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「な、ななな何でここに」
驚きで言葉を噛む私に、目を細める会長。
「君が数人に囲まれて裏庭に連れて行かれる所を見たからね。暫く様子を観察してたんだ」
思いがけない言葉に目を見開く。私は震える声で問い掛けた。
「……まさか、秘書になった私の身を案じて…?」
「そんなわけないだろ。君がどう対応するのか見てたんだ」
「ソウデスカー」
ですよね。心配なんて柄じゃ無いですよね。聞いた私が愚かでした。
「…暁斗様……」
「…あ、あの私達」
「何かするつもりじゃ…」
突然の会長の登場で固まっていた三人が、震えるように話し出す。けれど会長は氷のような視線を彼女達に向けると、ワントーン低い声で言葉を発した。
「君達は誰。僕の決定に反抗するつもり? 喧嘩売ってるなら僕は女子でも容赦しないよ」
「ヒッ」
「ちょおおおっと待ったあああ!」
他人どころか認識すらしてない発言に暴力予告。数分前まで元気だった彼女達は、今や涙目で震えていた。一般の男子に言われても怖い台詞なのに、それが彼女達の憧れである会長に言われ流石に可哀想過ぎる。それに不安な言葉があったので止めに入った。
「会長! 流石に女子への暴力はだめです」
「何で君が止めるの」
「と言いつつ前に進まないで下さい!」
会長の肩を掴みながら引きずられる。足を踏ん張ったら会長に力で勝っちゃうので、地味に力加減が難しい。
「……」
そんな誰にも分からない苦労を心の中で嘆いていると、会長が止まった。
「……君は生徒会にいたいよね?」
「はい?」
「君は、生徒会でありたいだろ?」
「は?」
「君は、生徒会、辞めたくなんて、ないよね」
「……」
わあ、圧あるなあ。この人意外と頑固なんだね。絶対去るもの追わずタイプだと思ってた。でも生徒会にいるメリットないんだよな。現にこうやってファンクラブの人たちが絡んでくるし。まあそんな悪い子じゃなさそうだけど。
「私は別に」
「……」
「待て待て待て」
そうでもないよと言おうとしたら再び進み出す会長。その先はファンクラブの女の子である。その子達は逃げるどころか私と会長を見て目を見開いていた。正確には会長を引き止めるために触れている私の手に視線を向けている。その表情は信じられない! とでも言いたげだ。いやそんな事より早く逃げろ。今あなた達が崇拝する会長は君達を殴る気満々だよ。
「桜木」
「えー。うーんと」
焦る私に最後のチャンスだよ? と言わんばかりに会長が振り向いた。その顔はいつも通り涼やかだが、目はマジだ。やはり私の予想通り、会長は女の子でも自分の発言を否定されるの許さないタイプだったか。
「あー、もう分かりましたよ! 私は生徒会にいたいですぅ」
「……若干言い方が気に食わないけど、まあいいよ」
やけくそにそう言うと会長は口を尖らせながらも頷いて、この場を去って行った。
……一体なんだったんだ。
「大丈夫?」
「……」
本気では無かったとはいえ、あの会長に凄まれたのだ。普通の女子なら怖いだろう。そう思って震えているファンクラブの女の子達にそっと声を掛けた。
「あき……会長と話してしまいましたわ……!」
「しかもこんな近い距離で!」
「あなた、会長に触れるなんて羨ましいっ!」
「……」
感極まったかのように悲鳴を上げる女の子達に呆気に取られる。恐怖ではなく歓喜からくる震えだったようだ。私は前の世界の経験があるから平気だったけど、会長の殺気は中々のものだぞ。ファンってすごいな…。私、もしかして止めなくて良かったのでは。
「…まあでも、守ってくれてありがとう」
「!」
「何驚いた顔してるの。私達会長のファンよ」
「会長が怒った事くらい分かるわ」
「勿論、それをあなたが止めてくれた事もね」
「みんな……」
