてたんだ……可哀想に。


「あなた達は私が罰則を受けている事が気に食わないのでしょう。ならあなた達も赤点を取ればいいじゃない」

「う……」

「それは……」

「……?」


 正論を返した佐々木さんに閉口するファンクラブの面々。


「怒られたら怖いじゃない……」

「…………」


 わあ、呆れた。好きだけど恐怖が勝つのだろう。確かに近くで見た会長は綺麗な顔立ちではあった。でも同時に容赦なく振るう暴力も有名で、安易に近づけないのだろう。けれど恋心は止まらなくて、近くにいる相手が羨ましい。だからこうやって、陰で八つ当たりしているのだろう。


 ……アレ? 私は一度もこういう事されてないぞ。もしかしてクラス低いし佐々木さんほど美人でもないから眼中にも無かったのかな。平穏を愛する私にとって喜ばしい事なのに、どこか複雑な気分……。


「そう。なら私に八つ当たりしてないで、自分でアピールしなさいよ」

「なんですって……!」


 あー、あかん。佐々木さんダメだよ煽っちゃ。元々話通じない人達への正論は火に油だよ……!


「私だって本当は罰則なんて受けたくないの。だから人一倍勉強しなきゃいけないんだから、鞄を早く返して」

「黙っていれば偉そうにっ……!」

「キャッ!」

「!」


 ぐい、と手を突き出し迫る佐々木さんに逆上した女の子が、思い切り手を払う。すると思いの外力が強かったせいか、佐々木さんの体勢が崩れた。あ、転ぶくらいの表情をしているが、死角には先が尖った石があり、あのまま倒れたら顔が切れる。


「佐々木さーん、見つけたー」

「キャッ」


 若干棒読みになった感は否めないが、私は物陰から素早く飛び出した。数メートル手前で見えるくらいのスピードに落とし、彼女に軽いタックルをする。といっても転んで傷つかないように抱き込みながら。勿論尖った石が無い方向を狙った。


「?!」

「あ、ごめーん。泥だらけになっちゃったね。お詫びに私の部屋来て?」


 突然現れた私に佐々木さんもファンクラブの女の子達も呆然としていた。それを良い事にペラペラと捲し立てる。


「いやー用事があって探してたんだけど、何か取り込み中? まあいいですよね。先生からの呼び出しなんです。それではご機嫌よう」


 あははーと笑いながら有無を言わさない力で佐々木さんの手を握り、彼女の鞄を奪い取ってその場を去った。



「……ハッ! 何あの子!」

「私達と話してたのに!」

「校章が黄色だったから、二年生よね?」


 突然の乱入者の登場と退場にあっけに取られていていた彼女らは、我にかえると口々に話し出す。しかしそれも次の瞬間静まり返った。


「ねぇ」

「!!!!」


 彼は非公式のファンクラブに話し掛ける事はない。けれど、彼女達がその崇める対象の声を間違える筈もなく。確信と信じられない気持ちを混ぜながら、恐る恐る振り返った。


「さっきの女子、知り合い?」


 春風にそよぐ黒髪、薄い唇は珍しく機嫌が良いようで軽薄に笑んでいる。その黄金の瞳は新しい獲物を見つけたように爛々と妖しく輝いていた。


「あ、暁斗様……」


 憧れのその人を間近に見た感動と、その異常な威圧感から感じる恐怖に腰が抜けそうになる。それでもこの貴重な機会と、笑みを携えたファンクラブから見てもレアな表情を網膜に焼き付けたいという思いから、視線が逸らせなかった。


 しかし彼女らが思わず呟いた一言に、暁斗は笑みを消し不機嫌そうに眉を顰める。


「君、だれ。気安く僕の名前を呼ばないでくれない」

「は、はい! 申し訳ありません!」


 暁斗様という呼称はファンクラブに入った者がこっそりと呼ぶ名前。彼は元々馴れ合いは好きではなく、気安く下の名前を呼ばれる事を酷く嫌う。理由は分からないが、それは彼を知る人なら誰でも知っている共通認識。実際、生徒会メンバーすら柊会長と苗字で呼んでいる。


 だからこそ、殺気を向けられた女子生徒は恐怖でガクガクと震えた。そんな彼女を見て回答を得られないと思ったのか、暁斗は違う女生徒に同じ質問を繰り返す。


「さっきの女子、誰?」

「佐々木姫華、ですか?」

「へぇ。佐々木姫華って言うんだ」


 憧れと恐怖心に混乱しながらも、この中で一番年上の三年生がなんとか彼の質問に答えた。まあ実際は暁斗が聞きたかった生徒の名前と女生徒が答えた名前は別人だったのだが。


「図書館での動体視力といい、さっきの反応速度といい、偶然か実力か。……彼女は何者かな」


 クスクス笑いながら去る暁斗の姿に、ファンクラブが佐々木への嫉妬の念を更に燃やしていた。







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