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「昨日はごめんなさい」
朝の掃除の時間。開始前に佐々木さんに頭を下げられた。
「?」
「昨日の一限目のことよ。…声、掛けてくれたでしょ」
「ああ! あれか!」
命の危険以外はわりかし気にしないので、もうすっかり忘れていた。突然佐々木さんに謝られても心当たりが無かったので首を傾げていたら補足される。
「本当は聞こえていたの。無視してごめんなさいね」
「別にいいよ」
そう言ってロッカーから箒を二本取り出し片方を佐々木さんに渡す。いつまでも立ち話していると怒られちゃうからね。
「私みたいな陰キャと仲良く思われると良くないよね。だから校内で話し掛けないように気を付けるよ」
パッチリとした二重、毛穴一つない綺麗な肌にツヤツヤにお手入れされた髪の毛。他のクラスの事なんて知らないけど、これはどう見てもカースト上位の人の特徴だ。
こうやって普通に話してる事が珍しいとすら感じる。彼女も私なんかに表立って仲良く振る舞われなくないだろう。
「違うわ!!」
「!」
「…あ、…大声出してごめんなさい」
一人で納得してうむうむと頷いていたら佐々木さんらしからぬ大声で否定された。
「違うの…そんな事思ってないわ。でも…」
「佐々木さん…?」
唇を噛み締めて、でも何かを言おうとする彼女の言葉を待つ。しかしそこで無粋な声が割り入った。
「こらあ! そこ何をサボっている! 女子でも容赦しないぞ!!」
親衛隊という見張りがやってきて竹刀を振り回す。流石に当てるつもりは無いようで、ただの牽制だ。
しかし一般女子の佐々木さんには充分脅威に見えるらしく、ビクリと肩を震わせ慌てて手を動かした。おかげで雑談出来る雰囲気ではなくなってしまった。
私は親衛隊にバレない程度のため息を吐き、先程佐々木さんは何を言いたかったのかなと思いつつも箒を動かした。
「難しい顔してどうしたの? 杏奈」
「うーん。ちょっとね」
掃除が終わり、ずっと見張っていた親衛隊もいなくなったので、先程佐々木さんが言いかけていた事を彼女に問い掛けた。しかし彼女はなんでもない、と口を閉じ去ってしまったのだ。
ちくしょうあの親衛隊、邪魔しやがってええ。ずっと見張ってるなら手伝ってくれてもよくない? まあ目立ちたくないから反抗しないけども。
佐々木さんは何が言いたかったのかなあと物思いに耽っていたら、凪が席にやってきた。そんな難しい顔してたかな。
「今日ね…」
せっかくなので凪に佐々木さんとの事を話した。最近よく話すようになった事、今日はなんだか様子がおかしかった事。
「佐々木さんかー。私も知らないなあ。てかこの学園クラス多いから同学年でも全員は把握出来ないよね」
「だよね。マンモス校あるあるかもね。実はクラスも知らないんだー」
「いやそこは聞けよ」
「だってそこは嫌かなーって」
「あーね」
この学園は日本屈指のエリート高校。それは学力、スポーツ、芸術と幅広い。学園はそんな可能性のある生徒を全国から集め、全寮制に閉じ込めて外界を断ち特殊な環境下に身を置かせる。その為一昔前みたいな教育方針が許されているし、閉鎖的な環境の中で変な力関係も出来上がるのだ。
その最たる例が学園内カーストだ。トップは言わずもがな生徒会長。続いて生徒会や教師や学年。そして同学年の中ではクラス毎に序列がある。
一番上はAクラス。これは学力や運動能力、芸術や家柄など格式の高い生徒が集まる。続いてBクラス。これはAクラスに入れなかった者たちに続き、成金など実家が太い生徒が追加される。そうして成績ランキング順に生徒は分類され、アルファベット順にクラスカーストが生成されるのだ。
外の世界からやってきた私から見ればへえとしか思わないのだが、学園内では良い競争になるので黙認されているらしい。
ちなみに私と凪はFクラス。ここまでくると序列とかどうでもよくなってくるレベルだ。だがAからCクラスはカーストをすごく気にするのを知っているので、わざわざ対立はしないけど配慮はする。勿論上位クラスにもカーストを気にしない生徒はいるだろうが、少数派だ。
佐々木さんがどこのクラスかは知らないが、見目もクラス分け要因になるので私よりは上のクラスだろう。…何度も罰則受けてる事から成績は悪そうだけど。私に話し掛けるのは、朝は友達がいなくて暇なだけかもしれない。それなら本校舎で馴れ馴れしく話し掛けるのは迷惑かもしれないな。反省反省。
ちなみに生徒会メンバーは元のクラス関係なくSになる。つまり選ばれたら問答無用で最上位なのだ。
「まあ、あっちが声掛けてきたら本校舎でも仲良くすればいいんじゃない?」
「それもそうだね」
一部はバチバチしてるが、気にしない人は気にしない。下位クラスから話し掛けるのは失礼にあたるが、上位クラスから話しかける分には問題ない。同クラスには変な目で見られるらしいけど。うーん。変なしきたりだ。
「まあ、朝の時間は今まで通り接するよ」
「杏奈はお人好しだね」
「佐々木さんには佐々木さんしか分からない理由があるかもしれないし。私は今まで通り仲良くするだけだよ」
「…杏奈がそうしたいならそうすればいいんじゃない? 何かあっても私は友達だし」
「凪! 大好き!」
「はいはい」
他人の心なんて考えたって分からない。だから私は目の前にいる佐々木さんと仲良くするだけだ。
そんな私を心配してる凪にハグをして、とりあえず参考書を広げ中間テストに向けて勉強に励んだ。
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