内心危機管理無い子達なのかなとか失礼な事思ってたが、実は人の機微が分かる子達だったようだ。お礼を言われて少し申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちになる。やっぱり止めてよかったなあ。
「……でも、気を付けて」
「ファンクラブの中には過激な子もいるし」
「私達はこうやって素直に言いに来るけど、この学園じゃ色んな子がいるわ」
声のトーンを落として囁かれた内容に嫌な予感がする。それフラグって言うんですよ。
***
「…………っ!」
日がほとんど落ち始めた夕暮れの時間、私は町中を全力疾走していた。この異常な身体能力のおかげで、一般人には見えていないほどだろう。しかし持久力は無い為息苦しい。肺は悲鳴を上げ、荒い呼吸を吸う度に少し血の匂いがした。それでも私は止まらずに走り続ける。
今日はいつも通り何もない、平和な一日だった。だけど教室に姫華が来なかった。そんな日もあるよと凪は言う。私もいつもべったり一緒にいる訳ではないし、その言葉に納得した。だけど第六感とでもいうのだろうか。何か嫌な予感がして。昔なら気のせいだと思ってしまう感覚だけど、前の世界で鍛えられたこの感覚は馬鹿にできない。実際に何度も助けられた。だから確信はないのに冷や汗が止まらない。
困惑する凪に外出許可の代理申請しておいてと叫びながら私は教室を飛び出した。どこに行けばいいかなんて分からないけれど、まずは学園内で姫華がよく行く場所を周る。どこにもいない、誰に聞いても彼女を見た者はいない。もしかしてと思い事務室の外出履歴をこっそり盗み見れば、姫華の名前。警備員にバレないよう、私はこの嫌な予感だけを頼りに外へ飛び出した。
「……はぁ、……は、久しぶりに……こんなに走った……」
学園から一番近い駅に到着し、電柱に片手を付く。息を整え、情報収集しなきゃと耳を澄ませればそれらしい情報を手に入れた。
「……あの子……大丈夫、かな」
「あの制服……金持ち学園のだった……よね」
「すみません」
「!」
フーッと息を整えながら、その子たちに話しを聞く。
「その子の事教えてくれませんか?」
「え?」
「友達かもしれないんです」
見慣れない制服。多分この近くの学生だろう。その子たちは顔を見合わせてから、私に事の顛末を語った。
「一瞬の出来事だったので見間違えかもしれないんですが、巻き髪の女の子が突然白いボックスカーに連れてかれたんです」
「あまりにも咄嗟の出来事で、私達もよく状況が分かって無くて……」
「……っ」
グッと拳を握る。恐らくこれは……。
「……もしかして、誘拐ですか?」
「そんな、……まさか」
「……どちらに向かいましたか?」
「どうしよう……!うちら、それを無視しちゃったの?」
「え、あの子……大丈夫?お嬢様学校の子だよね?」
彼女達は目の前で起きた事件を自覚し、段々とパニックになっていく。無理もない。この町は異能者がいる事以外は本当に現代によく似ている。その特殊な異能者でさえ、世に隠れながら戦っているのだ。普通なら事件に巻き込まれる確率は限りなく低い。それ故に明らかに異常な出来事が目の前で起きても呆然としていたのだろう。だから私は彼女らを責める気は全くない。むしろその在り方は私の求めるものでもあるのだから。
「落ち着いて」
「!」
ポン、と彼女らの肩を優しく叩く。意識して落ち着いた優しい声で問い掛けた。
「私は後を追う。貴女たちは警察に電話して」
「……は、はい」
「車の特徴と向かった方向分かる?」
「あ、あっちの方向に……」
「白の外車で、車のナンバーの下二桁は77でした……すみません、全部は覚えてなくて……」
彼女らもまだ年若い女子高生。不安と後悔と恐怖で震え出してしまっていたが、それでも懸命に情報を私に伝えてくる瞳は真っ直ぐで優しく、そして正義の色を灯していた。
「それだけあれば充分だよ。ありがとう」
そう言い残して、私は走り出した。




