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「生徒会とその会長について教えて欲しい?」
教室に戻ってから、私は友達の凪に問い掛けた。彼女は目を丸くして叫んだ後、ハッとしたように手の平で自分の口を抑える。そしてキョロキョロと辺りを見渡し、小さい声で私に聞き返した。
「あんた大丈夫? テストといい記憶喪失にでもなったの?」
「あははー」
「…まあ、杏奈そういうの興味無さそうだったもんね」
「そ、そうなんだよ。だからさっき呼び出されて驚いて…」
私は先程生徒会室で起きた出来事を凪に話した。
「なるほどねえ。目を付けられたくないから、対策に生徒会長の事を知りたいって言ったんだ」
「そうそう」
内心冷や汗をかきながら凪に大体の事を教えてもらった。
生徒会とは生徒は勿論、教師さえも逆らえないこの学園においての絶対的な機関らしい。聞いていて何だそれとか思ったがとりあえず聞き流した。
結論として、全寮制の閉鎖的なこの学園で彼らの言うことは聞いておいた方が無難そう、ということを理解する。
そしてあの冷たそうな生徒会長の名前は柊暁斗。この学園のトップだ。文武両道、眉目秀麗となんともまあ天は二物以上与えられたような人らしい。
生徒会の中でも異色で、他の人はそれなりに普通の生徒達と似たような感じなのだが、柊会長だけは違う。圧倒的な権力を持っており、逆らう者はいない。実質生徒会とは柊会長を指すと考えてよいとのこと。
また暴力的な面があるが、そのカリスマ性に魅了される生徒も多い。生徒会メンバーとは別で彼に従う男子生徒からなる親衛隊があったり、その容姿端麗さから女子生徒(一定の条件を満たせば男子も可)で構成されるファンクラブまであるとのこと。
……どんだけー。
「だから絶対に逆らっちゃダメだよ!」
「ソウダネ」
「もちろん親衛隊やファンクラブも怖いけど……一番ヤバいのは本人だからね」
「……どゆこと?」
予想以上に大物だった件に乾いた笑いを漏らしていれば、凪は声を落として付け足した。
「あんな儚げな容貌なのに、すっっっごく強いんだよ。しかも相手が誰であろうとも、容赦ないし。少しでも会長を不機嫌にしたら、すぐボッコボコにされるから。ファンじゃない子たちは皆恐れてる存在なんだよ」
「ボコボコ」
「生徒だけじゃなくて先生達も会長の力と権力の前じゃ何も出来ないから、もうこの学園のルール! って言っても過言じゃないと思う」
「……うーわ」
「今日も生徒会室で男子生徒が一人やられたらしいね」
「ああ、あの人か」
確かにあの折れそうな腕で、大の男を今朝目の前で吹っ飛ばしてたな。てかあれ日常茶飯事なのか。白目剥いて気絶していた哀れな被害者に、心の中で手を合わせておいた。
それにしても殴っても先生放置って。……やべえ世界じゃん。ここ。
「でもまあ会長は理由なく怒りはしないから、今まで通りひっそり過ごしていれば大丈夫だよー」
「ソッカー」
「たまに理不尽だけと」
「不安しかない」
「大丈夫大丈夫。会長も流石に女生徒はボコボコにしたこと無いから」
「そうなんだ」
「まだね」
「不安しかない」
この世界で過ごした記憶は無いが、どうやら元の私も事勿れ主義だったらしく、凪とひっそりと平穏な学園生活を送っていたようだ。
まあ話を聞いた感じ、校則を破らず模範的に過ごしていれば普通の高校生活は送れそうかな。
「まあ私達みたいな陰キャは片隅で無難に生きてれば大丈夫だって」
「……まあ、それもそうだね」
正直、今朝見た感じだと大して強くは無さそうだったけど。余計な事に首は突っ込まない方が良いだろう。
「教えてくれてありがと。凪」
「改まって照れくさいではないか。よいのだよー」
大事な情報にお礼を言えば、少し照れた凪が戯けたように言葉を返す。
そんな何気ないやり取りに、不意に泣きそうになった。
ああ、こんな平穏は久しぶりだな…。
「あ、桜木。お前生徒会から罰則通知来たから。明日から次の中間テストまで、一時間早く登校して校内掃除な」
「……」
1人感傷に浸っていたら、ひょっこりと顔を覗かせた担任から無慈悲な連絡。めんどくせええ。でも凪の話から察するに逆らわない方が吉だよね。
「分かりました。はあ」
「ため息隠せてねーぞ。まあ、次の中間テストで挽回出来れば罰則も終わるから」
それを聞いてホッとするも、少し考えて再び絶望する。中間テストまであと約二ヶ月。中学の時に勉強した内容すら忘れているのに、高校一年生の時プラスこれから始まる二年生分の勉強が二ヶ月で私の小さい脳みそに入るのか?
筋力ならともかく、記憶力には全く自信がないぞ。
「とりあえず、目覚まし時計をセットしておこう」
校内掃除に遅刻したら、ボコボコにされるかもしれない。