20
辿り着いたのはいかにもと言った雰囲気の廃ビル。
この町にこんな場所があったのかと感心しかけた、その瞬間。
視界に飛び込んだ光景が、それらの思考を吹き飛ばした。
「……何してんだ、テメーら」
酷く怯えている姫華を、男が五人で取り囲んでいる。そのうちの一人が、彼女の片膝に触れていた。
状況を理解する前に、反射的に吹き飛ばす。次の瞬間、その人は数メートル先の壁に叩きつけられて動かなくなった。
「なっ」
「誰だてめぇ!」
一斉に視線がこちらへ向く。
彼らはその恰好と行動から何となく察したが、後ろ暗いことに慣れているようでこの状況に順応するのが早かった。一斉に突然の乱入者に視線を向ける。
「それはこっちの台詞だろ」
しかし私はその目線に怯むどころか、胸の奥がじわりと熱くなる。
私は弱いものいじめが嫌いだ。
特に寄ってたかって無力なものを嬲るようなやり方が。
別に大それた理由はないが、それは卑怯で反吐が出る。
その怒りに引きずられるように、口調が変わる。
この世界ではお嬢様学校に通っていたので封じていたが、まあここではそんな気遣い不要だろう。
振り返って姫華を見る。襟元が歪んでいるが、一つもボタンを外されていない様子から間に合ったと分かり、ひとまずホッとする。目元と手足が縛られているが、怪我もなさそうだ。
視線を前に戻すと同時に、とりあえず不愉快なカメラを蹴り壊した。そして蹴り上げた足を戻すついでに、そのカメラを向けていた男の腕を叩き潰す。
「ッギャアアアアア!!」
「は?!」
「タク!」
「……ハハッ!」
その早業と、まさか骨を折られるとは思っていなかったようで、ワンテンポ遅れてタクと呼ばれた男以外が大声を上げた。それを見て私はなんだか笑ってしまう。
ペキって音がして、まるで虫みたい。
「お前っ……!」
笑っている私と泣いている男を何度か見比べて、彼らはやっと状況を理解したようだ。
突然の乱入者に呆けていた雰囲気は無くなり、明確な敵意を私に向ける。
まあそのうちの一人は既に伸びていて、一人は泣きじゃくっているが。
――何でだろう。それを見て、全然怖くない。
むしろ、面白いと思ってしまった。
「なんでそんなに怒っているの? …………ぷっ」
「……っテメェ!!」
分かりきっている質問にこらえきれずに吹き出せば、男たちは顔を歪めてナイフを抜いた。
「…………お前、いい加減にしろや」
「ん? 先にやっちゃいけないことしたのはあんたたちでしょ」
「……お嬢ちゃんは知らないだろうけどなぁ、俺らは黒牙に属してるんだぞ?」
「? ふうん? だから?」
「…………」
「礼さん、こいつ多分黒牙のこと知らないですよ!」
「嘘だろ! この辺りの界隈で俺らのこと知らねえわけねえだろ!」
どうやら迷いなく刃を出した感じからして、血を見るのに慣れていそうだ。
――当然か。
人を攫うような真似ができる時点で、まともであるはずがない。
そう冷静に考えた直後、姫華が何をされかけていたのかを思い出す。
胸の奥で、また怒りがじわりと燻った。
「俺は親切だから教えてやるよ。黒牙はこの町の裏を牛耳ってる組織だ」
「へえ」
「いくら金持ち学園の生徒でも対抗出来ないほど大きな組織だ。逆らったら――お前は勿論、家族も友人も、全員死ぬぞ」
背後で姫華が震えた。
ああ、なるほど。
怖い存在らしい。
……でも。
「まあ、お前は俺らのこと知らなかったからな。情状酌量をやろう」
「ふうん」
「……。その態度と先程の動き。多少武術に心得があるんだろうが、俺らの組織は大きい」
「へえ」
「お前がいない所で一人ずつ潰していくぞ」
「ほう」
「礼さん!」
「こいつ舐め腐ってますよ!!」
と言われても裏の組織とかなんだ。実際見た事無いから想像の範囲でしか分からんし。そんな凄いものなの? 後ろの姫華の震えが尋常じゃないから何となくお嬢様でも恐れる存在、というのは何となく理解したけど。
この世界は現代に近いがファンタジーも混ざっているから、どのくらいの脅威なのか分からない。なによりも、この場にいる人誰もが私より圧倒的に弱いため、どれだけ脅されようが、正直脅威には感じないのだ。
それよりもナイフちらつかせてる割に回りくどくて何が言いたいか検討がつかない。さっさと要件を聞こう。
「つまり何が言いたいの?」
「…………。強いだけの奴はこれまでも何人かいたが、常に全員なんて守れないもんだ」
「ま、確かにそうだね」
頭悪そうなことしてるくせに、言っていることは正しい。
私単体ならこの世界ではかなり強いけど、私の知らない所で手を出されたら守れない。
