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※性への不愉快描写あります。苦手な方スキップ推奨。
――姫華が誘拐された。
「……はぁ!……はあっ!!」
既に日が落ちた中、私は暗闇を走っていた。
先程の女子高生の話からして、時間はあまり経っていないからそう遠くは行っていないはず。全神経を集中させて姫華の気配を探る。でも町は人が多すぎて分からない。だから負の感情、怒りや恐怖といった強い感情に集中する。
「……っ」
しかし反応はない。まだ追いつけないほど遠くに行ったわけでもないだろう。なら姫華は気絶しているのだろうか。
――ならばと思い、今度は足に力を込めて思い切り跳躍して近くのビルの屋上に登り、視覚に神経を集中させた。
「…………」
これは前の世界で身に付けた力の一つ。特殊能力でもなんでもなく、ただ人間の限界を極限まで高めただけの技。久しぶりに使う力の反動に、目が充血する。鍛錬を日常的に続けていないと肉体が耐えきれず、ダメージを負ってしまうのだ。
けれど今は緊急事態なのでそのまま継続する。
普段はうすぼんやりとしか見えない数キロメートル離れた所でも、障害物が無ければくっきりと見える。そして何よりもこの技の利点は気配を探る感覚を上乗せすることで、視覚だけでなく人の気配まで見えるのだ。だから障害物関係なく、姫華を捜す今の状況でも役に立つ。
「……!」
ツー…と視神経が限界を訴え、血の涙が流れたところでやっと姫華の居場所を見つけられた。人の気配はその時の状況にもよるが、大体色と波長で判別できる。ピンクに丸い形。これは最近見慣れた彼女の特徴だ。意識が無いのか、倒れて動かない様子に危険を覚え、登っていたビルの屋上から急いで飛び降りる。そのまま反動で大きく飛躍し、私は屋根や街灯の上を飛び跳ねて彼女の元へ向かった。
ーーー
意識が、ゆっくりと浮上していく。
「……れが、……様か?」
「ああ……、…………だ」
「……?」
鈍く痛む頭に顔をしかめながら、姫華は重い瞼を持ち上げた。だが意識はどこか膜を隔てたように曖昧で、現実と夢の境界が定まらない。
「……? 起きたか?」
すぐ近くで声がする。
視界は暗く、焦点も合わない。思考も靄がかかったように鈍い。姫華は必死に、直前の記憶を探った。
「んー。まだ薬の効果が残ってるな」
薬。その言葉で、記憶が断片的に繋がる。
ああ、そうだ。確かこの前Fクラスの人たちに連れて行ってもらったショッピングセンターにまた行きたくて、放課後外出許可を貰って出かけたんだった。でもその途中で誰かに声を掛けられて、振り返ったら急に意識が遠くなって……。
「まあ、どっちにしても大丈夫だろ」
「……?」
体を起こそうとして、動かないことに気付く。
両手首が縛られていた。乱暴に転がされたままの体勢が軋み、姫華は顔をしかめる。視界は暗いままだが、拘束されているのは明らかだった。
「あの金持ち学校の生徒なら身代金はたんまり。目覚めても、こんな世間知らずのお嬢様に何も出来ねーだろ」
「そだな。こいつらなんか親がいなければただのガキだし」
「だから目の前をうろうろするな。うっとーしい」
「へいへい」
複数の男の声。
ようやく霧が晴れ始めた頭で、姫華は理解する。
縛られた体。聞こえる会話。身代金という単語。
――誘拐。
その事実が、静かに胸へ落ちた。
姫華は名家の娘だ。学園内で最上位ではないにせよ、恵まれた家に生まれ、何不自由なく育てられてきた。多少の窮屈さはあっても、安全は保証されていた。
彼女は決して弱くはない。女生徒に陰口を叩かれても、生徒会長と対峙しても、逃げずに立ってきた。
だが――。
「ねえオヒメサマ」
「……っ」
「お前の親はいくら払ってくれるかなー」
「…………」
「無視? 返事しろよ」
「…………ッ」
頭を軽く叩かれる。痛みはない。だが、そこに宿る悪意がはっきりと伝わってくる。
学園で向けられた視線とは全く違う。そこには嫉妬や冷たさはあったが、理性があった。言葉が通じた。
――でも今ここにあるのは、もっと生々しく、粗野な悪意だ。
床に転がされたままの体が、制御なく震える。
それを遠巻きに見ていた別の男が、低く口を開いた。
「……なあ、俺お嬢様って興味あるんだけど」
「うわ、子供だぞ」
「でもどうせ生理来てるじゃーん。立派な女だよ女」
「キモ」
「あー、でも分かるわあ。女子高生ってブランドだよな」
「だよねー?しかも聖凰学園の生徒だよ?ブランドでも高級ブランドっしょ!」
「一応人質だぞ」
「別に返せばいいんでしょー」
「だが」
「それに動画取れば金になるし脅す内容にもなるし。もっと稼げんじゃね」
「…………」
気持ち悪い会話に不穏な空気。
会話の中ではリーダーらしき人に同意を得るように説得しているようだが、足音はこちらに近付いてくる。一つではない数に姫華は恐怖を覚えた。ズキズキと痛む頭痛をこらえながら、動かない体で必死に後ずさる。
しかし大した抵抗にもならないそれに意味は無く、とうとう周りを囲まれ誰かに肩を掴まれた。
首元のボタンに手を掛けながら「ね、いいでしょ?」と形式だけの許可を取る男の声に――二つの言葉が返る。
「それもそうだな」
「んなわけねぇだろ」
もうダメ、とギュッと瞼を閉じたと同時に――聞いた事の無いような……あるような。
低く冷たい女の声と、風を切る音が聞こえた。
更新待っていてくれた方、遅くなってすみません…!