今まで意識してなかったけれど、敵意を持たれたら自分以外も危なくなるのか。
この世界は平和だと思っていたけれど、こういう危ない思考回路を持つ人間も存在することを初めて知った。クズだと思っていたが、収穫はあったな。
「それなのに、お前は俺たちに喧嘩を売った!」
「はいはい。で、結局長々と説明して何をして欲しいわけ? 怪我させたところナデナデして欲しいの?」
姫華をここから連れ出す為に目の前のこの人たちを倒した後、その背後にいる黒牙? ってのをどう対処するべきか……。
そう悩んでいたので意識半分で聞いていたのだが、礼と呼ばれた男は私のその様子を怯えと捉えたらしい。
見下し蔑みながら、こう命令した。
「脱げ。裸で土下座しろ」
瞬間、頭に血が上る。
「――はぁ?」
いつも抑えていたものが、外れて。
ニタリ、と首を傾げて不気味に嗤うのが自分でも分かった。
そして次の瞬間、空中に跳んでいた。
そのまま男の両隣にいた取り巻き二人の顔面を殴り飛ばし、礼と呼ばれた男の背後に回って首から回し蹴りを食らわせる。
「……なっ?!」
うつ伏せに倒れた男が立ち上がろうとしたので、その後頭部を思い切り踏みつける。
「ガッ?!」
「あはは。バカだね。バカ過ぎて面白いね」
人は簡単に壊れてしまうから、早く終わらないようにきちんと力をセーブする。
廃墟の埃と細かい瓦礫を吸ってしまって苦しそうに咳してるので、あえて少しずつ力を入れてみた。
あーあ、バタバタして面白いなあ。やっぱり虫みたいだ。
蜘蛛に捕らわれた蝶、だと例えが美しすぎるからこいつは害虫で充分かな。
「さっき、何て言ったっけ?」
「グゥッ」
「そんなに女の尊厳踏み躙りたいのかな。お前何様だよ。面白いね」
「ぅぅう!!」
「そんなに踏み潰したいなら私が代わりに踏んであげようか?」
「ぐ、あっ!!」
頭に乗せている足をさらにダムダムとバスケットボールのように弾ませてみたり、左右に揺らして地面にグリグリと擦り付けてみる。
必死に手足で藻掻く様がお似合いだ。
「で、なんだっけ? 私に何しろって??」
「んが! ……むごっ!!」
そうやって遊んでいれば、威勢の良い言葉は消え、濁った声だけが残る。
「んー? 何言ってるか分からないよ? 人ならもうちょっとはっきり喋って?」
「……!! ……っ!!」
「豚は豚らしく地面を這えよ。……あ、虫だったっけ」
段々涙声が混ざってきたような気がするが、フゴフゴとしか鳴かないからきっと気のせいかな。
先程まで優位に立って見下していた目は、今や涙と埃で滲んでいる。
あー、そうそう。そう言えば、なんか可笑しいこと言ってたよね。
「面白過ぎて笑えない冗談しか言えないんだったら、――もう、いらないよね?」
ギラリ、と自分の中の殺意が胸の奥で煌めいた。
それと同時に、視界に赤い血が映る。
「…………血、……」
それは踏み潰した男の鼻から私の方に流れてきたようだ。
そこでようやく意識がクリアになる。
「……あ、私…………」
あれ。私、なにしてるんだろう。
私は平和が好きで、争いごとは嫌いなはずなのに……。
――何故笑っているんだろう。
何で人を踏みつけて楽しいと思えるのだろう。
……何かを思い出そうとした時、大きな声が私を現実に引き戻した。
「待ってください!!」
「!」
鋭い声が、意識を引き戻す。振り向くと、姫華がこちらに叫んでいた。
慌てて足をどけ、彼女の拘束を解く。
見たところまだ体に不調は残っているようだが、意識ははっきりしたらしい。
そういえばまだ姫華縛られたままだったと思い出す。
「遅くなってごめん。大丈夫?」
「いえ、助けて下さって……ありがとうございます」
先程の叫び声とは裏腹に、姫華は恐怖で腰が抜けていた。
意識を失っているが男たちと離した方が良いと思い、持ち上げて比較的綺麗な壁際に移動させる。
「あなたが来てくれなかったら今頃どうなっていたか……」
「……いえ、私もだいぶ私刑しちゃってたんで」
姫華の口調から、目の前の女が私だとは気づいていないらしい。よかった。
声は意図的に変えていたが、バレるかなと内心心配していたのだ。
一応見た目も顔と体型を隠す大きなフードジャンパーと、高いヒールで身長を誤魔化しているのだが、案外うまくいくものだな。姫華の場合は、極度の緊張状態のせいもあるかもしれないけど。
……ちなみに服は適当に拝借した。
一応お金は置いてきたし、大丈夫だよね。
無意識の琴線。
杏奈さんの本質はビビりだけど、キレると前の世界の価値観基準に戻ります。




